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元最強のタンカー、転生したが家の都合で女装して王立魔法女学校護衛学科に通います。  作者: 三科異邦


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手紙の秘密

(リリア視点)


 寮の部屋は、夜になると音が少ない。


 遠くで風が木々を揺らす音。

 廊下を歩く誰かの足音。

 それ以外は、静寂だった。


 ベッドに横になりながら、私は天井を見つめていた。


 ――今日のことを、思い出している。


(……クロエさん)


 実技で前に出た動き。

 保健室での言葉。

 そして、今も。


 隣のベッドから、ほとんど寝返りの音がしない。


(……眠っているの?)


 気配が、薄い。


 護衛学科の生徒なら、多少なりとも緊張や疲労があるはずだ。

 それなのに、クロエは――


(まるで、起きているみたい)


 そっと、呼吸に意識を向ける。


 規則的。

 深く、静か。


 ――見張りの呼吸。


 そんな言葉が、ふと浮かんだ。


(……変ね)


 昼間、あれだけ体を張ったのに、

 夜は誰よりも落ち着いている。


 私は、体を起こした。


 音を立てないように。


 クロエの方を見る。


 薄暗がりの中、彼女は横向きで目を閉じている。


 ――眠っている、はず。


 なのに。


 視線を向けた瞬間、

 彼女の肩が、ほんのわずかに動いた。


(……起きてる)


 確信に近いものがあった。


 見ていると、呼吸がほんの一拍だけ変わる。

 気配を消そうとする、癖。


 ――護衛の。


 私は、喉の奥で息を呑んだ。


(どうして?)


 女の子が、無意識に身につける所作じゃない。


 訓練でも、教えられていない。


 まして、ヴァルディア家の令嬢が?


 布団の中で、指先を握る。


(考えすぎ……?)


 そう思おうとする。


 けれど、昼の光景が脳裏に蘇る。


 前に出た、迷いのない動き。

 自分よりも前に立つ、当たり前のような判断。


 そして、言葉。


『守られる側まで、無理をする必要はありません』


(……まるで)


 まるで、

 ずっと護衛をしてきた人の言葉。


 私は、小さく息を吐いた。


 今、問い詰めるつもりはない。


 理由も、証拠もない。


 それに――


(知りたい、とは思うけれど)


 知らないままでいたい気持ちも、確かにあった。


 クロエがクロエでいる限り、

 彼女は、私の隣にいる。


 それでいい。


 そう思って、灯りを落とす。


 布団に横になりながら、最後に一つだけ思った。


(……でも)


 もし。


 もしも、

 クロエさんに秘密があるのだとしたら。


 私はそれを、

 剣を向ける理由にはしない。


 ――守る理由にする。


 闇の中で、

 クロエの呼吸が、再び深くなる。


 それが本当に眠りに落ちたものなのか、

 それとも、そう“見せているだけ”なのか。


 その違和感を、

 私は胸の奥に、そっとしまい込んだ。


――


 朝の鐘が鳴る少し前に、私は目を覚ました。


 窓の外は、まだ淡い色をしている。

 夜と朝の境目。


 隣のベッドを見る。


 クロエさんは、すでに起きていた。


 椅子に腰掛け、制服を整えながら、静かに動いている。


(……やっぱり)


 音がしない。


 布の擦れる音すら、必要最低限。


 普通の朝の支度なのに、

 どこか“訓練”の延長みたいだった。


 私が視線を向けると、クロエさんは気づいたように振り返る。


「おはようございます、リリアさん」


 いつも通りの、柔らかい笑顔。


「おはようございます」


 その一言で、胸の奥にあった違和感が、少しだけ薄れる。


(……気のせい、よね)


 洗面台で身支度をしながら、昨日の夜のことを思い出しかけて、首を振る。


 確証はない。

 問い詰める理由もない。


 それに――


(クロエさんは、クロエさん)


 それで、いい。


「足、痛みませんか?」


 歯を磨きながら、聞いてみる。


「少しだけ。でも、動くのに支障はありません」


 あまりにも落ち着いた返答。


「無理はしないでください」


「はい」


 素直すぎるほど、素直。


 朝食へ向かう廊下を、並んで歩く。


 距離は、半歩。


 昨日より、少しだけ近い。


(……前に出ないでって言ったのに)


 ふと、そんな考えが浮かぶ。


 でも、それは責める気持ちじゃなかった。


「今日の授業、座学ですよね」


「ええ。実技は見学です」


 少し残念そうな声。


 その響きに、私は小さく驚いた。


(……見学、嫌なの?)


