それぞれの食卓へ
フェルティナの言葉に、ヴァレンシュタイン公爵は顎に手を当てながら、何かを考えこむ動作をした。
胸の内を吐き出した達成感と、ヴァレンシュタイン公爵の一挙一動が胸を刺す、独特の空気の重さが心を襲う。
平静を装ってはいるが、それは父やカノンたちも同じらしい。
フェルティナと、料理。
ヴァレンシュタイン公爵は交互に視線を向けた後、
「……父や母は、別のメニューを用意させるのを、良くは思わないだろうしなあ」
と、ため息とともに吐き出した。
「……正直に話してくれて、ありがとう。フェルティナ」
ヴァレンシュタイン公爵は、表情を整えてから、フェルティナに正面から向かい直った。
「……でも、これは長きにわたって、公爵家側から持ち出した縁談だ。このような理由で、君達伯爵家の側から、破談を懇願することを、2つ返事で受け入れるわけにはいかない。セルヴァラント家からの申し出は、破棄させてもらう」
「……はい」
「その上で——」
悲痛な表情になったフェルティナに、ヴァレンシュタイン公爵は表情を一変させ、優しく微笑んだ。
「この度の縁談、ヴァレンシュタイン家の名において、正式に破棄とさせて頂こう‼」
一瞬の静寂。
そして、今の発言が確かに存在したか、使用人たちが、フェルティナと父が、互いの顔を見合わせて確認した。
「……フェルティナ」
まだ感情が理解に追いついていないフェルティナに歩み寄り、ヴァレンシュタイン公爵が意識を引き戻すように手を差し出す。
「お互い、好きなものを食べて生きようか」
その姿に、フェルティナは目に涙をためて、ヴァレンシュタイン公爵の胸の中に飛び込んだ。
ヴァレンシュタイン公爵も、その温かい体を優しく、力強く抱き寄せる。
譲れないピースが一つ。たった一つ、噛み合わなかっただけ。
だけど、それ以外の場所で自分たちは間違いなく繋がっていたし、愛し合っていたと、この時初めて気づかされた。
自然と目線があったとき、互いの唇を優しく重ねていた。
もう重なることはない、二人の唇。
別れのキスを名残惜しむように、二人は長い間、何も言わずに唇を重ね続けた。
その後は、一部の皿を下げて、ヴァレンシュタイン公爵の前に、公爵の好物である薄味の料理が並べられて、食事会の続きとなった。どうやら別で用意していたらしい。
フェルティナとヴァレンシュタイン公爵は、互いの料理を見比べて苦笑しあう。
それぞれが違う料理を食べながら、食事の席は和やかな空気に包まれた。
そして、
「じゃあね、フェルティナ。——また会おう」
「ええ。また、必ず」
再開を誓い合ってから、ヴァレンシュタイン公爵は馬車に乗る。
これで縁が切れるわけではない。
だが、同じ食卓に着くことはもう無いだろう。
屋敷から街への峠道を下っていく馬車の背中が見えなくなるまで、フェルティナは手を振り続けたのだった。




