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元最強のタンカー、転生したが家の都合で「女装」して王立魔法女学校護衛学科に通います。  作者: 三科異邦


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2/12

求められるモノ

夜の執務室は、灯りが落とされていた。


 机の上には、封をされた一通の書状。

 王家の紋章が、静かに蝋に刻まれている。


「……来たのね」


 母が、そう呟いた。


 父は返事をしなかった。

 ただ、書状を見つめたまま、長い沈黙を保っている。


 逃げられないと、分かっていた。

 分かっていたからこそ、開けるまでに時間がかかった。


 やがて父は、静かに封を切った。


「王立女子学園より、正式な通達だ」


 内容は簡潔だった。


 ――ヴァルディア家に男児が誕生した事実を確認。

 ――家系に基づき、定められた試練を執行する。

 ――対象は、アレン・ヴァルディア。


 母は、目を伏せた。


「……やはり、見逃してはもらえなかった」


「当然だ」


 父の声は低い。


「この国にとって、あの学園は“心臓”だ。

 護衛の血が途切れることは、許されない」


 ヴァルディア家の誓約。

 それは遥か昔、王家と交わした契約だった。


 男児が生まれた場合、その者は女として学園に入り、

 次代の要人たちを“影”として守り抜かなければならない。


 失敗は許されない。

 途中辞退も、存在しない。


「……まだ、あの子は小さいのに」


 母の声が、かすかに震えた。


「剣を持たせることもなく、

 戦い方を教えることもなく……

 それでも、あの子はもう“守っている”」


 父は目を閉じた。


 思い出すのは、訓練場の一幕。

 エリシアの前に立ち、無言で衝撃を受け止めた、小さな背中。


「……だからこそ、だ」


「え?」


「あの子は、逃げない」


 父は、はっきりとそう言った。


「何も知らなくても、

 自分が傷つくことを選んでしまう子だ」


 それが、何より恐ろしかった。


「だから私は……

 せめて、“理由”だけは与えたい」


 母は顔を上げた。


「アレンに?」


「いや」


 父は首を振る。


「今はまだ、何も知らせない。

 記憶も、覚悟も、必要ない」


 拳を握りしめる。


「その代わり――

 守れるだけの力を、静かに与える」


 剣ではない。

 力でもない。


 心を折らないための、時間と日常。


「エリシアには?」


「彼女には、剣を」


 父は言った。


「前に立つ者としての強さを」


 そして――


「アレンには、盾を」


 母は、小さく笑った。


 悲しそうで、誇らしげな笑みだった。


「本当に……ヴァルディアの子ね」


 書状は、机の引き出しに仕舞われた。

 その奥に、長く眠らせるつもりだった。


 アレンが、その意味を知る日まで。


 その夜、二人は子ども部屋の前に立った。


 双子は、並んで眠っている。

 同じ顔、同じ寝息。


 だが、未来は違う。


 母は、そっとアレンの頭を撫でた。


「……ごめんなさい」


 父は、その手を止めなかった。


「いいや」


 低く、静かに。


「この子は……

 きっと、誰よりも優しい護衛になる」


 それが祝福か、呪いか。

 答えは、まだ誰にも分からない。


 ただ一つだけ、確かなことがあった。


 ――運命は、もう動き出している。


時は、静かに流れた。


 双子は成長し、背丈も声も変わっていく。

 同じ顔立ちのまま、少しずつ違う人間になっていった。


 エリシアは、剣を振るう少女になった。

 訓練場では年上を相手にしても引かず、

 その背中には、迷いがなかった。


 アレンは――

 変わらなかった。


 いや、正確には“変わらないように見えた”。


 争わず、怒らず、誰かの一歩後ろに立つ。

 怪我をすれば笑って誤魔化し、

 誰かが困っていれば、理由もなく手を差し出す。


 それが“自分”だと、疑いもしなかった。


 十四歳の春。


 アレンは、屋敷の裏庭で一人、木陰に座っていた。

 理由は単純だ。

 エリシアの訓練が長引いていて、待っていただけ。


 ――その時だった。


 遠くで、金属がぶつかる音がした。


 剣と剣。

 乾いた衝突音。


 その瞬間、胸の奥が――強く、締め付けられた。


「……?」


 息が、詰まる。


 視界が、揺れた。


 青空が、灰色に変わる。

 草の匂いが、血の匂いに変わる。


 城壁。

 咆哮。

 押し寄せる黒い影。


 そして――

 自分が、盾を構えて立っている。


「……あ」


 声にならない声が漏れた。


 次々と、思い出す。


 勇者。

 魔法使い。

 背中を預けた仲間たち。


 前に出て、

 殴られ、

 焼かれ、

 斬られ、


 それでも立ち続けた理由。


 ――守るためだ。


 誰かが、泣かないために。

 誰かが、生きて帰るために。


 最後の光景。


 魔王が倒れ、

 背後から放たれた――あの一撃。


