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おいしいご飯が食べたいので、この縁談は無かったことにして頂けないでしょうか?  ~辺境伯令嬢の夜な夜な背徳飯ライフ~  作者: 糸音
第2章 身分は平らに。されど牛丼は特盛に

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学び舎と身分差

 とはいえ、今日は何を食べようかしら。


 芝生が綺麗に切りそろえられて中庭にある噴水を横目に、フェルティナは廊下を歩きながら物思いにふける。

 肉を食べるというのは決定事項なのだが、肉と言っても様々だ。


 この前食べたような腸詰や、程よい赤身が舌や目を喜ばせる肉厚のステーキ。

 香草の香る骨付きのスペアリブや、熱々の鉄板に乗ったハンバーグなんかも候補だ。


 先ほど薄い味の料理を食べたのだ。がっつりと濃い味の肉料理が良い。

 ……のだが。それでいて食べたことのない味の料理に触れてみたいという思いもある。先ほど挙げた料理は良くも悪くもベースとなる味が想像できる。


 フェルティナがこよなく愛するのは、胸と腹を満たす幸せな敗北感。


 こうもストレスがたまったときこそ、そういう料理に出会いたいものだ。




「……あら、何か揉め事かしら」




 廊下の奥で頭を下げる一人の黒髪の女性と、それを取り囲む高価な服に身を包んだ女性が3人、何やら揉め事を起こしているようだ。


 過行く人たちが気まずそうに通り抜けながら、黒髪の女性が糾弾を受けている。




「あなたが道を空けなかったから、私が転んでしまったではありませんか」

「お洋服に着いた汚れ、どのように弁償してくださいますの?」

「も、申し訳ございません! 私の不注意で……!」




 長い黒髪の女性がひたすらに頭を下げている様子を、3人の女性が責める、というよりは嘲笑うような態度で取り囲んでいる。


 それを見たフェルティナは不快そうに眉をしかめた。




 まだ誰もが教育を受けることができない時代。

 セルヴァラント領では望むもの全てに教育の機会を与えることを目的に、平民、貴族問わず通えるアカデミーを設立したが、どうもその理念は浸透しきっていないらしい。


 国内でも屈指の学習環境だ。アカデミーの見学に、他所から有力貴族が訪れることも多い。


 が、教育=貴族の特権と勘違いをしている者が偶に訪れてはこういうトラブルを起こしていく。


「彼女たちが道を譲らなかったことが原因のようですね」


 早速カノンがトラブルの一部始終を見ていた者たちから情報を集めてきた。

 道幅が広いとはいえ、横に広いドレスで3人。幅を取って歩けば邪魔であろうに。




「ドレスに着いた汚れ、簡単にとれそうにありませんわね」

「それならば、この平民の方に弁償して頂かないといけませんわね」

「そんな可哀そうなことしてはいけませんわ。この方にそれだけの財産があるとは思えませんもの」

「そうですわね。着ている服からして貧相ですもの」

「「「おほほほほほほ!」」」

「——その程度の汚れ、洗えば落ちるのではなくて?」


 涙目になった黒髪の女性を3人が嘲笑する中、凛とした声で空気を引き裂きながら、フェルティナが間に割って入った。




「フェ、フェルティナ様……?!」




 その姿を確認した3人が、顔を青ざめさせながら一歩身を引いた。

 国内外の貿易を司る有力領主の一人娘兼、ヴァレンシュタイン公爵家の縁談相手。

 同じ貴族と言えども上下はある。格が2段も3段も上の存在を前に、先ほどまでの威勢が消え失せる。


「カノン。こちらの汚れ、どう思います?」

「水洗いで落ちるかと」

「失礼ですが、ずいぶんと不出来な使用人を雇っているようですわね。あなた方様の使用人は、洗濯もまともにできないのかしら?」


 フェルティナがにこやかに微笑みながら、冷たい視線で彼女たちを一瞥する。

 皆蛇に睨まれたカエルのように身を固めた。




「ここは学び舎。学ぶ意欲のあるものに、平等に教育の機会を与える神聖な場所。……ご理解いただけますでしょうか?」

「「「は、はい……」」」

「アカデミーの品位を落とすような真似は、今後控えてくださいませ」


 恐怖で震える3人から目を離し、フェルティナは糾弾されていた黒髪の女性に手を差し出した。




「行きましょうか」

「……え?」




 困惑する女性の手を、フェルティナの方から優しく握り、リードする形でその場を後にする。


 後ほど、3人の女性の父親である貴族たちが、フェルティナの父のもとに謝罪に訪れたという話だが、どうでもいい話だった。




「ごめんなさいね。ことを大きくしてしまって」

「い、いえ! むしろ助けていただきありがとうございます! むしろ申し訳ございません。フェルティナ様の手を煩わせてしまって……」




 暫く廊下を歩いて、彼女たちの姿掛けてから話しかける。

 優しく微笑んだフェルティナに、黒髪の女性が深く頭を下げた。




「この学び舎では身分などは存在しません。そう畏まらなくても大丈夫ですわ。改めまして、私フェルティナと申すものです。あなたのお名前は?」

「私はエリと申します」

「エリ。あなた、もうお食事は摂られましたか?」

「え? まだ、ですけど……」




 突然訪ねられて目を丸めるエリに、「そう」とフェルティナが頷いた。




「良かったら私も『まだ』食べていなかったの」

「お嬢様」

「これも何かの縁です。よろしければ一緒にお食事をしませんか?」


 流れるように吐いた嘘にカノンが口をはさんだが、それを無視してフェルティナは続けた。


 受けたほうが失礼になるのか、断った方が失礼になるのか。


 エリは少しの間悩んだが、「よろしいのですか?」とフェルティナに尋ね返した。

 当然それを快諾したフェルティナは、エリと並んでアカデミーの食堂に向かい始めた。




「……今夜のメニューを変更しなくては」




 そんな二人の様子を一歩引いて見守りながら、カノンは表には出さずに頭を悩ませるのであった。


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