厨房での小戦争
かつて国防の要として、戦乱の歴史を生き抜いてきた領地、セルヴァラント。
周囲を山という天然の要塞に守られながらも豊かな豊饒の土地を持つこの街は、国々を繋ぐ関所として、あるいは他国からの侵略から国を守る防壁の役割を担ってきた地だ。
そんな経緯を持つこの土地も戦争が収まり、平和な世の中となった今では、様々な国や領地から訪れた者たちが一堂に会する、人と物との交易の街として栄えるようになった。
他国、あるいは内乱で、武器を手に血を血で洗っていた時代から比べれば、穏やかな時代になったものである。
だが、そんな時代になったとは言え、思想の違う者たちが集まる以上、小さな諍いやトラブルというのはあるわけで、だ。
「ですから、本日の主菜は白身魚のムニエルと申していたはずです」
「頼まれたからと言って、毎回その通りに作るとは限らねえ。本日の主菜はセルヴァラント牛のヒレステーキ。いくら侍女頭のあんたの命でも、こればかりは譲れねえなあ」
諍いの発生源は、セルヴァラント領の厨房だ。
カノンが率いる侍女頭連合。それと相対するのは、セルヴァラント領で長年シェフを務めているシェフ長の女性——アルマ率いるシェフ連合である。
彼女の父親はセルヴァラント家の前シェフ長である。
物心ついたときから、父の影響で料理を始めていた彼女は、15の時にセルヴァラント家の厨房に勤めるようになり、父が引退すると同時に、シェフ長の座を引き継いだ。
まだ20代前半と年が若いが、身にまとうオーラは熟練の料理人そのものだ。
この騒動の原因は、昼食の主菜をカノンが指定していたにも関わらず、実際に食卓に出てきたのは別の料理だったこと。
運ばれてきた料理を見て、一瞬フリーズしたのちに、カノンが侍女たちを率いてアルマの元へ向かい、今に至る。
「ここ最近、ささみだの白身魚だの。カロリーの少ないメニューに偏重してるじゃあないすか。嬢ちゃんが好きなもん、わかってんだろ? たまには家でも好きなもん食わせてもいいでしょ」
「フェルティナ様の健康を思ってのことです。ともかく、昼に牛肉を召し上がられた以上、夜食のメニューはカロリーを抑えて作ってください。こちら、レシピになりますので」
差し出されたメニューをつまらなそうに一瞥して、アルマは真っ二つに引き裂いた。
「厨房にゴミを持ち込むなよ」
大欄不敵に笑いながら、端をそろえてレシピを付き返すアルマに、カノンが不快そうに眉をしかめた。
「今度は野菜ばっかのメニューか。うちは八百屋じゃないんだぜ?」
「……これ以上の粗相は、屋敷の風紀を司る侍女頭として見過ごせませんが」
「望むところだ。ここ最近のあんたの言動は気に入らなかったからなあ。決闘でもするか? 方式はどうする?」
カノンとアルマ、それぞれに向けられた怒りが、後ろに控えていた侍女やシェフたちに伝播し、一触即発の空気になる。
それぞれに対する怒気で息が詰まりそうな厨房。
火を付ければ爆発しそうな険悪の空気を引き裂くように、厨房のドアが開かれた。
「これは一体、何の騒ぎです?」
改まった顔つきでフェルティナが現れ、カノンとアルマ、そして彼女たちが率いる部下たちが一斉にフェルティナの方へ向かい直り、一礼をする。
「ここは食の都、セルヴァラント領——その領主邸。何が原因であれ、神聖な厨房で諍いなど起こしてはなりません」
「「……失礼いたしました」」
フェルティナの冷たくも通った声に、カノンとアルマが一様に頭を下げる。
それに続けて彼女たちの後ろに控えていた部下たちも頭を下げた。
「頭は冷えましたか。それでは、何が原因で騒ぎになっているのか、お二人からお伺いしましょうか」




