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元最強のタンカー、転生したが家の都合で女装して王立魔法女学校護衛学科に行き姫を守ります。  作者: 三科異邦


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手紙、しまっていた思い

(アレン視点)

 封を切る指が、わずかに震えた。


 理由は分かっている。

 この学園に来てから、外の世界から届くものは、ほとんどなかったからだ。


 紙を引き出す。


 最初の一行を見た瞬間、

 胸の奥で、何かが静かに崩れた。


『――アレンへ』


 その名前は、

 もう使わないと決めたはずだった。


 ここでは“クロエ”。

 それが、役割であり、逃げ道であり、生き方だ。


 なのに。


 たった一行で、

 身体の奥に沈めていたものが、ゆっくり浮かび上がってくる。


(……やめてくれ)


 そう思ったのに、視線は止まらなかった。


『あなたが“盾”であることを、忘れないで』


 短い一文。


 なのに、息が詰まる。


 盾。


 剣でも、魔法でもない。

 前に出て、受けて、倒れない役割。


 誰かの背中を守るために、

 名前も、栄光も、後回しにしてきた立場。


(忘れるわけ……ないだろ)


 思わず、歯を噛みしめる。


 忘れたかったのは、

 “盾だった自分”じゃない。


 守れなかった記憶だ。


 最後の戦い。

 勝利の直後。

 背後から向けられた、信じていたはずの刃。


 胸の奥が、じくりと痛む。


(ここは……女子学園だぞ)


 レースの制服。

 令嬢としての立ち居振る舞い。

 名前はクロエ。


 守るために前に出る必要なんて、ないはずの場所。


 なのに、

 身体は勝手に、前に出る。


 危険を察して、

 誰かが傷つく未来を想像して、

 気づけば、盾になる位置に立っている。


(変わってない……)


 自嘲が、喉の奥で引っかかる。


 変わったつもりでいた。

 名前を変えて、姿を変えて、立場を変えて。


 それでも――

 中身だけは、置いてきぼりだ。


 手紙を、胸に押し当てる。


 紙越しに伝わる体温なんて、あるはずがないのに、

 不思議と、懐かしい重さがあった。


(姉さん……)


 書いたのが誰か、分かっている。


 だからこそ、

 「戻れ」とも「来い」とも書かれていないことが、余計に重い。


 ただ、思い出させるだけ。


 お前は盾だ、と。


(……分かってる)


 分かっているから、

 今は、クロエでいさせてほしい。


 誰かの隣に立つ時くらい、

 “守る役”じゃなくていいと思いたかった。


 ――それでも。


 もし、また誰かが傷つきそうになったら。


 きっと、迷わず前に出る。


 それが、アレンだから。


 それが、

 盾として生きてきた自分の、呪いであり、誇りだから。


 足音がして、アレンは慌てて手紙を畳んだ。


 表情を整える。


 名前を、しまう。


 今はまだ、

 クロエでいなければならない


(アレン視点)


 来た。


 名前を呼ばれた、その一瞬で分かった。

 ああ、これは逃げられないやつだ。


「今日の手紙の宛名……アレン、って書いてありました」


 胸の奥が、ひどく静かになる。


 慌てるより先に、

 頭の中で、選択肢が一気に並んだ。


 否定するか。

 誤魔化すか。

 黙るか。


 どれも、違う。


(……否定は、できない)


 あの名前は、確かに自分だ。

 切り捨てられるほど、軽くない。


 だから、頷いた。


 それだけで、

 リリアの目が少しだけ鋭くなる。


「……男の人の名前ですよね?」


 その聞き方に、救われた。


 断定しない。

 踏み込まない。


 剣を振る人間の、距離感。


(……優しいな)


 怒られた方が、楽だったかもしれない。

 疑われるより、責められる方が、ずっと簡単だ。


 視線を落とす。


 考えている“ふり”をしながら、

 本当は、どこまで本当を混ぜるかを測っている。


 そして――

 口をついて出たのが、その言葉だった。


「“アレン”は、役割としての名前、みたいなものですね」


(……あ)


 言ってから気づく。


 これは、用意していた嘘じゃない。


 ただ、

 自分の中で一番整理されている答えが、

 そのまま出てしまっただけだ。


「守る側に立つ時の名前です」


 胸に手を当てたのは、無意識だった。


 ここだ。

 ここに、その名前はある。


 剣を持つ人の一歩前。

 逃げる人の背中側。

 誰かが倒れないための、最前線。


(……名前なんて、どうでもよかったはずなのに)


