見た目か、中身か
アカデミーの昼休憩の時間。
フェルティナは仲の良い学友たちと一緒に、食堂でお茶を飲んでいた。
「そういえば、この前は東方の子爵様とデートでしたのよね? いかがでした?」
この前立食パーティーがあったこともあり、いくつかの話題を転々としているうちに、殿方との付き合い方の話になった。
そして、この前ちょうどそういう機会があったらしい令嬢に、皆が野次馬根性を顕に身を乗り出した。
顔を赤くして甘い話でも始めるのか期待していたが、「それがですね……」とその令嬢は愚痴を吐くように切り出した。
「待ち合わせの場所に現れたと思ったら、その殿方、何やらいつもと様子が違う気がしまして……」
「それは、向こうがいつもよりも着飾っていたというわけではなく?」
「ええ。違和感の正体を探っていましたら、目線の位置がいつもより低いことに気が付きまして……」
「まあ、それって——」
「そう! その殿方、靴底に板を仕込んで、ご自身の背丈を偽っておりましたの!」
「「「「「まあ~……!」」」」」
令嬢の独白に、同情の声が響き渡った。
話によると、交際を始めたきっかけが、男性側からのアプローチであり、背の高い異性が好みであったこの令嬢は、自分を見下ろす視線に一目ぼれして付き合いを始めたとのこと。
「問いただしましたら、『本当の自分を知ってほしい』と仰いまして……」
「そんなことデートの場で仰られましてもねえ……」
「ほんとにそう。事前に私が背が高い方が好みだと調べたうえで、身長を偽ってお近づきしたそうなのです。……いい人なのですが、あの方と今後どう向き合っていけばいいのか、悩みますわ……」
フェルティナを除く、その場にいた全員が「うーん」と難しそうに唸った。
「フェルティナ様はどう思われますか?」
「私、ですか?」
尋ねられて、フェルティナが「そうですわね」と、少し考えてから向かい直る。
「悩む、ということは、その殿方のお人柄は好きなのですか?」
「ええ。……でも、やはり自分の好みの部分で偽られたというショックもありますの……」
「それでも捨てきれないということは、見た目の部分以外でも惹かれているということですわ。どれだけ見目麗しい殿方も、苦楽を共にする仲になることを考えれば、最後に輝いて見えるのは、姿ではなく中身の美しさだと思います」
「……」
「嘘をつかれたことを気にするのは仕方がありません。でも、未練が残りそうであれば、これを機に本当の彼と改めてスタートを切るきっかけにするのが、私は良いと思います」
「フェルティナ様……」
フェルティナが優しい笑みで答えると、周囲の令嬢たちも感動したように、うんうんと黙って頷いた。
「私、もう一度、彼と会ってみようと思います!」
相談していた令嬢の意思がまとまったところで、皆が応援するようにその令嬢に向かって微笑んだ。
「でも、フェルティナ様はそういう悩みにご縁はなさそうですわね」
「どういうことでしょうか?」
フェルティナが首をかしげる中、令嬢たちは楽しそうに顔を見合わせる。
「だって、お相手はあのヴァレンシュタイン公爵ですよ。見目麗しい殿方ではありませんか」
「加え、あの人柄ですものね。ヴァレンシュタイン様のような殿方が、この様に自分を良く偽るような真似はしそうにありませんものね」
「殿方に嘘をつかれたときの気持ちなど、生涯知ることなく過ごすかもしれませんわね」
羨ましそうに視線を交わす令嬢たちに、「そんなことはないですわ」とフェルティナが笑う。
「私だって、見た目を高く偽られたときに、ショックを受ける気持ちは経験がありましてよ」
「「「「「へ?」」」」」
まあ、オムライス様のことですけどね。それも誤解だったのですけど。
フェルティナが心で呟き微笑む中、令嬢たちが間抜けな声を上げた。
「フェルティナ様? それはどういう」
「……いけない。この後来賓の方と会談があるの。また茶会に誘っていただけるかしら?」
「え? ええ、それはもちろん……」
フェルティナが一礼してからその場を去った後、残された令嬢たちは、何やら怪訝な様子で談義をし始めた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
そして、それから数日後のことだ。
「美味いな。……しかし、本当に娘はこの量を一人で食べきったのか?」
「ええ。『めしうまでしてよ』とのことです」
アカデミーの理事長室で、鉄板の上に載せられたビーフシチューオムライスを小皿にとりわけながら、フェルティナの父が食事をしている。
当然、オムライスの中には巨大なハンバーグが仕込まれている。
ここにあるビーフシチューオムライスは、カノンが、あの晩フェルティナが食べていたものを再現したものだ。
「私だけでは食べきれんな。手伝ってくれるか」
「かしこまりました」
「ちなみに、この料理は何㎉くらいになる?」
「……おおよそ、1900㎉になります」
「そうか……」
「……」
「……」
「……」
無論、今後の食事などで総摂取カロリーをコントロールするのはカノンの仕事だ。
しかし、彼女が食事を抑えるほど、それに反発したフェルティナが夜中に食べに行ってしまうため、妙なイタチごっこになってしまったと心の中でため息を吐く。
しかし、何もしなければフェルティナといえども勝手に太っていってしまう。
内で抑えた分、外で食われて、といった関係がいつまで続くのだろうか。
同じ悩みで頭を抱えたのち、二人は考えることを止めた。
フェルティナの束縛をこれ以上強める気が無いのであれば、現状維持か諦めの2択。
立場上、諦めという選択肢がない以上、やるべきことをやるしかないのである。
「ところでカノン。例の噂だが……」
「その件に関しては、根も葉もない噂である以上、放置するのが最適解かと」
「下手に動いて、大事になる方が危険、か」
「はい」
カノンの回答に同意しながらも、フェルティナの父は、不思議そうな様子で、理事長室の天井を見上げる。
根も葉もないとはいえ、縁談相手の悪い噂だ。全く気にならないわけではない。
ヴァレンシュタイン公爵は、実は上げ底である。などと、一体だれが、何をきっかけに言い始めたのだろうか。
この噂をきっかけに、暫くの間セルヴァラント領の殿方の間で、シークレットブーツが飛ぶように売れた。
理想の殿方ですら上げ底をしているのだ。免罪符を得た形だろう。
いくら綺麗ごとを並べようが男という生き物は、意中の相手でもいない限りは、相手も自分も見た目から取り込もうとしてしまうらしい。
平均身長が高くなったアカデミーの光景に、そのカラクリを知る令嬢たちが、呆れた息を吐いたという。
第三章、これにて完結です。
後二章で完結ですので、後少しお付き合い頂けますと幸いです( ノ;_ _)ノ




