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元最強のタンカー、転生したが家の都合で「女装」して王立魔法女学校護衛学科に通います。  作者: 三科異邦


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想像もしない代償、そして油断

学園別棟の応接室で、伯爵令嬢――エレノア・ヴァイスは、椅子に座ったまま指先を強く握り締めていた。


「……誤解ですわ」


 声は震えているが、そこにはまだ“貴族としての矜持”が残っている。


「私はただ……

 護衛学科の生徒について、少し情報を渡しただけですの」


 調査官が、静かに視線を向ける。


「護衛学科の、誰ですか」


 エレノアは一瞬だけ言葉に詰まり――

 それから、吐き捨てるように言った。


「クロエ・ヴァルディア」


 その名を口にした瞬間、感情が溢れた。


「女のくせに、出しゃばって。

 貴族科の面目を潰して……それに」


 ――嫉妬。

 ――焦り。

 ――そして、軽蔑。


「“公爵家の令嬢に気に入られている護衛”」


 エレノアは、唇を歪める。


「だから……

 少し、困る目に遭えばいいと思っただけですわ」


 調査官は、淡々と告げる。


「あなたは、盗賊団の正体も、目的も知りませんでしたね」


「ええ……」


「ですが、

 “クロエ・ヴァルディアが前に立つ配置”

 “園外演習で生徒会長が同行する日程”

 その二点を、外部に流した」


 エレノアの顔から、血の気が引く。


「結果として、

 あなたが“目障りだ”と感じた護衛ではなく」


 一拍。


「公爵家令嬢が誘拐されかけた」


 その言葉が、決定打だった。


「……そんな、つもりじゃ……」


「つもり、では済みません」


 冷たい宣告。


「あなたの行為は、

 身分差別と悪意による情報漏洩。

 そして、結果的に王家直轄貴族への危害を招いた」


 書類が閉じられる。


「伯爵家ヴァイス。

 学園からの即時除名。

 加えて、家名への正式な処分が下ります」


 エレノアは、声も出せずに崩れ落ちた。


 ――クロエを引きずり下ろすつもりが、

 自分自身が奈落に落ちたことを、

 ようやく理解したのだ。


その日の夜。

 クロエ・ヴァルディアは、寮の廊下をふらふらと歩いていた。


(……さすがに、疲れた)


 肩が重い。

 足取りが少し遅れる。

 盾を持っていないはずなのに、腕が鉛のようだった。


 誘拐事件。

 戦闘。

 帰還後の対応。


 心身の糸が、今になって一気に緩んだ感覚。


「……シャワー……」


 独り言のように呟いて、いつもの時間、いつもの流れで足が向く。


 ――本来なら。


 この時間、リリアが使っている。


 音で分かる。

 気配で分かる。

 いつもなら、絶対に。


 けれど、この日は違った。


 頭が、うまく働いていない。


 クロエは、扉の前に立ち、何の疑問も抱かずに手を伸ばす。


 カチャ。


 鍵は――開いていた。


(……あ)


 次の瞬間。


 シャワーの音。


 はっきりと、水が落ちる音。


 クロエの思考が、そこで一気に現実へ引き戻された。


(……っ!?)


 心臓が、どくん、と強く打つ。


 体が、反射的に硬直する。


 扉は、まだ完全には開いていない。

 ほんのわずか、隙間ができただけ。


 クロエは、即座に手を離し、視線を落とした。


「……っ、ご、ごめ……!」


 声になりきらない声。


 慌てて一歩、後ろへ下がる。


 中から、シャワーの音が止まる。


「……え?」


 リリアの声。


 クロエは、背中を扉に向けたまま、深く頭を下げた。


「すみません……!

 完全に、ぼーっとしてました……!」


 言い訳にもならない言葉。


 数秒の沈黙。


 それから、リリアが少しだけ困ったように言う。


「……クロエさん?」


「はい……!」


「大丈夫ですか?

 今日、ずっと無理してたでしょう」


 責める声じゃない。

 呆れでもない。


 純粋な、心配。


 クロエは、その場で小さく息を吐いた。


「……はい。

 ちょっと、限界だったみたいです」


「もう……」


 シャワーの向こうで、リリアがため息をつく気配。


「今日は、私が先に出ますから。

 クロエさんは少し休んでからでいいですよ」


「……ありがとうございます」


 扉の前で、クロエはしばらく動けなかった。


(……危なかった)


 もし、もう一歩踏み出していたら。

 もし、音に気づくのが遅れていたら。


 ――でも、それ以上は考えない。


 クロエは、額に手を当てる。


(疲れてる……本当に)


 守ることに集中しすぎて、

 “日常”への注意が抜け落ちていた。


 それが、少し怖かった。


 廊下の壁にもたれながら、クロエは目を閉じる。


(……ちゃんと、戻らないと)


(ここは戦場じゃない)


 扉の向こうで、再び水音がして、止まる。


 クロエは、その音を背に、静かにその場を離れた。


 今夜は、もう――休もう。


(リリアside)


クロエさんが眠った後。

 部屋は、静かだった。


 ベッドに横になった彼女は、すぐに寝息を立て始めた。

 今日一日、どれだけ無理をしていたのかが分かる、深い眠り。


 私は自分のベッドに腰掛けたまま、しばらく動けずにいた。


(……本当に、疲れてたんだな)


 さっきのことを思い出す。

 シャワー室の扉が、ほんの少し開いた瞬間。


 でも。


(別に……)


 そう、私はそう思っていた。


(クロエさんは、女の人だし)


 同性。

 それだけで、全部が“問題ない”箱に放り込まれていた。


 だから、あの時も驚いただけで、怖くはなかった。


 ……はずなのに。


 胸の奥が、ちくりとした。


(もし――)


 思考が、勝手に進む。


(もし、クロエさんが……

 男の人だったら……?)


 ――は?


 私は、びくっと肩を跳ねさせた。


(な、何考えてるの……!?)


 急に、顔が熱くなる。


(そんなわけ、ないでしょ)


 即座に否定する。

 声に出さなくても、頭の中で必死に。


(だって、クロエさんは……

 女の人で……護衛学科で……)


 言い聞かせるように、理由を並べる。


 でも。


 森での姿。

 盾を構えた時の背中。

 私の前に立った時の、迷いのなさ。


 そして――

 今日、ふらついていた時の、あの様子。


(……もし、違ったら)


 心臓が、少しだけ速く打つ。


 私は、慌てて布団を引き上げた。


(だめだめだめ)


(考えちゃだめ)


 これは、

 疲れてるだけ。

 今日はいろいろあっただけ。


 そう、決めつける。


 そっと、クロエさんの方を見る。


 眠っている横顔は、穏やかで。

 戦場に立っていた人とは思えないくらい、静かだった。


(……クロエさんは、クロエさん)


 それ以上でも、それ以下でもない。


 私は、胸の奥に浮かんだ考えを、そっと押し込める。


 もし、何か違うなら。

 もし、触れてはいけない境界線があるなら。


 それを越えるのは――

 私じゃない。


 布団に潜り込み、目を閉じる。


(今日は……もう、寝よう)


 そうして、無理やり思考を止めた。


 けれど。


 眠りに落ちる直前、

 胸の奥に残った小さなざわめきだけは、

 どうしても消えてくれなかった。


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