大好物と、底からくる違和感
見事。
目の前に置かれた料理を前に、フェルティナは小さく唾をのんだ。
容器の上に、巨大な山のように盛られたオムライス。
鮮やかな色のチキンライスを、半熟卵の膜が覆う。
表面が柔らかに仕上げられた黄金の絹は、熱のこもった白身と、半熟の黄身とで表面に鮮やかな模様を描いており、山の頂点からさざ波が下りてくるような、美しい姿を見せつけてくる。
その山のふもとを覆うビーフシチューもまた素晴らしい。
漆黒に近い褐色の海から、巨岩のように顔を出すのは大降りにカットされた牛肉の1片だ。
一つでも存在感を放つそれが、4つも海の上から顔を出している。
漆黒の海に色をもたらす、香味野菜もまた美しい。
牛肉よりも小さく、一口大にカットされた人参とブロッコリーが、控えめながらも鮮やかにこの山と海の世界を彩っていた。
そしてフェルティナが、数ある洋食屋の中から、敢えてこの鉄板焼きを売りにした店を選んだのには、訳がある。
「やはり……このお店ならやってくれると思いましたわ……!」
提供される器が陶器ではなく、熱々の底が深い鉄皿となっていた。
しっかりと熱された鉄皿の上に、熱々のビーフシチューが注がれて、触れた部分がくつくつと官能的な音を立てている。
食欲を擽るデミグラスソースの香りが、食べる前から舌を喜ばせてしまう。
音、香り。そして目の前の卵の山の圧倒的存在感。
ああ、エリ。あなたの言っていた通り、第一印象はやはり大事ですわ。
この感動が覚めない内に、私はこのオムライス様の中身に触れたいと思います。
木匙を持ち、卵の膜に差し込むと、柔らかな半熟卵の膜を割いて現れたのは、鮮やかな優しい色の赤。
ホロホロと1粒ずつ分離するまで、完璧に炒められた赤いライス。
その中に小さく切り分けられた鶏肉や細かく刻んだ野菜たちが調和し、デミグラスの桎梏と、色とりどりのライスの断面が視覚的に良く映える。
美しい黄金の膜を崩す背徳感に浸りながらも、熱をしっかりと保ったデミグラスソースにライスと卵を優しく浸す。
薄く湯気を立てる、匙の上のオムライスたちを、フェルティナは上品に、それでいて一口でほお張った。
あつっ——
シチューの熱が、少しだけフェルティナの舌を驚かした後、
これこれこれこれ‼
これですわあああああああああああああああああああ‼
舌の上に広がる何層にも重なった旨味に、フェルティナは心の中で、天に向かって飛び立った。
赤ワインと肉の旨味! 香味野菜の甘味!
その濃ゆい味の膜を、卵というクッションを挟んでから突き破ってくるチキンライスがまた美味しいこと!
私の舌を食の世界へと引きずり込んでこんでくる、シチューの力強さから、優しく包んでエスコートしてくださる卵様の柔らかさ!
味の海に浸ったところで、ぱらぱらと表面が炒められたチキンライス様が、シチュー様とは別の方向から旨味の世界へ導いておられます‼
たった一つの料理から、これほど質の異なった、様々な味が展開されるなど!
流石殿堂入り! 食の殿堂として、この素晴らしい料理は全量民に称えられるべきですわ‼
上品な所作で。それでいて大好物を与えられた子どものように、パクパクと機敏に食べ進めていく。
初めてビーフシチューオムライスと出会ったときに、好きなものランキング1位と2位を合体させた外見に、電撃のような衝撃が走ったことを思い出す。
料理は舌で楽しむものだが、興味を生み出すのはいつだって外の情報だ。
見た目、香り、そして味。
外から内へ、情報のバトンをたどっていき、最後に中身に触れたときに、本当にその相手を知ることができる。
料理は味。人は中身が一番大切。
それは揺るがない事実なのではあるが、こういう社交の場では、見た目が与える印象というのは改めて大きいものだと、目の前のオムライスとエリの言葉に考えさせられる。
人を見た目で差別することはないが、ヴァレンシュタイン公爵に初めて茶会に誘われていた時、身にまとう服や、彼の所作が酷くみすぼらしいものだったら、自分は茶会の誘いを受けていただろうか。
きっと、出会ったときに身にまとう印象というものが、自分と彼を引き合わせていたのだとフェルティナは思いなおす。
そこから好きな本の話をし、政治についての見解を語り合い、その人柄に徐々に引かれていった部分もある。
彼は公爵家の者としても、一人の人間としても素晴らしいと思っているし、尊敬している部分が大きい。
ただ一つ。
舌という譲れないピースが一つだけ、嚙み合わないだけで——
……。
……やめましょう。
これ以上はご飯が美味しくなくなりますわ。
思い出そうとすると、味のない食事のことばかりが頭をよぎり始めたので、不快な思い出が頭を覆う前に、小さく首を振って邪念を振り落とした。
そもそも今向き合っている殿方は、ビーフシチューオムライス。
対面でのデートで、他の殿方のことを考えるなど、無粋でしたわね。
失礼いたしましたビーフシチューオムライス公爵様。
私の中で、彼は既に過去の殿方ですので。
既にも何も、縁談の問題は現在直面している問題なのだが。
まあ、それでも食事の時くらいは現実逃避をしても許されるだろう。
苦い記憶をお冷で流し、フェルティナはナプキンで口元を拭いてから再び木匙を手に取った。
そして、再びオムライスに木匙を差し込んだとき、
コツン。
「…………?」
木匙の先からわずかに伝わった違和感に、フェルティナは困惑した顔で食事の手を止めるのだった。




