「おいしいご飯が食べたいので、この縁談は無かったことにして頂けないでしょうか?」
困惑する二人をよそに、広い机の上に所狭しと料理が並べられていく。
しかし、二人が驚いたのはそのラインナップ。
直径30cmにもなる特大渦巻き型ウィンナー。
温かい牛肉のしぐれ煮の上に、その熱で溶けたチーズが輝く、特盛牛丼。
触れれば肉が崩れるほど、クタクタに煮込まれたビーフシチューと、その中に沈むオムライス。
ニンニクとごま油のパンチの効いた香りが鼻を刺す、薄切りの肉がたっぷりと入った火鍋。
そのほかにも綺麗な赤身が目を惹くレアステーキや、和風の香ばしいソースがかかった照り焼きチキンなど、フェルティナが好きな献立が、続々と並べられていく。
「伯爵様。お気持ちはありがたいのですが……これは……」
かなり薄味の料理を好むヴァレンシュタイン公爵にとっては、苦手な食べ物の博覧会だろう。
表情を整えつつも、困惑を隠しきれないヴァレンシュタイン公爵に、フェルティナの父が静かに告げた。
「これらの料理は全部、我が娘が大好きなものばかりです」
「え……?」
驚いた表情でフェルティナに顔を向けるも、フェルティナ自身も驚いて思考が整理できない状態だ。
発言の真偽を目線で確かめてくるヴァレンシュタイン公爵に、フェルティナが控えめに頷く。
味の好みを告げるのは、この場が初めてだった。
なぜ、この場に、こんな料理を。
二人の疑問をよそに、フェルティナの父は子供に聞かせるような優しい声で、独り言のように続けた。
「『生きることとは、食べること』。……私は娘に、好きなものを食べて生きて欲しいのですよ」
そこで父の決断に気が付いたフェルティナの胸が震えた。
困惑しながらも、ヴァレンシュタイン公爵も、フェルティナの父が何を伝えたいのかに気が付いたようだった。
「戦乱の時代から今の平和まで、この地は食べることにより、生き延び、発展を遂げてきました。幸せな時代を生きるということは、幸せな食事を送るということです。あなたの食卓に、我が娘の幸せが約束できるのであれば、私はこの縁談、父として喜んで応援します。……しかし、その幸福に手を取り合えないのであれば、娘に幸せを手放させてしまうのであるならば——」
そして、フェルティナの父はヴァレンシュタイン公爵の正面に立ち、堂々と。それでいて申し訳なさそうに、深々と頭を下げ直した。
「大変ご恐縮でございますが。この度の縁談は、断らせて頂けないでしょうか」
その決断の横に並ぶように、カノンが、アルマが、屋敷の使用人たちがヴァレンシュタイン公爵に向かって、一様に深く頭を下げる。
その光景を見て、胸から溢れる熱を抑えることはできなかった。
熱が足の先に、指の先に、鼻に、目に、じんわりと優しく広がって、気が付けばフェルティナは皆の姿を見て、ポロポロと涙をこぼしていた。
自分は本当に幸せ者だ。
親にも、家にも。
使用人にも、友人にも。
そして食事にも。何から何まで恵まれている。
誰が何と言おうと、自分の人生は幸せだ。
だからこそ、人生を決めるこの言葉は、自分の口からはっきりと伝えなければならない。
「……ヴァレンシュタイン公爵様」
純白の袖で涙をぬぐい、開かれた目には、強い意志が宿っていた。
琥珀色の綺麗な瞳を、ヴァレンシュタイン公爵も表情を改め、見つめ直す。
小さく息を吸って、皆の視線を、思いを、一心に受けながら、
フェルティナは凛とした声で、静かに、それでいて力強く、宣言するように尋ねるのだった。
「おいしいご飯が食べたいので、この縁談はなかったことにして頂けないでしょうか?」




