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奇跡ですか? では申請書にご記入下さい  作者: 天笠恭介
第三章 創造神の誤算
11/22

その2



 空海と天音は顔を見合わせ、おそらくは階段を上ってくるであろう誰かが現れるのをその場で立ち尽くして待っていた。待ってしまった。


「くそっ! 大人しくしろ! ぶっ殺されてええのか!」

「いやっ! 離してっ!」


 階段から姿を現したのは野球帽を被ったスカジャンにジーパンとバッシュというごくありふれた男と、スーツ姿の若い女だった。

 組み合わせ的には少々違和感があるが、単独でなら特に珍しくも無い存在のはずだった。

 だが、男の右手には拳銃が握られており、左手で女の人を拘束しているという事実を考えれば、まかり間違っても日常の光景ではない。


「大人しくしろってんだよ!」


 怒鳴り声を上げて、男が銃を発砲した。


「きゃあっ!」


 発砲音に驚き。悲鳴を上げた天音が空海の左腕にしがみついてきた。

 その声か動いた際に生じた軋みが男に届いてしまったのか、それまで拘束する女の人に集中していた男の注意が、廊下に立ち尽くす空海と天音にも注がれる。


「て、てめーらそこを動くな!」


 銃を突きつけられ、空海の左腕を掴む天音の指が、より一層強く食い込んでくる。多少痛みがあるが、空海はただ黙っていた。

 相手がかなりの興奮状態にある事は明白なので、ともかく刺激しないようにする必要があったためだ。


 ふと、複数のサイレンの音が空海の耳に届いてきた。音はどんどん近くなり、やがてすぐそこで音が止む。続いて、車のドアを開閉する音が連続して聞こえ、


「犯人に告ぐ。人質を解放し、速やかに投降しなさい!」


 拡声器を使った誰かの声が聞こえてきた。


 ――警察だな。ってことは、この男は逃げてる最中か。


 どこかで事件を起こしたこの男が、警察から逃げる途中、おそらくはこのアパートの前辺りで捕まっている女性を脅し、ここへ来たといったところだろう。

 そして人質を取られた警官が応援を呼んで現在に至る、というわけだ。


 ――まさか、これが今日起こる危機か?

「その通りです」


 いつの間にか隣にいたシュナイツァが、眼鏡の位置を直しながら即答してきた。


「今、確認を取りました。この状況を打破しない事には、後三十分であの男が自棄になって銃を乱射し、あなたはその身に三発の銃弾を受けて、死にます」

 ――…………


 三発という事は、二回効果が残っている身代わリングでも足が出てしまう。二枚目の申請書を使ってこの状況をどうにかできるものを創造し、それを使ってどうにかしなければ、空海は死ぬのだ。


 ――一応聞いておくが、天音はどうなる?

「そう言うだろうと思ってましたので、天音さんの情報も送っていただきました」


 シュナイツァが示すのは、先ほど読み込んでいた書類である。つまり、少し前からこうなる事が分かっていたのだろう。


「大丈夫です。たとえあなたが失敗しようとも、彼女はかすり傷一つ負いません。無論、成功した時も同様です」


 シュナイツァの報告を聞いて、空海は安堵の息を漏らした。この件に関しての死者は空海以外にはないという話しだったが、死ななければいいというものではない。それは彼が身を持って経験してきた事だ。だから、本当なら天音を巻き込みたくなかった。


 ――とりあえず、不安が一つなくなったな。


 後は空海がいかにしてこの場を切り抜けるかである。天音の無事を確認してよりすっきりした頭で、彼は現在の常用を出来得る限り整理してみる事にした。がむしゃらに考えても意味が無い。チャンスは一度きりだ。


 まず、空海は犯人の様子をうかがってみる。武器は見える範囲では右手の拳銃のみ。左手は人質の拘束に使っているため、注意すべきは拳銃だけだ。

 犯人は先ほどからしきりに外の様子をうかがったり逃走用の車を用意しろだのなんだのと吼えている。たまに人質に銃を向けて威嚇しているが、その都度女の人が哀れなほど悲痛な叫びを上げていた。


 次に今度は自分とその周囲を観察する。右腕は当然使えない。左腕は天音にしがみつかれているため今は動かせない。寄り添うように天音が張り付いているので、動きはかなり制限されていた。最も、どちらにせよ今は動けないので関係ない。


