小さな亀裂
改めて二人に向かい直るフェルティナに、先に切り出したのはカノンだった。
「料理長が私のレシピを独断で変更し、主菜を変更いたしました」
「……どうしてそのようなことを?」
フェルティナがアルマに顔を向け、発言を促す。
「……最近の献立が健康に偏重し、お嬢様の食の楽しみを軽視している印象がありました。この屋敷の調理長として、食事を召し上がる皆様に、幸せな気持ちになっていただきたい。そのような動機から、私個人の判断で行いました」
アルマが頭を深く下げると、後ろに控えていたシェフたちも一様に深く頭を下げる。
個人の判断で、などと言ってはいるが、厨房の意思は一つのようだ。
「献立を侍女たちと共有する重要性は理解しておられますか」
疑うのではなく、理解を確かめる聞き方だった。
「はい。使われた食材や調理法を、複数の者で管理することで、毒や遺物の混入を防ぎます。万が一誰かがそのようなものを盛った際に、発見の可能性が上がります」
「よろしい。以後、変更を加えるときは侍女たちに確認を取るように」
「申し訳ございませんでした」
アルマが謝罪し、その態度に反省の色が見えたことで、注意はここで終わった。
頭を下げたままのアルマに、フェルティナが優しく笑いかける。
「……でも、今日のステーキは美味しかったわ。機会があれば、また頂けるかしら?」
「……! はい!」
「お嬢様」
フェルティナのフォローにアルマが表情を明るくしたところ、割って入ったのはカノンだ。
「甘やかさないでください。この者がしたことは規律違反です」
「甘やかしてなどおりません。必要以上に注意をしないだけです」
「お言葉ですが、少し調理長に寄っているのでは?」
「私は常に中立ですよ」
フェルティナがカノンを制すも、立っている場所が若干アルマに近い。
久しぶりに、昼に肉が食えて満足しているのであろう。
本人は気が付いていないが、体がアルマを尊重したいと、脊髄で動いてしまっている。
若干遠い位置にいるフェルティナを見て、小さくため息を吐いてからカノンが歩み寄り、
「では、夜の献立はこちらでお願いします。中立と仰るなら、夜は侍女側を立ててもらいましょう」
「わかりましたわ」
破り捨てられたメニューをフェルティナに差し出した。
……あらやだ、野菜ばっかり。
メニューを一瞥し、心の中で涙を流すも、カノンに痛いところを突かれたので頷くことしかできない。
そんなフェルティナに「それでは失礼いたします」と言い残し、カノンは厨房を去ってしまった。
「……」
……珍しく、怒っているように見えましたわね。
いつもなら、どんな時でも去る時に一礼をするのだが、今日は言葉だけ残して消えていった。
去る時の足取りもいつもよりも速足で、歩幅も広かったような気がする。
「……」
言い争っていたアルマも、少し居心地が悪そうだ。
二人の応酬を派閥に分かれて見守っていた使用人たちも、いつもと違う様子のカノンを見て、心配をしているように見える。
「カノン……」
少し、アルマをフォローしすぎたかしら。
引き裂かれた紙には、今日の献立が綺麗な文字で、詳細に記されている。
渡されたレシピを見つめた後、フェルティナは少し寂し気な、申し訳なさげな眼差しでカノンの消えていったドアを見つめた。