「……そう、だったんだ」


 アレンは、ゆっくりと膝をついた。


 怒りは、なかった。

 憎しみも、なかった。


 ただ、理解しただけだった。


「俺は……タンクだった」


 盾で。

 前に立つ役目で。

 捨てられても、後悔しなかった男。


 胸の奥に、静かな火が灯る。

 それは復讐心ではない。


 もう一度、守りたいという、意志。


 ――――――


「アレン」


 呼ばれて、顔を上げると、両親が立っていた。


 父は、彼の目を見た瞬間、全てを悟った。


「……思い出したか」


 アレンは、ゆっくり頷いた。


「はい」


 それ以上、説明はいらなかった。


 母が、静かに言う。


「十四歳になったら、話すつもりだったの」


 そう言って、二人は応接室へと彼を招いた。


 机の上に置かれた、一通の書状。


 あの日、引き出しに仕舞われたもの。


「アレン。

 あなたはもうすぐ――

 王立女子学園に通うことになる」


 アレンは、驚かなかった。


 拒絶も、しなかった。


「……そうですか」


 その反応に、母は少し目を見開く。


「怖くはないの?」


 アレンは、少しだけ考えてから答えた。


「正直に言うと……怖いです」


 でも、と続ける。


「でも……守る場所が、そこにあるなら」


 父は、深く息を吐いた。


「逃げてもいい」

「拒んでもいい」


「それでも――

 お前が選ぶなら、私たちは全力で支える」


 アレンは、椅子から立ち上がり、頭を下げた。


「ありがとうございます」


 顔を上げる。


 その目は、穏やかだった。


 けれど――

 十四年前にはなかった、確かな意志が宿っていた。


「俺は……行きます」


 剣を振るうためではない。

 名を残すためでもない。


 ただ――

 誰かの前に立つために。


 こうして。


 優しすぎる盾は、再び歩き出す。

 今度は、“少女たちの学園”という戦場へ。


「――ちょっと待って」


 エリシアは、アレンの顔をまじまじと見たまま、動かなくなった。


「……ぷ」


 次の瞬間。


「っ、あははははは!!」


 部屋に、腹を抱える音が響いた。


「ちょ、待って!

 だってさ、アレン!

 鏡! 鏡見た!? 完全に私じゃん!!」


 鏡の前に立つアレンは、沈黙していた。


 長い髪。

 丁寧に整えられた眉。

 柔らかなラインを強調する制服。


「……似合ってますか?」


 真面目な声で聞いたのが、余計にいけなかった。


「似合うとかのレベルじゃないって!」

「私より“私”してるんだけど!?」


 エリシアは笑いすぎて、椅子に倒れ込んだ。


 ヴァルディア家では、女装は“儀式”だった。

 代々、用意された衣装と化粧。

 そして、双子であることを最大限に活かすための仕上げ。


「親、悪魔でしょ」

「……そうかもしれない」


 アレンは、否定しなかった。


 彼自身も、鏡の中の“少女”が自分だとは、まだ実感できていない。


「ねえねえ」


 エリシアは、笑いを堪えながら近づいてくる。


「学園でさ、絶対モテるよ」


「……困ります」


「その反応がもう可愛いんだって!」


 肩を叩かれ、アレンは困ったように視線を逸らす。


「僕は……守りに行くだけだから」


 その言葉に、エリシアは一瞬だけ黙った。


 そして、笑顔のまま言う。


「知ってる」


 声は、いつもより少しだけ柔らかい。


「でもさ」


 彼女は、アレンの前に立ち、鏡越しに並ぶ。


 同じ顔。

 同じ瞳。


「守るのって、剣を振るうことだけじゃないよ」


 アレンは、黙って聞いていた。


「泣いてる子の話を聞いたり」

「怖がってる子の前に立ったり」

「……そういうの、アレンの得意分野でしょ?」


 アレンは、小さく笑った。


「……そうかもしれません」


 エリシアは、ふっと真剣な顔になる。


「ねえ、アレン」


「はい」


「私、行けないからさ。女子学園」


「……うん」


「だから――

 私の分まで、生きて」


 その言葉は、冗談みたいで、冗談じゃなかった。


 アレンは、静かに頷いた。


「約束します」


 エリシアは、満足そうに笑った。


「よし!

 じゃあ最後に――」


 彼女は、鏡の前でポーズを取る。


「どっちが“エリシア”か、当ててみな?」


 アレンは、鏡を見る。


 並ぶ二人。

 同じ顔。


 ――けれど。


「……右が姉さんです」


「え、なんで!?」


「立ち方が……前に出てます」


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、エリシアは大笑いした。


「くっそ、バレた!」


 その夜。


 アレンは、制服を畳みながら、深く息を吸った。


 怖くないと言えば、嘘になる。

 けれど、逃げたいとは思わなかった。


 守る場所が、ある。


 それで、十分だった。


 こうして、

 優しすぎる盾は――

 少女として、戦場へ向かう準備を終えた。


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