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元最強のタンカー、転生したが家の都合で女装して王立魔法女学校護衛学科に通います。  作者: 三科異邦


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9/11

悪意

 貴族科と護衛学科の合同訓練。


 それは名目上、

「相互理解と役割確認」のための時間だった。


 実際には、

立場の違いを再確認する場でもある。


 訓練場の中央で、貴族科の生徒たちが輪を作っていた。

 その外側に、護衛学科の生徒が控える。


 配置からして、すでに答えは出ている。


「護衛学科は、後ろで待機」


 教官の指示が飛ぶ。


「貴族科が前進する。

 護衛は“守る想定”で動け」


 想定。


 その言葉に、クロエは小さく息を吐いた。


(……守る側は、いつも想定だ)


 視線の先。


 護衛学科の列の端に、

 小柄な少女がいた。


 名前は、エマ。


 実技の成績は悪くない。

 けれど、口数が少なく、

 自己主張もしない。


 ――狙われやすい。


「ねえ、ちょっと」


 貴族科の女生徒が、エマに声をかけた。


 伯爵家の令嬢だったはずだ。


「そこ、立つ位置違うんじゃない?」


「護衛は、もっと後ろでしょ?」


 言葉は柔らかい。

 でも、退路を塞ぐ位置取り。


 エマは、何も言えずに俯いた。


「すみません……」


 謝る必要なんて、ないのに。


 クロエの足が、わずかに動いた。


(……出るな)


 自分に言い聞かせる。


 これは訓練。

 教官もいる。


 自分が出る理由は、ない。


「ほら、早く。

 邪魔なの」


 その一言で、空気が変わった。


 エマの肩が、小さく震える。


 ――次の瞬間。


 クロエは、もう前にいた。


 考える前に、体が動く。


 エマと貴族科の生徒の間に、

 自然に立っていた。


「その位置で問題ありません」


 声は、静かだった。


 だが、はっきりしている。


「護衛学科は、

 貴族科を包む配置を取ります」


「……あなた、誰?」


「クロエ・ヴァルディアです」


 名乗りながら、

 無意識に重心を落とす。


 守る時の立ち方。


 エマを背に、

 正面だけを見る。


「合同訓練では、

 互いの役割を尊重する、と

 事前に説明がありました」


 正論。


 貴族科の生徒が、眉をひそめる。


「護衛のくせに、生意気ね」


 その言葉を、

 クロエは正面から受け止めた。


「生意気でも構いません」


 少しだけ、声を落とす。


「でも、

 誰かを下げて成り立つ訓練なら、

 それはもう訓練じゃない」


 一瞬、周囲が静まる。


 教官が、こちらを見ていた。


 止めない。


 ――黙認だ。


「……行きましょう、エマさん」


 クロエは、後ろに手を伸ばす。


 引っ張らない。

 押さない。


 ただ、そこに立つ。


 エマは一瞬迷ってから、

 小さく頷き、その背後に入った。


「ありがとう……」


 か細い声。


 クロエは、振り返らずに答える。


「気にしないでください」


 それが、

 守る側の役割だから。


 少し離れた場所で、

 リリアが、その光景を見ていた。


(……まただ)


 前に出る癖。

 盾になる動き。


 そして。


 クロエの背中は、

 どこか懐かしいほど、自然だった。


 合同訓練の翌日。


 クロエが訓練場に向かうと、

 すでにそこにエマがいた。


「……あ」


 目が合った瞬間、

 小さく息を呑んでから、ぺこりと頭を下げる。


「おはようございます、クロエさん」


 距離が、近い。


 昨日までなら、

 視線を逸らして終わっていたはずだ。


「おはよう」


 クロエは、いつも通り返す。


 すると、エマは一歩、また一歩と寄ってきて――

 気づけば半歩後ろ。


(……後ろに入るな)


 言いかけて、やめた。


 その位置が、

 彼女にとって一番安心できる場所だと、

 分かってしまったから。


 訓練が始まる。


 簡易模擬戦。


 護衛学科は二人一組で動く形式だった。


「ペアは自由に組め」


 教官の指示。


 次の瞬間、

 エマは迷いなくクロエの横に来た。


「ご一緒しても、いいですか……?」


 問いかけは、控えめだが必死。


「もちろん」


 断る理由は、ない。


 模擬戦中。


 エマは、クロエの動きをよく見ていた。


 前に出ない。

 無理をしない。


 けれど、危険が来る瞬間だけ、

 必ず一歩、前に立つ。


 それが、自然すぎて。


「……すごい」


 休憩中、エマがぽつりと言った。


「何が?」


「クロエさん、

 “守る”のが、当たり前みたいで」


 クロエは、水筒を閉めながら答える。


「当たり前じゃないですよ」


 少しだけ、間を置く。


「でも……

 誰かが前に立たないと、

 後ろの人は、動けない」


 エマは、その言葉を噛みしめるように頷いた。


「私……

 いつも、後ろにいるのが怖くて」


「怖いのは、普通です」


「でも、昨日は……」


 視線が、クロエの背中を見る。


「クロエさんの後ろなら、

 息ができました」


 クロエは、返す言葉を失った。


(……これは)


