特盛特製牛丼 ~チーズとタバスコを添えて~
フェルティナの前に再び丼が置かれた。
そして、一呼吸してから、改まった様子でエリが料理名をフェルティナに告げる。
「……改めまして、日の丸亭新メニュー。『特性特盛牛丼 3種のチーズトッピング』です。タバスコはお好みでどうぞ」
な
な、な。
ななななななななななななんですのこれはああああああああああああ?!
フェルティナの心を躍らせた倭の旨味。
ここにきて、倭国の独自の食世界が、フェルティナの知る洋の世界と、暴力的なまでの合体を果たした。
ここまでの主役を存在ごと覆いつくすほどの黄色いじゅうたんが、器の上に広がっていた。
肉の余熱を受け、柔らかいチーズがライスや牛肉に絡んでいる。
匙を差し込み持ち上げれば、優しく線を伸ばす黄金の糸。
倭国風に仕上げているとはいえ、牛肉とチーズだ。
元をたどれば生まれは同じ。相性が悪いわけがない。
しかし、本能が叫んでいる。
食えば、壊れる。
ここまでかろうじて保ってきた、レディとしての品位が。
気づけば、置かれていた丼を持ち上げていた。
絡むチーズ。隙間から覗く牛の細切れに、出汁を大量に吸ったライス。
そして、丼の底に溜まった、上の層からあふれ出ただし汁の海。
これを、一口に。一緒に食べる方法なんて一つしかない。
しかし、それは罪だ。
器を持ち上げ、あろうことか、そのようにして何かを食すなど、レディとして、罪。
逡巡とするフェルティナの様子を見て、いてもたってもいられなくなったエリが、別の丼を持ってきて、
「お客様」
「……?」
理性と本能のはざまで揺れるフェルティナに、エリが見本を見せるように丼をがっついた。
「もうこんな感じでいっちゃってください‼」
「!!!!!! いっちゃいますわ‼」
丼を持ち上げ、中をかきこむように丼を食べると、フェルティナも一気に表情を明るくして、丼の中身を書き込むようにして食べ始めた。
そして、
さいこうですわああああああああああああああああああ‼
開かれた倭の世界から一転し、浮かび上がる石造りの建物が並ぶ城下町。
倭から洋へ、洋から倭へ。
目まぐるしく変化する旨味の海へ、エリに背を押され飛び込んだ。
レディにあるまじき、丼をかっさらうという背徳感。
その罪を味で上書きしてくる、牛とチーズの暴力的な旨味。
食の世界へ飛びそうになる意識を、覚醒させてくるのは適量にかけたタバスコだ。
重厚な倭と洋の油の海を、タバスコの辛みが鋭い炎となって切り裂き、一口ごとに舌を巡る旨味と熱さに、フェルティナは一心不乱となって牛丼を平らげてしまった。
「……私、悪い子でしょうか」
空になった丼を見て、優しいランプの明かりで照らされた天井を見上げて呟いた。
こんな夜更けに、我を忘れてご飯をかきこんで。
でも、反省はしていない。むしろ食べきった達成感に浸っている。
親や侍女頭の顔を思い浮かべても、後悔が微塵も起きないのだから、自分の中の何かが壊れてしまったのは間違いない。
でも、だからこそ幸せでしたわ。
そんな料理にめぐり合わせてくれた、この食堂と、良き学友に、今は感謝を。
食べ終え、一息つくフェルティナに、エリが温かいお茶を持ってきた。
「ありがとう」
紅茶と違い、深い緑色のお茶。
持ち手のない陶器のカップを両手で持つと、ほんのりと熱い陶器の熱が、じんわりと掌になじんできた。
飲むと、若干の苦みがあるものの、心を落ち着かせてくれる味だった。
タバスコの辛さが残る舌の上を、ヒリヒリと温かいお茶がなぞり、優しい味が少しずつ夢から現実へ意識を戻してくれる。
「こちら、お会計です」
「これで足りるかしら」
「ありがとうございます。おつり、お持ちしますね」
フェルティナが金を支払うと、エリがすぐさま釣銭を持ってきた。
釣りはチップで受け取ってくれと言ったが、エリは律儀に残りの金をフェルティナに返す。
「……あの、美味しかったですか? うちの料理」
「……ええ。とっても」
去り際に遠慮がちに尋ねられ、フェルティナはフードの奥で可笑しそうに笑った。
返す答えは決まっている。
だけど、せっかく未知の世界を教えてくれたのだから、ここは相手に敬意を示し、敢えて倭国風に——
「今日の料理……めしうまで、候」
スカートの裾を持ち上げて会釈し、フェルティナは夜の街へと消えていった。
胸を満たす幸せな敗北感に満たされながら、屋敷へかけていく『食の女神』。
そんな背中をぽかんとした顔で見送りながら、エリはフェルティナの認識を改めるのであった。
……あの人、案外愉快な人なのかもしれない。と。