 前世でも、そうだった。


 英雄でも、主役でもない。

 呼ばれなくてもいい。


 ただ、

 そこに立つ役割があった。


 それだけ。


「じゃあ、今は……」


 リリアの声で、現実に引き戻される。


「今は、クロエです」


 きっぱり言い切る。


 これは、嘘だ。

 でも、必要な嘘だ。


 ここで揺らげば、

 全部が崩れる。


「王立女子学園にいる間は、クロエ・アルヴェイン」


 自分に言い聞かせるように。


 ――今は。

 そう、今は。


 リリアが、納得したように息を吐く。


 その仕草に、

 胸の奥の張りつめていたものが、少しだけ緩む。


(……通った)


 でも、同時に分かる。


 全部は信じていない。


 それでいい。


 全部を信じられるほど、

 軽い話じゃない。


「盾、って言葉も見えて」


 そこを突かれて、

 今度は本当に、逃げ場がなくなる。


 でも。


「家の教育の影響です」


 そう答えながら、

 内心では、苦笑していた。


(影響、ね)


 教育なんて、生易しいものじゃない。


 死にかけて、

 裏切られて、

 それでも前に立ち続けた結果だ。


「剣を振るより、誰かを守る方が得意なだけです」


 これは、嘘じゃない。


 むしろ、一番の本音だった。


 リリアが頷く。


 その瞬間、思う。


(……これでいい)


 男かどうか。

 何者か。


 そんなことより、

 何をする人間かで見てくれた。


 それで、十分だ。


 だから、

 最後の「ありがとうございます」は、

 作った言葉じゃなかった。


 本当に、そう思った。


 ――今は、クロエでいられる。


 それだけで、

 盾として生きてきた自分には、

 少しだけ、休める場所がある気がした。


――


実技演習・護衛学科合同訓練

 笛の音が鳴った瞬間だった。


 模擬戦用の魔術弾が、想定より低く弾ける。


 ――狙いが、ずれている。


 そう判断した時には、アレンの体はもう動いていた。


「っ――!」


 考えるより早く、一歩前へ。


 細い体が、盾になる位置に滑り込む。


 魔力の衝撃が、肩口をかすめた。


 衝撃自体は軽い。

 だが――問題は、その後だった。


 アレンは、無意識に腰を落とし、重心を沈めていた。


 衝撃を受け流すための、完全な防御姿勢。


 女子学園の実技で教えられるものではない。

 前線で、何度も仲間を守ってきた者の動き。


「……え?」


 誰かの声が、間の抜けた音で漏れた。


 静まり返る演習場。


 アレンは、はっとして自分の姿勢に気づく。


(しまっ――)


 慌てて立ち上がろうとするが、

 その動きすら、無駄がなさすぎた。


 リリアが、すぐ隣で立ち尽くしている。


 剣を構えたまま、目を見開いて。


「……クロエ?」


 その呼び方に、アレンの胸がひくりと跳ねる。


「だ、大丈夫です!」


 声を、無理やり高くする。


 両手を前で揃え、

 “令嬢らしい”仕草を作る。


「たまたま……足が、滑っただけで」


 言い訳としては、ぎりぎりだった。


 教官が、眉をひそめる。


「今の動き……

 誰に習った?」


 一瞬、答えに詰まる。


 ――前世の訓練。

 ――命を預け合った仲間たち。

 ――何度も、何度も。


 全部、言えない。


 アレンは、視線を伏せた。


「……家で」


 短く、そう答える。


「護衛の家なので」


 教官は、じっとクロエ――アレンを見つめる。


 体格。

 立ち方。

 目線の高さ。


 “前に立つ者”の癖が、あまりにも濃い。


 沈黙が続いた、その時。


「教官」


 リリアが、一歩前に出た。


「クロエは、私の後ろに立つ癖があるだけです」


 きっぱりと。


「昔から。

 ……それだけです」


 教官は、リリアを見て、

 次にクロエを見て――小さく息を吐いた。


「……次は気をつけろ」


 それだけ言って、笛を鳴らす。


 演習が、再開された。


 アレンは、胸の奥で、ゆっくり息を吐いた。


(危なかった……)


 リリアの背中を見る。


 剣を構える姿は、まっすぐで強い。


 その一歩後ろ。


 そこが、一番落ち着く場所だと――

 体が、覚えてしまっている。


「……クロエ」


 小さな声で、リリアが言う。


「今の、かっこよかった」


 冗談めかした口調。


 でも、その目は、誤魔化していなかった。


 アレンは、少しだけ笑う。


「……秘密に、してください」


 その言葉は、

 令嬢のものではなく。


 盾の男の声だった。

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