 ――しかし、柔らけえな。

「ムッツリですね」


 シュナイツァが眼鏡を光らせながら邪念に突っ込み入れて来た。


 ――うるせえ。


 表面上は変わりなく、しかし内面ではやや赤面しつつ罵倒で返しておく。


「冗談は置いておきまして、実際どうするおつもりですか?」

 ――まだ考え中だ。


 空海は再び犯人の背中を見つめる。先ほどからこちらに背を向けて外の様子ばかりうかがっている犯人は、一見すると非常に無防備に見える。だが――


「動くなって言ってんだろうが!」


 急に振り向いて犯人は空海に銃を向けて来た。左腕にすがりつく天音の手に力が篭るのを感じたが、空海は微動だにしないで犯人を睨み付ける。

 銃を向けられるのは初めてではない。幸か不幸か、いや、確実に幸ではないだろうが彼にとって銃は割と見慣れているものだった。銀行強盗なんかがよく使うし、最近では通り魔まで持っていたりする。この犯人もそのいずれかだろう。


「……チッ」


 動きのない空海に舌打ちを漏らして、犯人は再び人質を抱えたまま外の様子をうかがいだした。

 左腕を掴む天音から力が抜けて、その抜けた力が彼女の足に移動しギィと床を軋ませる。

 その音に反応して犯人がちらりと視線を向けてきたが、すぐに前へ向き直った。


 ――床がこれじゃあ奇襲は出来ねえよな。


 わずかに体重を移動させただけで軋む床では、たとえ全力で飛び出しても犯人に辿り着く前に気付かれて撃たれてしまうだろう。

 飛び出し、接近、構え、殴るの四動作では、振り向く、構える、撃つの三動作に一動作負ける。

 それでも一発に留めてくれればリングの効果で何とかなるかもしれないが、飛び出しの勢いを初撃で相殺されてしまう事は避けられない。そこへ連続で二発目、三発目と撃たれれば終わりだ。


 ――こっちも銃で対抗するか?


 飛び道具なら遠くからでも攻撃が出来る。たとえ気付かれても、撃った後ならすでに犯人に着弾しているはずだ。


「しかし、銃だと殺してしまいませんか?」

 ――テイザーっていう感電させる銃もあるぞ。

「なるほど。しかし、あなたは銃を撃った経験があるのですか?」

 ――……ないな。


 生まれてこの方日本から出た事のない空海に、当然射撃の経験などない。ゲームセンターの偽物や、家庭用ゲーム機の類での経験はあるが、さすがに本物との違いくらいは理解出来る。


 ――じゃああれだ。伸びる棒はどうだ? 如意棒とか。


 棒を伸ばして頭に叩き込めば、かなり隙が出来るはずだ。上手く行けばそのまま昏倒させる事も出来る。


「相手に届くくらい伸ばしたら天井に引っかかって縦には振れませんよ? 当然横も無理ですね。突く要領で伸ばすのが現実的ですが、威力的にどうですかねえ。まあ、押してあの崩れかかった柵ごと下に落ちてもらうのもありですか。人質も巻き込みますけど、特にお知り合いでもないのでしょうし」

 ――却下で。


 確かに人質の女性とは全く面識のない他人だが、だからといって犠牲に出来るほど空海は悟っていない。


「後十五分ですね。却下とは言いますが、何もないようなら、この案で行きますよ?」


 あくまで冷静にシュナイツァはついと眼鏡の位置を直した。今度は光らず、凍えるような目が空海を射抜いた。

 シュナイツァの目的は空海を一週間生かし続ける事。そのためなら多少の犠牲を厭いはしないだろう。最悪の場合、天音を犠牲にしてでも空海を生かす可能性も考えられる。


 ――シュナイツァ。

「何ですか?」

 ――さっき言った天音が怪我一つしないって情報、本当なんだろうな?