 危険を避けたいはずなのに、

 どこか物足りなさを感じているような。


 でも、それ以上は聞かない。


 食堂に着くと、ミレイユたちが手を振ってきた。


「おはよー、二人とも!」


「クロエ、足大丈夫?」


「はい、ありがとうございます」


 いつものやり取り。

 いつもの朝。


 席に着き、朝食を取る。


 何でもない会話が続く。


 なのに。


 私は時々、

 クロエさんの手元を見てしまう。


 食器の位置。

 周囲への視線。

 人が通る時の、さりげない配慮。


(……守ってる)


 意識していないのに、

 周囲全体を“気にかけている”。


 それは、令嬢として身につく癖じゃない。


 でも。


 私は、もう一度、自分に言い聞かせる。


(知らなくていい)


 今は。


 クロエさんが、ここにいて、

 私の隣にいる。


 それだけで、十分だ。


「リリアさん?」


「……はい?」


「どうかしましたか?」


 一瞬、考えてから答える。


「いいえ。

 今日も、よろしくお願いします」


 クロエさんは、少しだけ微笑んだ。


「こちらこそ」


 その笑顔を見て、私は決める。


 違和感は、飲み込もう。


 必要になるその日まで――

 胸の奥で、静かに。


(リリア視点)


 午後の授業が終わり、寮に戻ったのは夕方だった。


 実技の見学は、思っていた以上に疲れる。

 体ではなく、神経が。


「先に戻りますね」


 クロエさんはそう言って、私より少し早く寮へ向かった。


 私が部屋に戻った時、クロエさんは机に向かっていた。


「おかえりなさい」


「ただいま」


 いつも通りのやり取り。


 けれど、部屋の空気が少しだけ違った。


(……集中してる)


 クロエさんの背中は、静かだけれど張り詰めている。


 机の上には、一通の封筒。


 学園のものではない。

 装飾もなく、実用的な紙。


 ――外からの手紙。


 クロエさんは、それを手に取って、しばらく動かなかった。


(珍しい)


 王立女子学園では、外部との連絡は最小限だ。

 家族からの手紙も、頻繁ではない。


 私は、着替えのために視線を逸らした。


 その時。


 クロエさんが、息を吐いた。


 ――深く、低く。


 そして、封を切る音。


 聞くつもりはなかった。

 覗くつもりもなかった。


 ただ、立ち位置が悪かっただけだ。


 鏡越しに、

 手紙の一部が、視界に入ってしまった。


 文字は、整っていて――

 でも、親しい。


 その冒頭。


『――アレンへ』


 心臓が、ひとつ強く鳴った。


(……え?)


 一瞬、思考が止まる。


 見間違い?

 愛称?

 それとも――


 私は、反射的に目を伏せた。


 それ以上、見てはいけないと、直感が告げた。


 けれど、もう一行だけ、残ってしまった。


『――あなたが“盾”であることを、忘れないで』


 指先が、冷たくなる。


(……盾?)


 護衛学科。

 実技。

 前に出る動き。


 点と点が、静かにつながっていく。


 クロエさんは、手紙を胸に押し当てるようにして、目を閉じた。


 その横顔は――

 今まで見たことがないほど、素の表情だった。


 迷い。

 懐かしさ。

 そして、決意。


 そんな感情の顔だった。


(リリア視点)


 夕食後、部屋に戻ってからも、私は落ち着かなかった。


 クロエさんは窓辺で、学園の灯りを眺めている。


(今なら……)


「クロエさん」


「はい?」


 振り返る仕草は、いつも通り。


 だからこそ、私は静かに聞く。


「今日の手紙の宛名……

 アレン、って書いてありました」


 一瞬。


 ほんの一瞬だけ、間が空いた。


 でも、彼女はすぐに頷いた。


「ええ」


 否定しない。


「……男の人の名前ですよね?」


 私は、そこで言葉を止めた。


 “男なのか”とは、言わない。


 クロエさんは、少し考えるように視線を落とし――

 それから、困ったように笑った。


「よく言われます」


 拍子抜けするほど、自然な返答。


「私の家、少し変わっていて」


 語り出す声は、落ち着いている。


「代々、護衛を出す家なんです。

 外に出す名前と、家で使う名前が違うことも多くて」


 私は黙って聞く。


「“アレン”は、

 役割としての名前、みたいなものですね」


「役割……?」


「はい」


 クロエさんは、自分の胸に手を当てた。


「守る側に立つ時の名前です」


 ――上手い。


 名前を、性別ではなく役割に結びつける。


「じゃあ、今は……」


「今は、クロエです」


 きっぱりと。


「王立女子学園にいる間は、

 クロエ・アルヴェイン」


 その言い切りに、迷いはなかった。


 私は、少しだけ肩の力を抜いた。


「……変なこと聞いてしまって、すみません」


「いいえ」


 クロエさんは、首を振る。


「気になりますよね。

 私、よく“男の子みたい”って言われますし」


 自嘲でもなく、照れでもない。


 事実として受け入れている口調。


「盾、って言葉も見えて」


 そこを突くと、彼女は苦笑した。


「家の教育の影響です」


「護衛の?」


「ええ。

 “前に立て”“倒れろ”“誰かを通せ”って」


 言葉が、少し重い。


「剣を振るより、

 誰かを守る方が得意なだけです」


 それは、完全に本音だった。


 私は、そこで頷いた。


(……納得できてしまう)


 理屈が通っている。

 違和感を、無理なく包み込む説明。


「クロエさんは……」


 言いかけて、言葉を選ぶ。


「クロエさん、ですね」


 彼女は、少しだけ目を細めた。


「ありがとうございます」


 その返事が、なぜか胸に残った。


 夜。


 ベッドに横になりながら、私は考える。


(本当に、それだけ……?)


 でも、これ以上踏み込めば、

 彼女の“境界線”を越える。


 だから、今日はここまで。


 クロエさんは、クロエ。


 それでいい。


 ――少なくとも、今は。




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