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おいしいご飯が食べたいので、この縁談は無かったことにして頂けないでしょうか?  ~辺境伯令嬢の夜な夜な背徳飯ライフ~  作者: 糸音
第2章 身分は平らに。されど牛丼は特盛に

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貴方のことを尊敬しております。舌以外

 セルヴァラント領にある、公立のアカデミーの応接室。

 中央に配置された机を挟む形で、フェルティナはソファに座り、対面しているヴァレンシュタイン公爵と食事を摂っている。


 生きることとは、食べること。

 幸せな人生は幸せな食事から。


 それを人生の矜持として掲げているフェルティナにとって、この食事の時間は地獄以外の何物でもないはずなのだが、今日のフェルティナの顔はなぜか余裕に満ちている。


 それもそのはず。なぜなら今日はフェルティナが好きなものを頼んでよいと、ヴァレンシュタイン公爵側から許可を得ているからだ。




「なるほど。これが君の好きな料理なんだね」




 柔らかな白パンに、チキンから出汁を取った野菜スープ、主菜に野菜のテリーヌだ。


「野菜尽くしのメニューだね。君も野菜が好きだと改めて分かって、嬉しいな」


 いいえ。私が好きなのはお肉です。

 今回の献立も、家の者があなた様に最大限の配慮を見せた結果です。

 あなた様は遠慮はいらない私に仰いますが、立場上それができないということを、そろそろ誰か教えていただけませんでしょうか?




 配慮を配慮と見抜かれるのは本末転倒だが、まったく気が付かれないのも、それはそれで癪であると改めて気づかされる。


 内心毒づきながらも、「私もです」とフェルティナは穏やかに微笑んだ。


「どうでしたか? 我がセルヴァラント家が運営する公立学校(アカデミー)の様子は」


 フェルティナが尋ねると、ヴァレンシュタイン公爵は「素晴らしかったよ」と頷いた。


「身分分け隔てなく、勉学に励みたいものが無償で学べる理想の空間だ」


 明るい顔で語るヴァレンシュタイン公爵に、フェルティナが優雅に笑ってお茶を口にした。


 まだ全員が満足に教育を受けることができない時代。

 一般庶民が通えるのは協会が運営する宗教学校くらいだ。

 その学校も子どもたちが聖書を読めるようになることを目的とした、宗教色の強いものである。

 必要な教育を必要な時期に受けられる環境は少ない。


 しかし、セルヴァラント領では公費を使って、誰でも通える学校を立てている。

 そこでは読み書きや数学のみならず、科学や工学、体術や経済学といった様々な分野の授業を、領民であれば無償で受けることができるのだ。


 今回ヴァレンシュタイン公爵が領地を訪れたのも、フェルティナに会うのもそうだが、半分はこのアカデミーを見学することが目的だった。




「ここに来て改めて確信したよ。国の発展の為には、国民皆に質の良い教育を受けられる機会が必要だとね。今の権力争いが収まり次第、こういう場所は積極的に作っていきたい」

「その時は私も手伝わせていただきますわ」




 心から国を思い、そのために自ら率先となって動く行動力。


 やはり、ヴァレンシュタイン公爵は政治家として、公爵家の人間としては素晴らしい人格をお持ちだと、フェルティナは改めて実感した。

 人の上に立つものは、やはりこのように気高くも、国や民を思う優しさを持ち合わせていなければ。


 フェルティナが感心していた時、スープを一口すすったヴァレンシュタイン公爵が、「爺や」と傍に控えていた使用人に声をかけた。

 耳打ちをされ、使用人が取り出したのは白湯の入った魔法瓶。










「……ヴァレンシュタイン様?」




 ヴァレンシュタイン公爵がスープに白湯を注ぎ、ほとんど色がなくなったところで再び啜る。


「うん。このくらいがちょうどいい」

「……今日は体調でもすぐれないのですか?」

「? ないけど、どうしてだい?」

「いえ……、何となく……」


 大きな風邪を引く前後で、味覚がおかしくなるとは聞いたことがあるが、やはりあの舌がデフォらしい。

 白湯同然となったスープを美味しそうに飲みながら、ヴァレンシュタイン公爵が笑った。


「使用人たちが事細かに世話を焼いてくれてるおかげでね。生まれてこの方、風邪などは引いたことがないな」

「……はあ」

「僕の体調を管理してくれている者たちには、頭が上がらない思いだよ」


 そうですか。でしたら今すぐシェフに頭を下げてもらいましょう。

 あなたが行っていることは食を用意した者に対する冒涜です。


 野菜のテリーヌもびしゃびしゃに白湯に浸し、ほとんど味を落としてから召し上がられていた。

 浸ったテリーヌを見てロールキャベツじゃありませんのよと眉をしかめたが、当然気付くはずもない。


 地獄ではないが、別ベクトルで気分を害した。


 やはりこの人と婚約するわけにはいかないと、改めて胸に誓うフェルティナだった。



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