実食・煮込み鍋
「あつつ……」
少しだけ口にしたところ、煮込まれたニンジンが柔らかく崩れて、旨味と共に舌の上を熱が伝う。
そういえば、熱い料理は『ふーふー』で冷ますのが倭国流でしたわね。
以前来店したときに、エリが熱い味噌汁に苦戦する自分に、さりげなく教えてくれた技を思い出す。
屋敷で出されるのは、毒見を終えた少し冷めたスープ類ばかりなので、熱さ自体もごちそうだし、自分の体で料理を冷ますという感覚も面白い。
湯気の勢いが収まる程度に熱を飛ばしてから、温かい人参を改めてほお張った。
じんわり温かいですわ~~~~~~~~~‼
しっかりと旨味が残りつつも、優しい出汁を吸った人参にフェルティナは思わずほおを緩ませた。
野菜の甘味がしっかりと残りながらも、魚買い出しの優しい旨味と香ばしい香りが、冷えた体に温かく染み込みますわ!
冷え込むような冬の寒さも、この料理を前にしては、そのうまさを引き立てるための演出になってしまいます。
歴史上、多くの人類を屠ってきた厳しい寒ささえも、料理の一部に変えてしまわれるとは! このお鍋という料理、侮れませんわね!
出汁の染み込んだネギや白菜も、噛むたびに幸福を刺激する優しい出汁があふれ出てきて、体全体を喜ばせてくれる。
ゆずとショウガが練りこまれたつみれ汁もまた見事。
肉の旨味が前面に出ながらも、ゆずとショウガがくどさを上手に中和する。
気が付けば額に汗をかいていた。
店内に暖炉なども無いのに、体が芯まで温まる。目の前の火鉢と鍋で外と内から温まってくる。
その様子を見ていた客が、エリを捕まえてフェルティナの鍋をさりげなく指さした。
既に食事を頼んでいるが、追加で頼むようだ。
その選択。正解ですわ。
この優しい味、主菜にも〆にもぴったりでしてよ。
さあ皆の者。先導する私に続きなさい。
私と一緒に、この場にいる皆、この琥珀色の宝物子に身も心も捧げましょう。
勝手に先輩面を気取ってはいるが、そもそもカノンの注文をまねただけだということはすっかり忘れてしまっている。
「あつつ……これは確か、おもち、ですわね‼」
次にフェルティナが手を付けたのが持ち巾着。
しっかり冷ましたつもりだったのだが、油揚げの包みが吸った出汁が噛んだときに押し出され、ハフハフと口から湯気を溢しながらも、おもちの触感と油だけの旨味と一緒に楽しみながら、しっかり噛んで飲み込んだ。
「さあ、いよいよ主菜と行きましょう!」
一通り具材を堪能したところで、手を付けたのは薄くスライスされた、しゃぶ用の豚肉。
生のお肉を生で初めて見ましたわ。
自分でも何を言ったか一瞬分からなくなったが、それはさておきとして、フェルティナはつみれや持ち巾着の油が淡く輝くあごだしに、スライスされた豚肉を泳がせた。
鮮やかな桃色が、琥珀の海で泳ぐことで、白くその身を変色させていく。
別皿に用意されていた、紅葉卸と刻み葱が乗ったポン酢皿に少しだけ浸し、フェルティナは肉を口にする。
お肉なのに‼
爽やか‼
これまでと違った肉の味わいに、フェルティナは興奮が抑えきれないように、2枚目の肉を泳がせる。
今までは濃厚な料理こそ至高! という風に考えておりましたけど、倭国風の素材の味を引き立てる味付けも、最高ですわね!
ここの料理は改めて、一番というものはいくつあっても良いものだと、私に気づきを教えてくださります!
お肉を泳がせる体験も、これまた楽しいこと!
食材に命を吹き込む感覚が、このように楽しいものだとは夢にも思いませんでしたわ!
さっと泳がせて、お肉に命を吹き込んで。
ふふふ。豚肉が我が子のようにかわいく見えてきましたわね。いただきます。さあて、3枚目も泳がせましょうか。
一通り食材を楽しんだところで、これだけの具材を好きな順番で楽しんでいいことに気が付いた。
これもまた贅沢で楽しい悩み。
鍋というものの奥深さに、改めて感服いたします。
1巡したところで、次は何を食べようか考えるために、お茶を口にする。
優しくも苦い味わいの緑茶は、口のリセットに最適だ。
「そういえば、カノンたちもお鍋を楽しんでいましたよね」
ふと、カノンの席に目をやると、ちょうどエリが火鉢を運び終えた頃だった。
どうやらアルマが先に料理を頼んでいたので、そちらを先に提供してからメインの鍋が登場する手はずだったようだ。
さあ、カノン。アルマ。あなたたちもこのお鍋の魅力に浸りなさい。
そして、月に……いえ、冬季の間は週に3回はお鍋をメニューに加えるのです。
そんな考えを胸に、カノンたちの様子をメニューの陰から伺っていたところ、エリが大きな土鍋をカノンたちの席に運んできた。
「……え」
え。あれ、なんで。
なんでしょう、あのスープ。私の見間違いでしょうか。
一瞬だけ移った鍋の中身に、フェルティナが目をこすったところ、
「大変お待たせいたしました。本日メインのお鍋となっております!」
「お?! こいつは凄えな!」
「ええ。実に見事なものです」
なななな、なんですのあれはあああああああああ?!
運ばれてきたカノンたちの鍋を見て、フェルティナは驚愕の表情を浮かべながら、思わず身を乗り出すのだった。