 護衛される側の言葉じゃない。


 盾を信じた人間の言葉だ。


「……それなら」


 クロエは、静かに言う。


「訓練の間くらいは、

 私の後ろにいればいい」


 エマの顔が、ぱっと明るくなった。


「はい!」


 ――その様子を、

 離れた場所から見ている視線があった。


 貴族科の女生徒たち。


 昨日、注意された者たちだ。


「……調子に乗ってるわね」


「護衛のくせに」


 声は低く、冷たい。


 その中心にいる少女が、

 静かに言った。


「次は、

 “守れない状況”を作りましょう」


 クロエは、まだ気づかない。


 自分が今、

 狙われる側になったことに。


 合同訓練、三日目。


 訓練内容は、前日までと明らかに違っていた。


「本日は“想定実戦形式”を採用する」


 教官の声に、ざわめきが走る。


「貴族科は指揮・後方支援役。

 護衛学科は前衛および防御役だ」


 一見、普通。


 だが――


「編成は、こちらで指定する」


 その瞬間、

 クロエは嫌な予感を覚えた。


「クロエ・ヴァルディア」


 名を呼ばれる。


「単独行動だ」


 一拍。


「……はい?」


 周囲が静まる。


「本来、護衛は“個”でも動けねばならん。

 今回は例外的に、一人での防御を課す」


 言葉だけなら、筋は通っている。


 けれど。


(……エマは?)


 視線を向けると、

 エマは別班に回されていた。


 しかも――

 貴族科の班と。


「大丈夫よ」


 貴族科の少女が、柔らかく笑う。


「守られる側も、

 実戦では動くことがあるもの」


 その笑顔の奥に、

 冷たい意図を感じ取る。


 訓練開始。


 クロエは、前に出る。


 盾役として、

 攻撃を引き受け、受け止め、捌く。


 問題は――後ろだ。


「エマ、下がって!」


 声を張る。


 だが、貴族科の指示役が言う。


「いいえ、前に出なさい。

 想定上、あなたは“標的”よ」


「――っ」


 意図的だ。


 エマを、前に。


(やめろ)


 クロエは、反射的に位置をずらす。


 エマの前に、体を滑り込ませる。


 その瞬間。


 複数の魔法模擬弾が、

 同時に放たれた。


 盾一枚では、受けきれない。


「クロエさん……!」


 エマの声。


(守る)


 思考は、それだけ。


 ――間に合わない。


 そう判断した瞬間。


「そこまで!」


 鋭い声が訓練場を裂いた。


 全員が振り向く。


 そこにいたのは――

 リリアだった。


「訓練の想定、逸脱しています」


 貴族科が眉をひそめる。


「こんな危険な進行は看過できません」


「何を根拠に?」


 問いに、リリアは一歩前へ。


「護衛学科の単独行動を課しながら、

 守る対象を強制的に前線へ出す」


 淡々と。


「それは“実戦”ではなく、

 事故誘発です」


 場が、凍りつく。


 教官も、言葉を失った。


 クロエは、

 初めて背後を振り返った。


 エマは、震えていた。


 そして。


 自分の前に立つリリアの背中を見て、

 胸の奥が、わずかにざわついた。


(……守られた)


 その感覚に、

 戸惑いを覚える。


 訓練は中止となった。


 解散後。


「クロエさん」


 リリアが、声をかける。


「……大丈夫?」


 その一言が、

 妙に優しかった。


「はい」


 短く答える。


 けれど、リリアは視線を外さない。


「さっきの配置、

 おかしいと思った」


 核心に、踏み込んでくる。


「あなたが“盾”だから、

 成立してしまっていた」


 クロエは、黙る。


「でも」


 リリアは、少しだけ声を落とす。


「あなたが傷つく前提の訓練は、

 私は認めない」


 その言葉に、

 クロエは小さく目を見開いた。


(……この人は)


 守られる側の人間だ。


 なのに――

 線を越えて、こちらを見ている。


「ありがとう、リリアさん」


 それだけ言った。


 でも。


 この日を境に、

 クロエははっきりと理解する。


 ――自分は、

 もう目立ってしまったのだと。


 守ることで。


 そして、

 守られたことで。


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