 つい今まで信じていた神の言葉を空海は疑い始めていた。同じ口から生じた犠牲を厭わないという意味の言葉。それは空海を騙すという方向にも派生しかねないものだ。

 そんな空海の本意が伝わったのか、それともすでに予測していたのか、シュナイツァは顔色一つ変えることなく、


「本当ですよ。彼女の運命流はあなたの運命流に少なからぬ影響を与えていますし、彼女に関して私が嘘を吐けば、あなたが非協力的になる事は目に見えてますから」


 むしろめったに見せない営業スマイルを持って答えた。

 それが逆に空海の不安を煽る。


「大丈夫ですよ。彼女の危険を盾にあなたを操る事はするかもしれませんが、彼女を犠牲にしてあなたを助けるような事はしません。そんな事をしたら、あなた自殺しそうですからね。本末転倒になっては意味がありません」

 ――狸だな。あんたのイメージ的には狐だが、二枚舌は狸だ。

「褒め言葉として受け取っておきましょう」


 いちいち優雅な動作で一礼するところがまた小憎らしいが、空海はとりあえず眼前の問題に集中する。

 道具を用いて犯人をどうにかするのは難しい。ならば肉弾戦の奇襲を仕掛ける他にない。これは幸いにも空海に多少の自負がある。伊達に面倒事に巻き込まれ続けていたわけではない。

 そして、この方法における最大の問題点は、すでに示されている。


 ――シュナイツァ。

「はい」

 ――この床の軋みを抑える、いや、完全に消すようなものは創れるか?


 音を消し、最初の一秒だけでも気付かれなければ、構え、殴るの二動作で相手を一動作上回れる。しかも銃口は空海の方に向けられるため、人質にはまず当たらない。木製のボロ壁では跳弾する事もないだろう。


「ふむ。消音、ですか。なるほど。つまり直接奇襲を仕掛けると」

 ――ああ。撃たれる前に殴れれば一発でやれる自信はある。


 断言する空海に、シュナイツァはやや値踏みするような視線を向け、


「……いいでしょう。ではあなたが望むそれの種類や効果、デザインなどを教えてください。具体的であればあるほどあなたの望みに沿った物が出来上がります。それと、この状況では動けないでしょうから今回は記入のみ代筆させて頂きます」


 ボードに挟んだピンクの申請用紙を取り出した。


 ――あんたが代筆すると問題があるんじゃなかったのか?

「それは中身全てを私の考えで代筆した場合です。今回はあなたの意見を私が記入するだけなので、問題はありません」


 屁理屈に聞こえなくもないが、神のお墨付きとあれば構わないだろう。空海は自分の望むものの形をイメージし始める。ちょうど脳裏を掠めたのは、とあるゲームに出てきた人や物に貼って力を振るう不思議なシールだ。


 ――種類は、シールがいいな。張ったり剥がしたり出来るやつ。


 空海の心の声と同時に、シュナイツァのペンが用紙の上を走る。


 ――効果はもちろん完全消音。シールが貼られているものが原因で立つ、ありとあらゆる音を消し去る効果だ。


 再びシュナイツァの手が動き、空海の言った通りの言葉が文字となって羅列される。


 ――デザインは、そうだな、大きさは小さめの円形で、イラストが安直だけど、音符に赤のバツ印でどうだ?

「ふむ。単純ですが、悪くはありませんね」


 言いながら、残像が発生する速さでシュナイツァが絵を描いていく。


「これも何かゲームを参考に?」

 ――さあな。

「ふむ。まあ、こんな感じでいかがでしょう」


 空海の前に示された申請書には、まさに空海の思い描くとおりの物が描かれていた。何故か台紙一枚に六枚のシールが貼ってあり、台紙自体も複数枚ある様に描かれている。


「サービスです」

 ――あ、そう。


 枚数が増えて何の意味があるのかはわからないが、考えてみれば両足の靴に張るのだから二枚は必要である。空海にしてみればサービスというよりナイスアシストといったところだ。


「では、申請を出しましょう」


 シュナイツァがごそごそとスーツのポケットを探り、中から印鑑を取り出した。


 ――ちょっと待て。あんな発光があったらモロバレだぞ。

「あれはただの演出ですから、省略可能ですよ」


 さも、当然でしょう? と言いたそうな表情をしているが、理屈を理解していない空海に分るはずもない。だがとりあえずばれる事は無さそうなので黙っておいた。


「実行者、第四級創造神シュナイツァ・ドミニオーンの名において、この申請を承認します」


 一昨日とは違って、シュナイツァの印鑑がポンと軽い音を立てて押される。どうも高らかに宣言するのも含めて演出だったらしい。ややこしい話である。

 判を押された書類は、すぐさまぷるぷると震え始め、まるで渦を巻くようにどこかへ吸い込まれて、次の瞬間には描かれていたデザイン通りのシールが貼られた台紙に変化していた。



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