収穫の家
ご一読ありがとうございます。
本作は「大島てる×小説家になろう」コラボコンテスト応募作品です。
テーマは「事故物件」。
物理的な恐怖だけでなく、逃げ場のない閉鎖空間で家族が摩耗し、変質していく「心理的瑕疵」の真髄を描きたいと思い執筆しました。
――もし、あなたの隣の家から「あ、あ、あ」という声が聞こえてきたら。
その時はもう、手遅れかもしれません。
※本作は純粋なホラー作品として構成しております。最後までお付き合いいただければ幸いです。
第一章 収穫へのドライブ
その家は、某不動産サイトにおいて、たった一行の無機質な言葉とともに掲載されていた。
『告知事項あり:心理的瑕疵』
地図上で、そこだけが周囲から切り離された空白のように不自然に浮き上がっていた。
父「なあ弘、あの大広間、見たか? 来週から通う新しい小学校でも、きっと自慢できるぞ」
父がハンドルを軽快に叩き、整然と並ぶ住宅街の街並みを車が滑り込んでいく。
母「そうそう! 敬子ちゃんも、あのお庭ならお友達をたくさん呼べるわね。新しい学校のお友達、みんな羨ましがるわよ」
母も、新生活への期待に胸を膨らませた明るい声を出す。
両親の会話は、どこにでもある「引っ越しに浮かれる家族」そのものだ。けれど、小学六年生の弘と、五年生の敬子の心は、それとは正反対の泥の中に沈んでいた。今回の引っ越しは、彼らにとって逃げ場のない「強制的な放逐」だった。
弘は膝の上にある、クラスの親友が別れ際にくれた『寄せ書き』と、一枚のカードを握りしめた。
『レアカード:クソザコ・陰キャドラゴン』。
「お前にはこれがお似合いだ」と笑われながら渡された、最弱のレアカード。でも、これだけが弘の居場所だった世界の、唯一の残骸だった。
敬子「……ねえ、お兄ちゃん。私、新しい学校、行きたくない。あそこ、どんなところなのかな。きっと、誰も話しかけてくれないよね……」
隣の敬子が、弘のシャツの袖を掴んだ。敬子は親友たちから贈られたという、後頭部が『ハゲちらかした日本人形』をもう片方の手で抱き締め、震える声で漏らした。
目的地に近づくにつれ、車外の空気は一変した。
庭の手入れをしていた近所の人たちが、一斉に動きを止めて車を凝視した。それは歓迎ではなく、「関わってはいけないもの」を見るような、腫れ物に触るような視線だった。父が会釈をしても、向かいの家の奥さんは逃げるように家の中へ隠れてしまった。
玄関の扉が開いた瞬間、中から「生暖かい、湿った吐息」が漏れ出し、兄妹の肌をなぞった。
第二章 初夜の「あ」
引っ越し初日の夜。二階の角部屋で寝ていた弘は、耳元で羽虫が這い回るような音で目が覚める。
――あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ。
部屋の隅、闇の中に「老婆」が立っていた。顔の皮は引き攣り、瞳があるべき場所には、底の知れない暗黒の「空洞」がぽっかりと二つ、開いている。老婆はその空洞を弘に向けたまま、右手に握った錆びついた「鎌」を、ゆっくりと振り下ろす動作を繰り返していた。
老婆「いなさい、いなさい、いなさい、逃げられない、混ざりなさい、収穫の時……」
永遠と続く、呪詛。老婆の指が弘の『寄せ書き』に触れると、そこがじわりと黒く腐蝕した。
弘は悲鳴を上げて跳ね起きた。
(しっかりしろ……あれは夢だ。引っ越し前の不安が見せた、ただの幻覚だ……)
弘は奥歯を噛み締め、剥がれ落ちそうになる「正気」を必死で繋ぎ止めていた。
第三章 朱に染まる画用紙
二日目の朝、喉を焼くような渇きで目が覚めた弘がリビングへ降りると、そこには夜明けの薄明かりの中で、微動だにせず椅子に座る敬子の後ろ姿があった。
弘「……敬子? こんなところで何して……」
答えはない。ただ、狂った機械のように画用紙を削り取る音が、死んだように静まり返った部屋に響いている。
ガリ、ガリ、ガリ、ガリ……。
敬子が握りしめていたのは、どす黒い赤のクレヨンと、錆びたカッターの刃だった。
彼女の指先からは、クレヨンと、自らの皮膚を削り取った血が混ざり合い、ねっとりとした鉄錆の匂いが漂っている。
弘「おい、敬子、やめろよ……!」
弘が震える手でその肩を掴み、無理やり振り向かせた瞬間、心臓が跳ね上がった。
敬子の瞳には、弘の姿など映っていない。焦点の合わない「空洞の目」で、ただ一点を凝視し、口元だけを三日月のように歪に吊り上げていた。
彼女が描き殴っていたのは、幼い妹の感性など微塵も感じられない、純粋な「悪意」の塊だった。
画用紙の中央には、陽炎のように不自然に引き延ばされた「真っ黒な影」が、何かを収穫したかのように肉塊を掴んで立っている。
その影を取り囲むように、紙面を埋め尽くしているのは、血走った「無数の目」だ。
あるものは見開き、あるものは細められ、それら全てが紙の向こう側から、現実の弘を射抜くように凝視している。
そして、余白という余白を呪詛のように埋め尽くしているのは、震える筆致で何度も、何度も重ね書きされた赤黒い「あ」の文字だった。
