明日は何をたべましょう
料理を食べ終わり次第、フェルティナはすぐさま屋敷の方へと走り出した。
屋敷の壁を駆け上がり、寝室の窓から中に入り、部屋に備えつけられて洗面台で歯を磨いてから寝間着に着替える。
着替えている最中、再び鏡に映った自分の体を見て、フェルティナは困ったように首を傾げた。
(こんな生活を始めて早三か月。そろそろ成果が表れ始めてもいいと思うのだけれど……)
毎度のことながら、結構なボリュームの料理を食べており、そろそろどこかしら太り始める兆候が出てもいい頃なのだが。
肩の肉をつまむも柔らかさは感じないし、腹の肉に至ってはそもそもつまめる箇所がない。
もっと、カロリーのある食事を摂った方がよろしいでしょうか。
そんなことを思いながらも、フェルティナは幸せな満腹感に包まれながら、自室のベッドで優しい寝息を立て始めた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
一方、屋敷のとある一室では、
「ただいま戻りました」
侍女頭の女が屋敷の主であるフェルティナの父に、何やら報告をしようとしていた。
「本日食べられたのは、3番通りにある食事処『三日月亭』。その看板メニューである自家製ソーセージの鉄板焼きです」
「これまたボリュームがあるものを食べてきたな」
「はい。カロリーに換算して1500㎉ほどになるかと」
報告されたカロリーの量に、少しだけ領主の顔が曇った。
「美味しそうに食べていたか」
「はい。『めしうまでしてよ』とのことです」
「そうか。じゃあその店は明日、賑わうな」
報告を聞き終えた領主が頷きながら、侍女頭に向かい直った。
「明日の食事で調整してくれ。あと、体術のカリキュラムを少し多めに」
「かしこまりました」
指示を聞き終えた侍女頭の女は、一礼してから速やかに部屋を後にする。
部屋に一人残された領主は、窓の外で明るく輝く月を見上げながら小さく息を吐いた。
「生きることとは、食べること」
領主も侍女頭も、フェルティナがこっそりと屋敷を抜け出しては、カロリーの高い食事に明け暮れていることは知っている。
そして、それは街の人たちも同様だった。
いくらフードで顔を覆っても顔をすべて隠せるわけでもない。
フードの奥に見える特徴的な銀の髪と琥珀色の瞳で、正体が誰なのかは一目瞭然だった。
だが、本人的にはそれでごまかせていると思っている以上、お忍びで来たところを、正体を指摘して帰しても可哀そうだ。
基本的に人の良い領民たちは、暗黙の了解で知らないふりをして振舞っている。
それに、来るたびにあまりに美味しそうに料理を食べていくものだから、その食べる姿が『食の女神が現れた』という噂となって広がっていき、訪れた店が繁盛しているとのことだ。
街の人たちも『食の女神』に来店してもらおうと、料理の研究に勤しみ、失礼が無いように店内の清掃や接客のレベルを改善に励んでいる。
夜な夜な屋敷を抜け出すフェルティナの行動が、結果的に街の食文化の発展にいい影響をもたらしていたのだった。
娘がヴァレンシュタイン公爵との食事でストレスを抱え込んでいることは知っている。
公爵家の来訪を無下に扱うことはできないため、領主はそのことに胸を痛めていた。
たべることとは、生きること。
幸せな人生は幸せな食事から。
娘も街での食事を楽しんでいるようだし、街で食事をすることで娘も領民たちも幸せになるのであれば、屋敷を抜け出してご飯を食べることくらい大目に見てやろうじゃないか。
そんな思いから、領主はフェルティナの行動を見逃してやっている。
だが、
「娘が健康体でいられるよう、カロリーコントロールは厳重に行わせてもらう」
そこに関しては譲れないものがあるらしい。
フェルティナが思うように太れないのは、領主と侍女頭の計らいによる、日々の食事や運動量の調整が原因だった。
そんなことは露も知らず、フェルティナはベッドで、
「明日は何を食べましょう……」
幸せな寝言をこぼし、また夜が更けるのを楽しみに待つのだった。
これは、食べることが大好きな辺境伯令嬢が、縁談を破談にするまでのお話である。




