魚の小骨と良き友人
夜食はカノンの言いつけを守り、アルマは野菜を中心とした献立を作った。
「……」
美味しい。が、不思議と味がしない。
味が付いていないわけではない。むしろ好きな味付けだ。
原因は分かっている。今料理のこと以外に気が移っているからだ。
「お嬢様。どうかされました」
「いえ、何も……」
結局あの後、フォローを入れすぎたことを謝ったが、逆に「騒ぎを起こしてしまい申し訳ございませんでした」と謝られた。
その後、カノンはいつも通りに完璧な仕事をこなし、あの喧騒はどこへやら。屋敷にはいつも通りの日常が戻っている。
「……」
だが、カノンが少しだけ見せたあの静かな怒りが、胸に魚の小骨のように刺さっていて、どうとも言い難い後味の悪さが残っている。
良くも悪くも普段通りに戻ったせいで、その胸の内を掘り下げる機会もなかったし、そのことについて謝罪する隙も与えてもらえなかった。
小骨が刺さったまま食事が終わり、その日はそのまま就寝に着いた。
食欲よりも、カノンへの背徳感が勝り、その日は屋敷を抜け出す気にはなれなかった。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「……ということがありましたの」
「それはまた大変でしたね」
次の日、アカデミーの放課後、フェルティナはエリを誘い、中庭のベンチに腰をかけながら昨日の出来事を説明した。
中の良い令嬢や生徒たちは多いが、真剣な悩みや愚痴などを話す時は大抵エリだ。
「フェルティナ様の心境を含めて、もう一度話をされてみてはいかがでしょうか」
「……今朝も試みたのですが、『気にする必要はございません』と返されました」
「カノンさんらしいですね」
「それでも引き下がると、『それよりもご自身の摂取カロリーを心配されてください』、と返されました。……カノンは口を開けば小言ばっかりですわ」
それはあなたが口を開けば、夜に肉ばっか食ってるからでは。
などという突っ込みが湧いてきたが、口には出さずにしまっておく。
「……カノンは、私のことをどう思っているのでしょうか」
独り言のように漏らしたフェルティナに、エリが向かい直る。
フェルティナは俯きながらも、エリが聞く姿勢になったのをみて、思っていることを語り始めた。
「カノンは働き者です。家のことを凄く大切にしてくれています。……だけど、最近、私をどのように思っているのか分からなくなる時があるのです」
「……と、いうと?」
「……カノンは、私よりもヴァレンシュタイン様との縁談の方が、大切なのではないかと」
そこまで言ってしまい、「しまった」とフェルティナは目を見開いた。
この言い方では、自分が縁談話を断りたいと感づかれてしまう可能性がある。
幸い周りに生徒はいない。他の者に聞かれてはいないだろう。
後はエリが気が付いたかどうか。
少し焦った様子で、フェルティナはエリに振り返ると、
「フェルティナ様、ヴァレンシュタイン公爵とは料理の趣味が合わなそうですもんね」
とエリは苦笑気味に返した。
全てを見透かしたようなその微笑みに、フェルティナは恐る恐る尋ねた。
「エリ……その、私の悩みに、気が付いて……?」
「ええ、まあ。この前のパーティーの様子を見て、なんとなく、ですけど」
口元で人差し指を立て、片目を瞑ったエリを見て、フェルティナはじんわりと胸が熱くなった。
口止めの必要はなさそうだった。
「……私は、本当に良き友人を持ちました」
「こちらこそ、感謝してもしきれないことが多いです」
「ねえ、エリ。カノンは私のこと、どう思っていると思う?」




