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おいしいご飯が食べたいので、この縁談は無かったことにして頂けないでしょうか?  ~辺境伯令嬢の夜な夜な背徳飯ライフ~  作者: 糸音
第1章 渦巻くは、謀とソーセージ

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自家製ソーセージの鉄板焼き①

「いらっしゃい。カウンター席へどうぞ」


 木製のドアを開けると、優しく響く心地の良い鈴の音が来店を告げた。


 鈴の音に気が付いた給仕の女性が、フェルティナを空いている席へ案内する。

 明るくも程よく落ち着いた声で、フェルティナ好みの接客だ。


 天井の中央と4方にランプが設置されており、外のガス灯の光も窓越しに入ってきて、店内は優しい明かりに包まれている。

 テーブルや椅子はやや年季が入っているものの、手入れや掃除が行き届いており、非常に清潔な印象だ。


 大男の笑い声が響くような喧騒は苦手なのだが、ここはそんなことはなく、ほどほどに込み合った店内では、料理や酒を楽しむ客の会話が聞こえてくる。




(雰囲気は良し。私の見立て通りですわね)




 そうなれば、あとは食事を楽しむのみ。


 メニューは敢えて開かない。

 カウンターの奥で料理を作る店主と思わしき男に視線を送ると、店主の方も気が付いた。




「ボリュームのある、肉料理を頂けるかしら」




 フードの奥に映る琥珀色の瞳に、店主が少し目を丸めたが、「お待ちを」と短く答えて調理に取り掛かる。


 初めの頃はメニューを見て何を頼むか悩んでいたが、良い店は何を食べてもうまい。

 そのことに気が付いてからは、悩む時間の方はもったいなく感じてしまい、最低限の条件だけを付けてお任せを頼むことにしている。




「お待ちの間、どうぞ」




 給仕の女性が水と一緒に、小さな皿の上にピクルスの盛り合わせが乗ったものを渡した。

 程よく酸味の利いた爽やかな味が良い。

 肉料理の前菜としてだけでなく、味のリセットにも使えそうだ。


 時折ピクルスをフォークで食べながら料理の出来上がりを待っていたところに、給仕の女性が料理を運んできた。






「お待たせしました。自家製ソーセージの鉄板焼きです。中の肉汁も大変熱くなっておりますので、気を付けて召し上がられてください」







 これは、見事。

 料理を目にしたとき、フェルティナは心の中で真っ先に賞賛の言葉を述べた。


 運ばれてきたのは、渦巻状に巻かれた巨大なウィンナーだ。

 断面の直径は約4㎝、渦の直径は20㎝弱といったところか。総重量500gはくだらないだろう。


 表面がこんがりと焼けたウィンナーが、しっかりと熱が通った鉄板の上で、バジルや胡椒の香りの混ざった湯気を立てている。


 断面を確かめようとナイフを立てたところ、厚い皮の内側にぎっしりと詰まった肉が力強くナイフを跳ね返す。

 負けじと力を加えたところ、裂けた皮から溢れた肉汁が鉄板に跳ねた。


 じゅわぁ


 と、静かに心地の良い音が食欲を急速にくすぐってくる。




 食べる前からこの満足感……! 




 フードの奥で目を輝かせると、店主の男が大胆不敵な笑みを浮かべて、フェルティナの様子をうかがってきた。

「どうだい?」と食べる前から言外に語り掛けてくる。どうやら自慢の一品らしい。


 その様子を見て、フェルティナも不敵な笑みを返してから、肉厚のソーセージを口に運んだ。


 食べる直前、バジルの香りが口内を包む。


 そして、




「…………!」




 一口ソーセージを口に含んだフェルティナが、突然動きを固まらせた。




 暫く身を固めた後、フェルティナは再びソーセージを切り分け、気品のある動作でもう一度口に運んだ。






 お・い・し・い、ですわ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!




 あふれ出る感動を堪えて、フェルティナはソーセージを食べ続ける。




 なんでしょう、この肉の重厚感‼  

 カリカリに焼けた皮と柔らかくも確かな歯ごたえのあるお肉の層が、噛むたびにお口の中を幸福感でいっぱいにしてくれますわ‼ 


 お肉に一緒に練りこまれたハーブや胡椒も、パンチの利いたお肉の味を引き立てていて、何層にも重なった、単一的ではない旨味の波が! 私の舌の上を駆け巡っていきますの‼




 想像を超えた味わいに、肉を欲する内なるフェルティナが小躍りをはじめ、今にも表に出てきそうだったが、一応ここは公共の場。

 身分を隠しているとはいえ、一領主の令嬢であるので、大げさに感動するのは憚られる。レディとしての最低限の気品は保たなければならない。




「マスター。素晴らしい腕前ですわね」




 口元を上品に拭って気丈に微笑むと、店主の男は小さく頷いた。

「そうだろう」と言外に言っている。




 ふふふ。今日も完敗ですわ。




 おすすめを頼む気分はさながら、実力未知数の相手に決闘を申し込む騎士のような気分だ。

 自分の想像を上回る料理を提供されたときに感じる、幸福に満たされた敗北感が、フェルティナはたまらなく好きだった。


 肉厚のソーセージを、口の中に入るギリギリのサイズまで切っては食べ、切っては食べる。

 重ための料理であるはずなのに、フォークを動かす手が止まらない。

 適度にピクルスを間に挟み、口の中を新しくしながら、巨大なソーセージをどんどんと食べ進める。




 見ておられますか、ヴァレンシュタイン公爵。

 この重厚な旨味。ぎっしりと詰まった肉の層。

 この幸福な重みで胃を満たすことが、お肉を食べるということですわ。

 私、三か月前に『お肉を食べよう』といって食事に誘われ、畑の肉を食べさせられたこと、未だに根にもっておりましてよ。


 極端な菜食主義者である縁談相手に、心の内で毒を吐きながらも、幸せそうに頬を緩ませてソーセージを食べ進めていた時だった。


「……あら」


 付け合わせでついてきたピクルスがなくなった。

 酸味の利いたピクルスもソーセージに良く合い、旨味を引き立ててくれていた。ピクルスもなかなかの味わいだったため、気づかないうちに食べ終わってしまっていた。


 ソーセージはまだ3分の1ほど残っている。

 影の引き立て役であったピクルスがないのは寂しいが、ソーセージ単品でも十分に楽しめる。


 食事を再開しようとソーセージにナイフを立てたとき——


「……」

「っ?! ……マスター、これは……」


 目の前にそっと出された小皿に、フェルティナは驚愕の表情を浮かべ、店主の男を見上げた。


「……まだ、全力ではなかったということですわね」


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