特製特盛牛丼
「日の丸亭新メニュー。『特製特盛牛丼』です! 調味料はお好みでどうぞ!」特性ではなく特製
「ぎゅう、どん……!」
カウンターに置かれた陶器が、優しく置いたはずなのに、重い重量感のある音を立てる。
蓋を開けて、醤油と出汁の香りが湯気と共に立ち上り、フェルティナの鼻腔を突き抜ける。
どんぶりを埋め尽くさんばかりの、薄く細切れに切り分けられた牛肉の山。
特性のタレがたっぷりと染み込みんだ牛肉の隙間から、タレが染み込んだライスが白い輝きを見せている。
あめ色に煮込まれた玉ねぎはアクセントだろう。ステーキの付け合わせに用いられることもあるのだ。旨味たっぷりの牛煮込みに合わないはずがない。
味を想像するだけで舌が喜ぶのに、その正体は未知数と来た。
美味しいのだけが確定している未知の料理に、フェルティナの理性は既に崩壊寸前だ。
「早速一口……!」
木製の匙と箸。両方が用意されている。
倭国流に行くのであれば箸を使うべきだろうが、今は謎の一般女性。
公的な場ではないのであれば、自分の好きな方を使わせてもらおう。
匙を手に取り、牛の山へと盾に差し込む。
タレが染み込んだご飯と牛肉が乗った匙を、フーフーと優しく息をかけて、程よく熱気を冷ます。
そして、匙に乗った牛丼を、フェルティナは一口でほお張った。
な。
な。
なななななななななななななななんですのこれはあああああああああああ?!
濃くて、ボリュームがあり、なのに優しい。
欲望を満たしつつも、自分の口内を巡る初めての味に、フェルティナは脊髄反射でもう一度匙を口に運んだ。
柔らかく煮込んだ牛肉からあふれ出る旨味たっぷりの倭国の出汁!
その間に挟まる、柔らかくも食感を残したあめ色の玉ねぎもまたお見事!
多重層を奏でる旨味と野菜の甘さ!
優しくも重厚感のある味が私の舌を駆け巡りましたよ‼
綺麗に匙で救いながらも、加速していくフェルティナの食事。
確か、ぎゅう、どんとおっしゃいましたか。この料理。
牛というのは、牛のことで間違いないでしょう。
どん、というのは、確か異国で首領を示す言葉。
牛肉料理というカテゴリーの頂点に立つという料理人の決意から、牛首領という名の料理となったのでしょうか。
その意気やよし。そしてそれを名乗るだけに相応しい味が、この料理にはある。
「牛の首領。名前、覚えましたわよ」
「……? ありがとうございます」
「いずれは豚や鳥の首領様にもお会いしてみたいですわ」
「……??????」
フェルティナが得意げに微笑むも、対するエリは頭に疑問符が浮くばかりだ。
多分、なにか違うことを考えているのだろうが、そこを掘り下げれば不敬になる可能性があったため、エリは思考を放棄した。
ふとフェルティナが、視界の端に映った小瓶に手をかけ、「これは?」とエリに尋ねる。
「七味です。辛いのがお好きでしたら使ってみてください。こちらの紅ショウガも、味が変わって面白いですよ」
なるほど。先ほど言っていた調味料とはこのことか。
辛いのは苦手ではないが、積極的に勧めないあたり調整は必要なのだろう。
瓶から少しだけ七味をふりかけ、少量の赤で彩られた部分を匙で掬い、再び口に運ぶ。
「こ、これは……!」
辛い。
だけど、旨い‼
優しい旨味に鋭い刺激が加わったことにより、牛肉そのものの旨味が更に引き立ちますわ!
さながら自らを強く主張しながらも、主役の存在を確かに引き立てる名悪役のよう!
完成した料理なのに、この味のバラエティ!
辛い。甘い。旨い!
この3すくみが舌の上で鮮やかに踊り、汗となって体全身を突き抜けていきますわ!
そして、気になるのはこの刻みジンジャー。ベニ・ショウガとおっしゃいましたね。
フェルティナは容器に入っていた紅しょうがをトングでとり、丼の上に載せる。
今度は紅しょうがを搦めて、再び牛丼を口の中にほおばった。
シャキ、という小気味の良い音が、口と耳を喜ばせる。
そして肉になじむ、酸味の効いたジンジャーの味。
「これは……ピクルス!」
「紅ショウガです」
思わず突っ込んでしまい、エリが慌てて口を押えたが、どうやら料理に夢中で聞いていない。エリがほっと胸をなでおろす。
そんなエリの突っ込みを聞き流すくらい、フェルティナは牛丼に夢中になっていた。
そう。これはピクルスですわ。
この前食べたウィンナーと同じ、濃い味で疲れた口を、優しく癒す陰の功労者。
甘い。旨い。この地続きの味から離れたこの酸味が、七味とは別のアプローチで主役の存在を引き立てていますわ。
なるほど。私、理解いたしましたわ。
牛首領とは、牛肉をリーダーとし、玉ねぎやライス、七味やピクルスがその存在を引き立てる。
そんな劇場を表現した料理であるのですわね。
「罪の味……!」
「ええ?!」
驚いてエリが声を上げると、わなわなと体を震えさせ始めた。
「わわわわ、わたし、何か粗相をしましたでしょうか」
「? 素晴らしい料理ですわよ?」
やはり令嬢に出していい食事ではなかったか。
急激に不安になるエリに、不思議そうにフェルティナが首を傾げた。
エリが胸をなでおろすも、「ただ……」とフェルティナが表情を改める。
「この料理の真の姿……まだあなたは隠しているのではないのですか?」
フェルティナに鋭い視線を投げられ、エリはビクッと体を硬直させる。
そう、エリは言った。『この国の食材と合わせてみたり、濃い味付けの料理もいくつかメニューに加えてみた』と。
まだこの場には、倭国独自の素材しか出てきていない。
この国の食材と融合させた、未知なる形態がまだ隠されているはず。
フードの奥から、心を覗き込むような視線を投げられ、エリは厨房の方に目を向けた。
あるには、ある。
しかし、出していいのか。貴族相手に。こんな夜中に。
しかし、貴族である前に、目の前のフェルティナは食事を食べに来た客なのだ。
かなえられる要望には、可能な限り答えたい。
「……一度、丼をお預かりしてよろしいでしょうか」
……ここまでくれば、出せるものは出しておくべきだろう。
覚悟を決めた表情でエリが丼を受け取り、厨房に運ぶ。
そして、再び現れたエリが持ってきた丼を見て、フェルティナは驚愕の表情を浮かべるのであった。




