偽ってでも見た目は大事です
カノンが持ってきた皿を受け取り、早速フェルティナはローストビーフを口に運んだ。
「美味しいわね。エリ」
「はい。絶品です」
「本当に、本当に美味しいわね。本当に」
にこやかな笑みを保ちつつも肩が震えている。どんだけ肉に飢えていたんだこの人は。
エリは苦笑しながら周囲を見渡した。
パーティーの会場では、他の貴族の子息たちが、良いところの令嬢たちに声をかけて回っている。
会話に耳を傾けていると、社交的なあいさつにとどまらず、若干相手を口説いているような、甘い言葉が時折聞こえてくる。
立食パーティー、というよりは婚活パーティーみたいだなあ。
と思うエリの心音を見透かしたように、ヴァレンシュタイン公爵が話しかけてきた。
「他の家と関わりを持てる機会は貴重だからね。ああやって縁談話を持ち掛けて、家の権力を取り込もうとする者たちもいる」
「そう、なんですか」
自分の感想を見抜かれたようで、エリは驚いた表情になった。
「貴族の間ではよくある話さ。最も、僕とフェルティナとの間にそういう建前はないけどね」
「ソウデスワネ」
「……」
そういう建前はなさそうだが、別の配慮はありそうだ。
生涯のパートナーを自分の意思で選べるという点では、庶民の自分は恵まれていると言えるかもしれない。
そんな貴族たちの様子をエリと共に目で追っていたフェルティナが、とある子息たちを見て、不思議そうに眉を細めた。
「どうかされましたか?」
「いや……なんでしょう。あの殿方、何か違和感がありませんか?」
フェルティナの疑問に、エリとヴァレンシュタイン公爵も視線を合わせた。
「確かに、言葉にできないけど……足元に違和感を感じるね」
ヴァレンシュタイン公爵の感想に、フェルティナも同調して頷いた。
一見、背の高い子爵がとある家の令嬢を口説いているように見えるが、背が高い、というよりは足元が浮いているような違和感がある。
首をかしげる二人をよそに、「あー」とエリが苦笑した。
「靴底に何か仕込んでいるのでしょう。上げ底っていうやつです」
「「上げ底?」」
慣れないワードに首を傾げた二人に、少し声を小さくしながらエリが解説した。
「背を高く見せるための工夫です。専用の靴に、厚い靴底を仕込めば、背が低い者でも背丈を高く見せれます」
「……それは、いったい、何のために行うんだい?」
「相手方の令嬢に、自分を良く見せるためでしょう」
「俗的におっしゃると、所謂『かっこつけ』ということでしょうか」
「ありていに言えばそうなっちゃいますね」
エリの言葉に、ヴァレンシュタイン公爵はますます不思議そうに眉をひそめた。
「でもそれは自分を偽るって言うことだよね? それも、付き合ってしまえばいずれバレる嘘だ」
「まあ、そうですね」
「ますますわからない。なんでそんな無意味なことをするんだろうか。無理に外面を嘘で彩るのではなく、最初から内面で勝負すればいいと思うのだが」
「私もそこは同意見ですわ」
あくまで外見と人柄に限った話だが。
珍しくヴァレンシュタイン公爵に賛同するフェルティナに、「甘いです」とエリが首を振った。
「見ず知らずの相手に接する以上、どんなに素晴らしい人柄をお持ちでも、第一印象は外見が全てです。中身を知ってもらうために、外面というフックが必要になる場合がほとんどなのですよ」
「「ふむふむ」」
「お二人とも、外見で苦労されたことはないでしょうが、そうで無い者は、茶会のきっかけを作るのですら必死なはずです。外見なんて年を取ればある程度は失われていくものですから、少し偽ろうが、後からいくらでもリカバリーが効きます」
「「なるほど……」」
「社交的な場であるからこそ、ああいったさりげない工夫自体は大事になって——、……って、申し訳ございません! 一人で勝手に話してしまって……!」
慌てて頭を下げるエリに、二人は優しく微笑んで返した。
「いや、むしろそういう文化があるのだと勉強になった」
「ええ。エリさえよければ、もっと聞かせていただきたいくらい」
「……くだらない処世術の一つです。お二方には縁はありませんよ?」
そう引き下がるエリに、二人は興味津々といった具合に食い下がる。
どうしたものか困っていたところ、カノンが「エリ様」と声をかけた。
「そろそろ食堂のお手伝いに向かわれる時間では?」
「え? あ! もうこんな時間?! フェルティナ様すいません。今日はこの辺りで失礼いたします! お招きいただき、ありがとうございました!」
頭を下げるエリに、「こちらこそ、来てくれてありがとう」とフェルティナが手を振ってこたえる。
「街の皆様に、倭国の料理を振舞うのですよね」
「ええ。牛丼の件以降、周辺のお店ともつながりができまして。祝いの場に合わせて、常連の方に料理を振舞う新作発表会を行う予定なんです」
「倭国の料理か。僕も興味があるなあ」
「今日はこってりめの料理が多いので、公爵様のお口に合うかどうかは……」
その報告を聞いて、「そうか……」とヴァレンシュタイン公爵が残念そうに肩を落とした。
一方のフェルティナが前のめりになるところを、カノンがさりげなく手で制す。
カノンがエリの着替えと見送りに向かうと、ヴァレンシュタイン公爵がフェルティナに語り掛ける。
「エリさんの話、面白かったね」
「はい。私たちには無い見解でした」
「フェルティナは外見と中身、どっちの方が大切だと思う?」
ヴァレンシュタイン公爵の問いに、「そうですね」とフェルティナは楽しそうに頭を悩ませた。
「僕はやっぱり、中身の方が大切だと思うな」
「時と場合に寄りますけど、初対面の方であれば、私は外見の方が大切だと思いなおしましたわ」
「エリさんの意見に賛同する形だね」
「ええ。それに、今までの経験からも」
「それは、僕との馴れ初めのことかな?」
「…………そうですね」
「フェルティナ? 今の間はなんだい?」
申し訳ございません。完全に今、食べ物のことを考えておりましたわ。
初めて対面する美食たち。最初の感動は思えば、その見た目から始まっていましたもの。
食も縁談も、第一印象から。
エリには人生の教訓を、また一つ気づかされましたわ。
などと考えていたら、早速お腹が空いてきた。
もうしばらくすればカノンが帰ってくる。その間にパーティーの料理を堪能したいが、ヴァレンシュタイン公爵の前だ。心の底からは楽しめないだろう。
しかし、舌と腹と本能が更なる食を求めて叫ぶ。
ならばどうするかなんて決まっている。
(今日も、街へ食べに行きましょう)
今日も街へ降りることを決意し、早くこのパーティーが終わらないかと、賑やかな会場を横目にフェルティナは優しく微笑むのだった。




