2色の鍋とお預け令嬢
「まずはカノンさんのスープですね。こちらは乾燥させたトビウオや、昆布やカツオなどの魚介をベースしたあごだしのスープです」
「優しくも香ばしいいい香りですね」
持ってきた鍋の一方を示しながら、エリが解説する。
漂う香りに、カノンの鉄の仮面も少し剥がれ、淡い笑みが浮かんでいる。
そっちの出汁はもう知っている。なぜなら同じものを今食べているから。
……肝心なのは、そのもう一方。
「アルマさんのスープは、にんにくやごま油、それに複数の香辛料をブレンドした、『火鍋スープ』となっております。それぞれのスープ、大変お熱くなっておりますので、気を付けて召し上がられてくださいませ」
「この濃厚な香りたまんねえな! 食う前から体が熱くなるぜ!」
エリが運んだ大きい土鍋を、真っ二つに分けるように設けられた仕切り板。
その仕切り板を境目に、優しい色の琥珀色のスープと、見るからに味が強烈そうな、溶岩のような色をしたスープが広がっていた。
同じの鍋の中に生まれた2色のコントラスト。
もっと! もっと近くで見せてくださいまし!
警戒を忘れて、思わず身を乗り出すフェルティナだったが、当の二人も完全に興味が鍋の方へと向いている。
「それでは、それぞれ頂きましょうか」
「おう。熱いうちに食わなきゃ損だぜ」
2つ用意されたおたまを手に取り、カノンとアルマ、それぞれが違う色のスープから具材と出汁を救い上げ、取り皿に載せる。
カノンが出汁を少しだけ啜り、満足そうに頷いた。どうやら好みの味だったみたいだ。
そっちの味はもう知っている。
気になるのは、アルマの赤いスープの方。
優しい倭国料理の空気を突き破って流れてくる、香辛料とにんにくが効いた火鍋スープの香り。
香りだけで分かる。
これ、絶対好きなやつ。と。
ギンギンと目を光らせ、自分の鍋を食べながらも、他人の食卓に目を食いつかせている。
視線の先にいたアルマが、赤いスープがたっぷり染み込んだネギを口に入れた。
「っ‼ うっまいなこれ‼ 香辛料のパンチが効いたスープがしっかりと染み込んでやがる‼」
で・しょ・う・ね‼
人の食べる姿を見ながら、味を想像することしかできないフェルティナをよそに、アルマはどんどんと具材を食べ進める。
「にんにくの旨味がずっしり乗ってんな! スープだけでも主菜にできそうな濃厚さだ! そんなスープに、優しい味の野菜も良くなじむし、柑橘類の風味が効いたこの肉団子がまた最高に合う! ん、なんだこの具材。初めて見るなあ」
「それはもち巾着という、薄切りにした豆腐という豆の加工品を油で揚げ、その中にライスの練り物を閉じ込めた具材です」
「早速食うか。どれどれ……。——うっま‼ 旨味たっぷりの皮が濃厚なスープをよく吸ってる! 出汁を吸い込んだ練り物も、淡白な味だが、このスープにはちょうどいい! 香辛料で体の内から温まる! 寒い日には最高の料理じゃねえか!」
お願いアルマ。それ以上喋らないで。
味を想像させないで。私にお預けさせないでください。
彼女がプライベートで食事をするのを初めて見るが、どうやら興奮すると饒舌になるタイプらしい。
図らずしもそれが食レポとなって、周囲の客やフェルティナに伝わり、彼女の食べる様自体が、鍋のプロモーションになってしまっている。
「っ、くうぅ……!」
お忍びでなければ! お忍びでさえなければアルマに「わけて」って言えるのにっ‼
きっと彼女のことだ。正体を明かせば喜んで鍋の一部のトレードを申し出てくれるだろう。
しかし、正体を隠して出歩いている身だ。
他の客の前で。それもカノンという最大の強敵がいる場でフードを取って、取り皿両手にお願いするわけにはいかない。
フェルティナがわなわなと体を震わせ始めたところ、先ほど鍋を注文していた客が、エリを呼びつけた。
「すいません。俺たちもあんな風に、スープ2つで作れますか?」
「厨房に確認しますね」
その光景を見て、フェルティナの脳裏に電流が走る。
そうです。簡単なことではありませんか。
食べたければ、もう一つお鍋を頼めばいいじゃない。
比較的ヘルシーなお鍋料理。一つも二つもたいして変わりませんわ。
1000の位で切り捨てを行えば、カロリーは0になりますものね。
大丈夫。こんなに美味しいお鍋料理です。夜中に二人前くらい朝飯前です。
万が一お腹いっぱいになっても朝飯を抜けばいいではありませんか。
欲望を前に壊れる思考。
フェルティナが控えめに手を上げようとした瞬間、
「——ひいっ?!」
どこからか放たれた鋭い殺気。
鍋の温かさを消し飛ばす、凍り付くような殺意に身を縮め、反射的に手をひっこめた。
「ん? どうした、急に怖い顔して」
「……なんでもありません」
キョロキョロと殺気の発生源を、怯えた顔で探すフェルティナの様子を横目で見てから、カノンが表情を戻して茶を啜る。
……いくらなんでも、二人前はやりすぎですわよね。
……少なくとも、今日はやめておきましょうか。
何とか思いとどまったフェルティナが、落ち着きを取り戻すために茶を啜った。
「それにしても、本当に美味いなあ、この料理」
何度も繰り返すあたり、本当に美味しいのだろう。
羨ましそうにアルマの様子を眺めていたところ、
「……こんなに美味いなら、フェルティナの嬢ちゃんにも食わせてやりてえなあ」
少し寂し気に吐き出された言葉に、フェルティナが少しだけ目を見開いた。




