煮込み鍋
アルマの質問に、カノンは出されたお茶を啜ってから答えた。
「誘って、何か都合の悪いことでもございましたか」
良い悪いではなく、そうした理由を聞いたのだが。
返答をはぐらかされたので、アルマの方から本音を切り出した。
「悪くはねえけど、割と最近トラブった後だろ。誘われる理由なんてねえけど」
「ですね。私もあなたのことは別に好きでも何でもないです。同じ職場で働く一人という認識です」
「……飯の前に表でバトる?」
「ですが、同じ主の元に仕える、仲間の一人です」
カノンの言葉に、アルマが意外そうに表情を緩めた。
「仲良くはしなくとも、互いの胸の内を知ることは大事かと」
「……それは、一理あるか」
アルマが言葉をひっこめるように、茶を啜る。
料理を迎える前だ。下手に掘り下げて気まずくなるかもしれない話を続けなくてもいいだろう。
仲良くなりたいのか、距離を置きたいのか。
どっちとも取れない二人の様子を陰から眺めていると、
「すいません。お料理を持ってくる準備をしますね」
フェルティナの机で、エリが何やら準備しだした。
カノンたちよりも注文が後だったため、先に来るのは予想外。入店順に配慮したのだろうか。
机の中央に厚手の鍋敷きを置き、その上に背が低く、底と口が広い火鉢を乗せる。
中には良く温まった炭と、鍋を乗せる金台が入っており、手をかざすと炭火の熱が伝わってくる。
ななな、なんですの。
このVIP様でも迎えるような大掛かりな準備は。
恐る恐る火鉢の表面をちょんと指で触れるも、陶器の表面は冷たい。
どうやら、内部にだけ熱を閉じ込める特殊な製法らしい。
そんな上質な陶器の上に、今から何をお出迎えするというのでしょう?!
否応なく高まってしまう期待が冷めきらない内に、エリが料理を運んできた。
「お待たせしました。寒い日にぴったりの『煮込み鍋』です! 一番人気のあごだしのスープでお召し上がりください」
運ばれてきたのは大きな土鍋。
そのふたを開けると、閉じ込められた湯気がふわっと解放され、
「わあっ……!」
香ばしくも澄んだ香りと共に姿を現したのは、色とりどりの具材が浮かんだ、琥珀色に輝く湖だ。
出しの色が染み込んだ白菜とネギ。
煮込まれて赤がより際立つ、長方形に薄く切りそろえられた人参。
隠し包丁を入れられた、傘を丸々と煮込んだシイタケ。
そんな野菜やキノコたちを背景にしながら、手前で存在感を放つのは、主菜となる具材たちだ。
香辛料と共に、ゆずと刻みショウガが練りこまれたつみれ団子に、スープをたっぷり吸って膨らんだ、何かが入った麻袋のような具材。
「お肉はお客様がスープに泳がせて仕上げてください。豚肉ですので、しっかりと火を通してから召し上がられてくださいね」
そして、鍋の横に、薄くスライスされた、キレイな桃色を纏う豚肉の皿を置き、エリは机を去っていった。
これは、倭国から流れてきた宝箱でしょうか?!
目の前でスープが煮える贅沢な音!
鼻の奥を突き抜ける魚介だしの香り!
目を閉じていてもこれだけ幸せな情報が流れ込んできますのに、その具材たちの鮮やかなこと!
ネギと白菜はエメラルド! にんじんはトパーズ! しいたけはブラックダイヤモンドでしょうか?!
手前にある宝物袋と、お肉のパールはどんな味がいたしましょうか!
それに、私、生のお肉を食卓で初めて見ましたわ!
これだけの積み重なった料理に、最後に私自身の手で仕上げを加えて、一つの料理として完成させるなんて、なんともにくい演出ではありませんか!
興奮が収まらないフェルティナが、エリが用意したおたまで具材とスープをよそう。
それでは、まずは前菜と行きましょうか。
フェルティナが箸をキラリと構え、よそった人参に手を付けた。




