カノンの相談
難しい相談になったなあ。
不安そうに目を伏せるフェルティナを見て、エリが貴族社会について思考を巡らす。
自分とは縁のない世界で、良くは分かっていない部分も多い。
分かっているのは、フェルティナの家はこの国でも有数の有力貴族ではあるが、ヴァレンシュタイン公爵は、その更に上の力を持つ、位の高い貴族であるということ。
話しぶりからするに、縁談を持ち掛けたのはあちらだろう。
ヴァレンシュタイン公爵はフェルティナ個人にアプローチをかけているが、実質的には、上の位の家が、下の位の家を家系に入れる形だ。
上からの申し出を断るメリットはない。個人の感情を抜きにすれば、フェルティナの家は申し出を受け入れるのが必然だ。
万が一、フェルティナ側から断ってしまえば、下の位の家に縁談を断られたと、公爵家の家名に傷をつける可能性がある。
縁談を破談にする権利は、ヴァレンシュタイン公爵側が持っている、ということになる。
(となれば、フェルティナ様が何で夜に好きなものを食べているのかは想像できる)
ヴァレンシュタイン家に嫁げば、嗜好の異なる食事と毎日向き合わなければならない。
嫁ぐ前に、好きなものを思う存分食べておきたいのだろう。
家としては、嫁ぎに行く娘を、わざわざ太らせて送り出すわけにはいかない以上、表向きとしては、健康や容姿の管理に気を遣わなければならない。
しかし、本意ではない縁談に送り出さなければならないからには、その間にせめて好きなものを食べて欲しいという気持ちもあるのだろう。
だから、夜な夜なの外出を言外に許可されているに違いない。
……まあ、いくらフェルティナ様でも、わざと太って、令嬢としてはあるまじき姿となって、縁談を破棄してもらおう。なんて馬鹿な真似は考えないだろうからね!
いくら思ったより愉快な人でも、そこまで頭が飛んだ発想はしないでしょう!
「……なぜでしょう。今、エリから物凄い失礼な波動を感じましたわ」
「ええ?! 私何かしましたっけ?!」
「いや、なんでもないです。そんな気がしただけなので……」
異様な勘の鋭さに驚くも、なんとか誤魔化せたようだ。
「……家の料理は、カノンさんがレシピを考えていらっしゃるんですよね?」
「ええ。作る方は別ですけど」
「美味しいですか? その料理は」
「ええ、とっても。……最近、好物はあまり出してくれないけれども」
その言葉を聞いて、「じゃあ大丈夫ですよ」とエリが笑った。
「好物でないものをそれだけ美味しく食べれるよう、工夫してくれてくださるのだから、大事にされています。そのことで心配する必要はないです」
「エリ……」
エリの言葉を聞いて、胸の苦しさが和らいだフェルティナは、「あなたに相談してよかったわ」とエリの手を握った。
どういたしまして。とほほ笑んで返したところに、「ここにおられましたか」とカノンが現れた。
「失礼ですがお嬢様、エリ様を少しの間お借りしてもよろしいでしょうか」
「え? 私、ですか?」
「はい。倭国のことで少々相談したいことがございます」
ちょうど自分が相談していた矢先だ。倭国のこと、と言っても、一体何の相談だろうか。
さっきまでちょうどカノンのことについて話していたせいで気になってしまうが、過剰な詮索は野暮だろう。
それほど時間を要することなく、エリはフェルティナの元に戻ってきた。
「店の料理についての相談でした」
心配を先回りしてエリが答える。フェルティナの心配はお見通しらしい。
倭国の料理は濃い味付けでも比較的カロリーが低いから、献立についての相談だろうか。
先日のことについての相談ではないことに安堵しながらも、別な方向で気になることができてしまう。
その疑問を抱えたまま、帰宅の時間になってしまい、エリと手を振って別れて屋敷に戻ったのだった。




