すれ違う幸せに目をそらせば
「ようこそおいでくださいました。ヴァレンシュタイン公爵」
屋敷の前に現れたヴァレンシュタイン公爵に、フェルティナの父が頭を下げた。
「こちらこそ、丁寧なお出迎え、心より感謝いたします。セルヴァラント伯」
「長旅でお疲れでしょう。どうぞ中に入られてお休みください」
「ありがとうございます」
ヴァレンシュタイン公爵が屋敷の中に通されると、セルヴァラント邸の使用人全員でお出迎えをし、使用人たち一同がそろって深々と頭を下げる。
そのまま父が案内したのは、中庭とセルヴァラント領が一望できる、広いデッキだ。
その中央に、大きい丸形の机が設置されている。
1つの机に対し、椅子が3つ。
一つはヴァレンシュタイン公爵のもの、二つ目はセルヴァラント伯のもの。
と、くれば三つめは——
「お待たせいたしました。ヴァレンシュタイン公爵」
待ち焦がれた声に、反射的に振り向いた。
「——っ」
そして、目の前に現れた女性の美しさに、ヴァレンシュタイン公爵は思わず息をのんでしまった。
現れたのは、純白のロングドレスに身を包んだフェルティナだった。
真っ白な絹で仕立てられ、片が大きく露出したデザインの、まるでウェディングに使用するかのような華やかなドレス。
露出する肩のラインが滑らかな曲線美を描いており、首元には、控えめながらも煌びやかな装飾が施された、琥珀色の宝石がついたネックレス。
派手に飾ってはいないものの、元の素材が良いからか、自然に施されたメイクがフェルティナが元来持つ美しさを自然に引き立てている。
愛嬌を残しながらも知性をも感じさせる顔立ちのフェルティナに、鮮やかな薄紅色の口紅が大人の魅力を演出し、普段と違う魅力を身にまとっていた。
「……綺麗だよ。フェルティナ」
「ありがとうございます。ヴァレンシュタイン公爵様」
フェルティナがドレスの裾をつまんで、小さく会釈した。
風が優しく吹き、小さく舞い上がった髪やドレスが、まるで白鳥が優しく羽を広げた動作に見えた。
フェルティナは空いていた、ヴァレンシュタイン公爵の斜め横にある椅子に座り、公爵に向かって優しく微笑んだ。
公爵が好意として受け止めたその微笑みは、フェルティナの覚悟の表れでもあった。
「さて、皆が席に着きましたところで——ヴァレンシュタイン公爵。この度は我が娘、フェルティナへの縁談のお話をくださいましたこと、改めて御礼申し上げます」
父に合わせて、フェルティナも頭を下げる。
「こちらこそ、お話を持ち掛けておきながら、お迎えに上がるのが遅くなってしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「派閥争いが勃発した、時期が時期でした。さぞかしご苦労された事でしょう。その様な中で娘の為に我が領地へと足を運んでいただいたこと、誠に痛み入ります。……その上で、失礼を承知で、我が愛娘の父として、公爵様にいくつかのご質問をお許しください」
父が深々と頭を下げながら続けると、ヴァレンシュタイン公爵も「はい」と改まった様子で向かい直る。
「重ね重ねになりますが、我がセルヴァラント家は公爵家と比べ、位の低い貴族でございます。我が娘も気品と教養はそれなりにあるとはいえ、地方貴族の家の血を、格式高い公爵家に取り入れることを、良しとしないものもいるでしょう。そのようなご苦労と、今後二人で向き合っていく、ご覚悟のほどはございますでしょうか」
父の質問に、ヴァレンシュタイン公爵は「はい」と力強く返答する。
「おっしゃる通り、父や母も、最初はこの婚約に反対しておられました。しかし、私は生涯を共に歩む妻女として、フェルティナ嬢よりもふさわしい人物はおられないと確信しております」
一瞬だけフェルティナに目を向けたヴァレンシュタイン公爵は、父の方へとまっすぐ、芯の通った声で続ける。
「フェルティナ嬢がいかに素晴らしい女性であるか。父や母も対面すれば、公爵家の妻女としてふさわしい人物であると、理解して頂けると思います。その過程で生まれる苦労など、これから歩む幸福な人生を考えれば、些細なものでしょう。公爵家嫡男としてではなく、一人の殿方として、彼女の幸せを約束します」
「この縁談は、公爵家としてではなく、個人としての意思であると」
「はい。私、個人の意思でございます」
力強い宣言に、父も「そこまで我が娘のことを思って頂き、ありがとうございます」と改めて頭を下げた。
わかっている。悪い人ではない。
むしろ、舌が合わないことにさえ目を瞑れば、縁談を断る理由などないほどの、素敵な殿方なのだ。
フェルティナも頭を下げながら、見目麗しい、覚悟の決まった横顔のヴァレンシュタイン公爵に視線を向ける。
一つだけ。
たった一つ、ピースがかみ合わないだけ。
心臓に小さく穴が開くような感覚。
きっと、この穴は生涯埋まることはない。
だけど、穴が開いたままでも、割り切って生きていくことはできるし、この先に全くの幸せがないわけではない。
1日3回。すれ違う幸せに目を瞑ればいい。
「……次の質問をさせて頂く前に、公爵様。すでにお食事は摂られておられますか?」
突然話題が変わり、ヴァレンシュタイン公爵が驚いた表情を見せたが、すぐに和やかな笑みを見せる。
「出発前に軽く食べたきりです。恥ずかしながら、緊張で食事が喉を通らなくて——」
どうやらあまり食べてこなかったようだ。
安心したのか、公爵の腹から細い音が鳴る。
縁談の場で腹を鳴らしてしまい、ヴァレンシュタイン公爵の顔が赤くなるが、その様子を見たフェルティナが可笑しそうに上品に微笑んだ。
互いに肩の力が抜けたのか、フェルティナと二人、顔を見合わせて自然に微笑んだ。
「続きは食事を摂りながらとさせて頂きましょう。カノン。食事の用意を」
「かしこまりました」
後ろで控えていたカノンが礼をし、その場を去る。
そして、彼女が率いる侍女頭が運んできた料理に、
「「……え?」」
フェルティナと、ヴァレンシュタイン公爵はそろって困惑した声を上げるのだった。




