エピローグ ~食の女神は今日も行く~
ヴァレンシュタイン公爵の縁談から、翌日のこと。
「なんで今日の夜食は野菜ばっかりなんです?!」
目の前に広がる、美味しくも優しい味付けな低カロリーの料理に、フェルティナが悲鳴に近い声を上げた。
そんなフェルティナに、コホン、と咳払いをしてから、カノンが理由を説明する。
「今日の昼食、何を食べたかお忘れですか」
「……牛丼ですわ」
「はい、大盛の。それもチーズトッピングで」
「だ、だって! 縁談話が無事に片付いたのですよ! エリとその喜びを分かち合うために、エリの店の料理を食べるのは自然なことではありませんか?! この牛丼は令嬢として、社交で食べたものです!」
「わざわざ大盛に、それもチーズをのせた理由は?」
「……」
屁理屈をあっけなく跳ね返され、口をつぐむフェルティナに、カノンが呆れた息を吐く。
「この際ですからお嬢様。はっきり申し上げさせていただきます」
「……なんでしょう」
「お嬢様の好きなものばかり食べさせていては、お嬢様は齢30が過ぎ始めた頃、生活習慣病で早死にします。セルヴァラント家の侍女頭として、そのような淫らな食生活を容認するわけにはいきません」
正論を叩きつけられて、フェルティナは気まずそうにカノンから目をそらした。
その様子を敗北宣言と捉えたカノンが「他にも反論があれば伺いますが」ととどめの釘をさす。
「……美味しいです」
「うちのシェフは一流ですからね」
もしゃもしゃとサラダを口にするフェルティナ。その様子を傍から見ていたアルマが苦笑した。
日常に戻れば、屋敷で誰が一番強いのかは一目瞭然だ。
確かな愛を受けながら、フェルティナは優しい味のスープを口にした。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
そして、皆が寝静まったころ。
「お腹が空いて眠れませんわ……」
フェルティナが寝室のベッドで、布団の中から細いお腹の音を鳴らす。
最近までカノンの言う淫らな食生活を続けていたのだ。
夜食が軽めでは眠れない体になってしまっている。
明日は体術のカリキュラムが午前にある。
睡眠不足の体で受けるわけにはいかない。
「こういう時は羊を数えるのです。羊が1匹……羊が2匹……」
空腹を紛らわすために、使い古された方法で睡魔が来ないか試みる。
眠りたいときのルーチンワークは効果的だ。
頭の中で策を飛び越えていく羊たち。
代り映えのしない光景に、脳が休息を求め始め、ウトウトし始めたときだった。
「……そういえば、最近食堂街にジンギスカンのお店ができたそうですわね」
不意に浮かんだ情報が、頭の中を肉で染め上げ、あふれ出る邪念が腹の音となって寝室中に響き渡る。
響き渡った低温が、理性が切れた音だった。
たまらずフェルティナは起き上がる。
屋敷の料理に不満などない。
好物であろうがそうで無かろうが、一流の使用人たちが、食事から自分の幸福を形作ってくれる。
だが、この度の縁談を破談にするために行った背徳飯生活で、フェルティナは一つ気づきを得てしまった。
屋敷の料理と街の料理。それぞれ違った良さがあり、別腹であるのだと。
バレたらカノンに怒られる。
だが、それで引き下がるような人間であれば、この縁談話はこんな決着で終わってなどいない。
「良き就寝の為、今日も外で食べてくる他ありませんわね‼」
かつての謀は、今や立派な楽しみの一つ。
太ろうが太らまいが、美味しいものを食べていたい。
寝間着から着替え、フードを深くかぶりなおし、窓の外から屋敷の庭に飛び降りる。
「……また明日の食事の調整を頼む」
「……かしこまりました」
街へ駆けていくフェルティナを、カーテンの隙間から困った顔で見送る父と侍女頭。
街の人も『食の女神』の到来を楽しみにしているのだ。こちらで調整が効く限りは、ある程度の自由は許してやろう。
そんな配慮に気が付くわけもなく、フェルティナは軽やかな足取りで食堂街への道をかけていく。
「今日は何を食べましょう!」
食べることが大好きな辺境伯令嬢が、縁談を破談にするまでのお話は、これにて終い。
その先に続くのは、食べることが大好きな辺境伯令嬢が、愛する者たちに囲まれながら、未知なる美食を求めて、夜な夜な街を駆けるお話である。
~Fin~
これにてフェルティナのお話は完結です。
7万字ほどの中編でしたが、少しでもお愉しみいただけたとしたら幸いです。
このお話が面白かったと思った方、執筆活動のモチベになるので、
是非ブクマや下の☆☆☆☆☆から評価、感想など頂けますと幸いです。
機会があれば次のお話でお会いしましょう!
それでは!(^^)/~




