同じものを頼みましょう
なななななな、なんでカノンがこの店に。
悪い夢でも見ているのかと思い、フェルティナはメニューで顔を隠しながら、ちらりとカノンの席を伺った。
その時だ。
「……っ?!」
「——※△〇×※ぁ♯ぁぁ…………‼」
「ん、どした?」
顔を出した瞬間、カノンと目が合ってしまい、流石のカノンも目を見開いて身を固めてしまった。
フェルティナが口を閉じたまま、喉の奥でおよそ人の発するものでは無い悲鳴を鳴らす。
反射的にメニューの奥に引っ込んで、机に伏せるようにして顔を隠した。
ば、ばれました?!
清掃したての冷たい机に額を張り付けながら、フェルティナはバクバクと心音を鳴らす。
嫌な汗が滝のように湧き出てくる中、耳だけで席の様子を伺った。
「……いえ、何でも。人違いでした」
「?」
「あ、温かいお茶と! お手拭きです!」
「お、ありがとうございます。冷える日にこの温かいお手拭きはありがたいなあ。体温が戻る感じがするぜ」
「……そうですね」
エリがすかさずお茶を運び、アルマの意識を別な場所へそらした。
よ、よかった! バレておりませんわ!
こんなこともあろうかと、変装していて助かりましたわ!
とりあえず正体がばれなかった(フェルティナ視点)ことに安堵しながら、身を小さくしてメニューとカノンたちの様子を交互に見る。
さ、さて、何を頼みましょう。
気を取り直そうとメニューに目をやるも、なぜだろうか。動揺が収まらず文字が読めない。
めめめ、メニューが、ゆゆゆ、歪んで見えますわ。
おおお、落ち着きなさい。こんな時こそ、冷静に、食べるものを決めるのです。
食堂で何も頼まないなんてあまりに不自然ではありませんか。
必死に平静を取り戻そうとするも、意識の七割がカノンたちの席へと向いてしまう。
一方でカノンたちの席では、アルマがメニューを眺めているところだった。
「で、何頼む? それぞれ好きなものでいいか」
「メインの料理は手配済みです。気になる料理があれば、単品で頼んでください」
「ん? あたしに何食わせるつもりだ?」
せっかく楽し気にメニューを開いたところに釘を刺され、アルマが怪訝そうに眉をしかめる。
そんなアルマをよそに、カノンが手を上げてエリを呼び寄せた。
「すいません。例のものを」
「かしこまりました。お連れの方は、こちらの中から好きなスープを選んでください」
「……好きなスープ?」
そのやり取りに、フェルティナも耳を澄ませる。
スープ、というと、頼むのは野菜スープや味噌スープなどの汁物でしょうか?
先に頼んでおくような料理ではないだろう、と不思議に思っているうちに、アルマがエリの見せた紙の中から何かを指さした。
「エり……っ、コホン。すみません」
フェルティナが小さな声で手を上げると、エリが目配せして頷いた。
声を出さずに反応してくれるあたり、姿を隠したいフェルティナにはありがたい。
やってきたエリが、カノンたちの視界を遮るように、フェルティナの机に現れた。
「はい。ご注文はお決まりでしょうか?」
「……あちらのお客様、一体何を頼まれましたの?」
「あ、お鍋です」
「な、鍋……?! あの二人は食堂に金物を買いに来たのですか……?」
なにやら勘違いをしているフェルティナに、「違います」とエリが苦笑する。
「野菜とかお豆腐とか。色んな食材を大きなお鍋で煮込んで食べる、倭国の料理ジャンルの一つです。お一人用もございますよ」
エリが見せたのは、土鍋の中に、野菜や豆腐、様々なキノコや魚の切り身が所狭しと詰め込まれた、異国風土漂う料理の絵だった。
なにこれ美味しそう。
初めて見る料理に、口の中でじゅるりと舌を鳴らす。
恐らく、出汁で煮込んだ各種具材の、素材の味を楽しむ料理なのだろう。
絵だけですべてを理解することはできないが、筆の太いタッチで描かれた絵柄や、煮込んで食べるという情報から、寒い日にぴったりの温かい料理だということは何となくわかる。
「具材にお肉はありまして?」
「はい。ございますよ」
健康に気を使いながらも、しっかりお肉も取れるとなれば、今日の気分にもぴったりだ。
「私にも同じものを」
「かしこまりました。スープはいかがなさいます?」
メニューをじっくり眺めようと思ったが、エリを拘束しすぎて、カノンたちの注意がこっちに向いてもまずい。
それに、未知の料理とはいえエリの店だ。まずいものは出さないだろう。
であれば店の選択にゆだねてみるのも悪くない。
「店のおすすめか、一番人気のものを。苦手な味はございませんわ」
「かしこまりました。今から煮込むので、少しお時間いただきますね」
エリは手短に注文を聞き終えると、机に置いてあったメニューを、カノンとフェルティナの席の視界を遮るように立て直してから、厨房の奥へと消えていった。
なぜでしょう。バレてないはずなのに、エリが自分に都合の良い動きばっかりしてくださりますわ。
不思議に思ったが、日頃の行いが良いからだと、フェルティナの中で開き直る。
日頃の行いの現れなら、夜間に限ればそろそろ罰が当たってもおかしくないはずなのだが。
料理を待つ間、お茶を飲みながらカノンたちの様子をうかがう。
どうやらアルマが気になる料理を適当に頼んでいるらしく、漬物や枝豆、あえ物などの小鉢が定期的に机に運ばれていく。
私も何か頼もうかしら。
などと料理を眺めていたところ、突然、改まった様子でアルマがカノンに切り出した。
「で、あたしと一緒に食事を摂ろうだなんて、なんのつもりだ?」