重なりすぎて黒ずんだ「あ」の集積は、もはや文字ではなく、のたうち回る無数の虫の群れにしか見えない。
敬子「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ……」
敬子の口から漏れたのは、あの夜、夢の中で老婆が囁いたものと全く同じ声だった。
弘が後ずさりした拍子に、背後の廊下からも、同じリズムの「あ」が重なり始める。
弘は、おかしくなった。敬子を震えながら、見つめることしか出来なくてなっていた。
第四章 侵食する沈黙
引っ越して三日目。母は「ご近所付き合いも大事よね」と、丁寧な挨拶回りに出かけた。
しかし、帰宅した母の顔は青ざめていた。
母「……おかしいわね。どこの家も、インターホン越しに『結構です』って言われるの。居留守まで使われて……。私、何かしたの……?」
母は不安げに、ダイニングテーブルに飾った『花束』を弄っていた。
翌朝、母がゴミ出しの際、集積所で近所の主婦たちとすれ違った。
彼女たちは母の姿を見るなり、一斉に背を向けた。母が「おはようございます」と震える声で挨拶をしても、彼女たちは聞こえないふりをして、耳打ちをしながら蜘蛛の子を散らすように去っていった。
母は、空っぽのゴミ袋を握りしめたまま、住宅街の真ん中で、凍りついたように立ち尽くしていた。
母「……みんな、あんな顔をして私を見てくる。あ、あ, あ, あ, あ……って、笑ってるの。ねえ弘、私たち、ここにいていいの?」
三日目の深夜。異変は母に伝染した。
台所から、規則正しい音が聞こえてくる。
――ト、ト、ト、ト、ト、ト、ト。
暗闇の中、母は電気もつけずに、弘が持ってきたはずの『寄せ書き』を、丁寧に細長く切り刻んでいた。
母「……ふふ。これ、お祝いのご馳走。新しい学校に行ったら、みんなと『ひとつ』にならなきゃ。あ、あ, あ, あ, あ……」
母の口元は三日月のように吊り上がり、テーブルの上の花束は腐り果て、どす黒い汁を垂らしていた。
四日目の深夜。ついに父が壊れた。
父はパジャマ姿のまま立ち尽くし、弘の『陰キャドラゴン』のカードを壁に釘で打ち付けていた。
弘「……父さん?」
父「……収穫しなきゃ。弘の友達を、ここに……。あ、あ, あ, あ, あ……」
父の目は見開かれているが、瞳には何も映っていない。弘は以前テレビで見た「夢遊病」の症状を思い出していた。けれど、父の口から漏れる呪詛は、あの初日の老婆と同じものだった。
第五章 終焉、そして循環
父親の奇行を見てパニックになった弘は、自室に逃げ込み。怯えながらベッドの上で布団を被りいつの間にか眠りにつき、再びあの「夢」を見た。
ベッドを囲んでいたのは、父と、母と、敬子だった。
三人は、あの老婆と同じ「空洞の目」を弘に向け、一斉に呪詛を唱えていた。
父・母・敬子「いなさい、弘。逃げられない、混ざりなさい、収穫の時。あ、あ, あ, あ, あ……」
枕元の『寄せ書き』の破片が、家族の手によって口の中に詰め込まれ、弘の呼吸を塞いでいく。
弘は自分の喉からも、同じ音が漏れ出していることに気づき、絶叫とともに跳ね起きた。
だが、目覚めた弘の瞳からは光が完全に消え、口元には、母と同じ三日月のような笑みが刻まれていた。弘は、床に転がっている『ハゲちらかした日本人形』を抱き上げた。人形の顔も、今は老婆や家族と同じ「空洞の目」に変わっていた。
弘「……あ、あ、あ……」
数週間後。
綺麗にハウスクリーニングされたその家の前に、一台の乗用車が止まった。
降りてきたのは、新生活を夢見る若い夫婦だった。
妻「見て、あなた! 本当に素敵な家。住宅街だし、静かで安心だわ」
夫「ああ。新生活には最高だな。……おや、二階の窓に誰かいるような気がしたが……気のせいか」
夫が見上げた先には、カーテンの隙間から、空洞の目をした少年が、彼らに向かって「あ、あ、あ」と優しく手を振っていた。
だが、夫が目を細めた瞬間、そこにはただの西日が反射しているだけだった。
夫「さあ、入ろう。今日からここが、僕たちの理想の家だ」
二人が笑顔で玄関をくぐると、入れ替わるように二階の窓から、湿った生温かい吐息が漏れ出した。
(完)
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。
本作で描いた「言葉にならない不安」や「壊れていく家族の姿」には、私自身が過去に経験した精神的な葛藤や、やり場のない感情を投影しています。
創作という形でそれらを昇華させることで、この『収穫される家族』という物語が生まれました。
事故物件サイトの「炎アイコン」の下には、語られない無数の絶望が眠っているのかもしれません。
もし少しでも「ゾッとした」と思っていただけたなら、感想をいただけますと執筆の励みになります。
また別の物語でお会いしましょう。
【本作の制作について】
本作は独自のアイデアに基づき、AIによる執筆補助(構成・補完)を導入して制作しています。最終的な仕上げ・修正はすべて作者自身の手で行い、独自の読後感にこだわっています。
※詳細はプロフィール(自己紹介)をご覧ください。




