家がダメなら外で食べればいいじゃない
旨味の効いたソースがたっぷりかかった肉厚のステーキ。
コクが深く、味がしっかりとしみこむほどクタクタに煮込まれたビーフシチューなど、味が強く、濃い料理がフェルティナの好物だ。
一方でヴァレンシュタイン公爵は極端な菜食主義者であり、味が優しい——と、いうよりはかなり薄味の料理を好むため、完全に二人の好きな食事が対立してしまっているのである。
今日ヴァレンシュタイン公爵が持ち込んだビスケットのような焼き菓子も、材料は良いものを使っているにも拘らず、味のほとんどしない、食感が良いだけの食べ物だった。
それを「美味しいね」と言って微笑んでくるヴァレンシュタイン公爵に、フェルティナは「ええ」と頷きながらも顔をひきつらせた。
美味しいとか以前に味がしないのです、この焼き菓子は。
初めは何らかの事情で味覚細胞を全損しているのではないかと疑ったものの、過去にフェルティナの方で用意した肉料理に、「ごめん、あまり好みじゃなかった」と感想を述べるあたり、やはり嗜好の問題らしい。
「あの方と生涯を共にするなど耐えられませんわ……」
合わないのは身の丈でなく食事の好みでしてよ。
人生であなた様ほど同じ食卓を囲みたくないと思った方は初めてです。
第一何でしょうか。獅子の紋章を家紋としながら、あの草食動物のような食生活は。
食事の度に、味のしない葉野菜やスープを飲まされるこちらの身にもなってください。
獅子なら肉を食らうべきです。草木で群れを養う獅子がどこにいましょうか。
「お嬢様。お茶をお持ちしました」
「ありがとう。いただきますわ」
声には出さず毒づいていると、侍女頭の女がお茶を淹れ終え、机の上に置いた。
椅子に座り一口飲むと、爽やかな柑橘系の香りがする、深い味わいの紅茶が疲れた心を癒してくれる。
「あなたが淹れるお茶はいつも最高ですわね」
「お褒めにあずかり光栄でございます」
「シロップがあれば頂けるかしら。あと、甘いお茶菓子があれば——」
「ダメです」
やんわりと尋ねたフェルティナに、侍女頭の女は首を横に振った。
「本日既定の摂取カロリーを超えてしまわれます。夜食までご辛抱ください」
「……」
フェルティナとしては何が何でもヴァレンシュタイン公爵とだけは結婚したくない。
しかし、家の位が下であるフェルティナが、公爵家の縁談を断ることは基本的にはできないのだ。
幸いなことに、王都の方では公爵家同士の権力争いが激化している状態だ。
内政が安定しない中、色恋沙汰に現を抜かしている場合ではない。……という理由がギリギリまかり通って、縁談を何とか回避できている。
だが、あくまで先延ばしにしているだけであって、縁談そのものをなかったことにしているわけではない。
権力争いが終わってしまえば、あの噛むだけの食事に付き合わされる日々が到来してしまう。
縁談を回避するには、権力争いで公爵家が忙しいうちに、ヴァレンシュタイン公爵側からフェルティナのことを見限って貰う必要があるのだ。
そこでフェルティナは考えた。
一目惚れが恋の始まりなら、令嬢として変わり果てた容姿となり、嫌いになっていただきましょうと。
思い至ったフェルティナは、市場で菓子類の類を買いあさり、使用人たちの見えないところでひたすら間食を取りまくった。
目指すは月10㎏の体重増。磨き上げた自分の容姿に未練がないわけではない。
だが飯と容姿。天秤の皿に乗せれば飯側に傾くのがフェルティナだ。
それぐらいフェルティナは、食事というものが大好きなのだ。
会うたびにぶくぶくと肥えていけば、ヴァレンシュタイン公爵も私のことを見限ってくださるはず。
そんな思いを胸に計画を実行に移していたところ。
開始3日目で目の前の侍女頭にバレた。
「ベッドの下に隠してあった砂糖菓子は、私の方で買い取らせて頂きます」
「……あなたって、本当に優秀ですわね」
「お褒めにあずかり光栄でございます」
「皮肉でしてよ」
「存じております」
非常に残念なことに、目の前の侍女頭は悲しくなるぐらい優秀で、隠しものや謀をしてもすぐに見つけてしまう。
部屋に残ったわずかな砂糖の香りに気付き、隠されていた菓子類を見つけ、すぐさまフェルティナのたくらみに気付いてしまった。
それを父に報告されて以来、フェルティナはそのプロポーションを崩されぬよう、ある程度の食事制限を設けられる羽目になった。
(内政が混沌としているうちに、何が何でも太らなければならないのに……!)
生きるのに不足はなく、リクエストにもある程度は答えてくれるのだが、目の前の侍女頭は決して太らせてはくれない。
「お嬢様の体調管理が私目の務めでございます。ご理解を頂けますか」
頭を下げる侍女頭に「謝罪は要りませんわ」とフェルティナは微笑んだ。
欲しいのは謝罪ではなく。甘い焼き菓子やお肉料理ですから。
結局その日も極めて健康的な食事を用意され、その美味しさに舌鼓を打つも、
「……このままでは太る前に、縁談話を進められてしまいますわ」
計画は上手く進みそうもない。
夜も更けるころ、鏡の前でランジェリー姿となって、自分のプロポーションを再確認し、思わずため息が出てしまう。
自分で言うのもなんだが、比の付け所がない完璧な肉体美である。
せっかく太りそうな食べ物を買い込んでも、あの優秀な侍女頭にすぐに発見されてしまう。
めげずにお菓子を買い込むも、侍女頭もそれを警戒している為、どんな場所に隠しても、隠した翌日には見つかってしまうのだ。
外から食べ物を持ち込んでも、逆ダイエット計画が進むことはない。
ならば、どうするか。
「やはり今日も、外で食べてくる他ありませんわね!」
家で食べられないなら、外で食べてくればいいじゃない。
こうして、父や使用人が寝静まった頃、フェルティナはフードで身を隠し、夜な夜な屋敷を抜け出しては人で賑わう街の飲食街に赴き、背徳飯を嗜む生活がスタートしたのだった。




