こんな夜更けになんて注文をしているのですか
「お、お冷をどうぞ」
「ありがとう。それと、ご注文いいかしら」
「はい。なんでも」
深くかぶったフードに、凛としながらも品のある鈴のような女性の声。
『食の女神』については。それ以上の情報が不自然なくらい流れてこない。が、目の前の人物の佇まい、品格が本能に、彼女こそが『食の女神』だと雄弁に語り掛けてくる。
だが、それ以上にだ。
(フェルティナ、様、だよね……?)
今日世話になったばかりの恩人が突然現れ、エリは困惑しながらコップとおしぼりを机に置いた。
フードの奥に見える特徴的な銀の髪。フードの陰からこちらを覗く琥珀色の瞳。
この人物が誰かなど、フェルティナを知る者であれば一目瞭然である。
え。なんでこの人こんな時間に出歩いているの?
いくら治安がいい街とはいえ、護衛もつけずに不用心では?
などと、疑問が無限に頭の中に浮かんでくるが、それを遮って「何にしましょうか」と注文票を構えなおした。
「ボリュームある、このお店独自のお肉料理を頂けるかしら」
こんな夜更けになんて注文をしているのですか、フェルティナ様。
あるにはあるが、あなた明日も普通に令嬢としての仕事があるでしょう。
時間帯が時間帯だ。過剰に重い食事は、それはそれで毒である。
エリが困惑しながらも、とある可能性に気が付いてハッと認識を改める。
そもそも目の前の人物がフェルティナであるとは限らない。見た目と声と雰囲気がそっくりなだけのそっくりさんの可能性だってあるわけだ。
そりゃそうだ。だって領主の娘がこんな時間に出歩けるわけないし、こんな場末の食堂に現れるわけもなければ、みだらな食生活を送っているわけもない。
つまり、『食の女神』とフェルティナ様はやはり別人だ。
目の前にいるのは『食の女神』。つまりただの客。
何も気にせず、いつも通りの接客をしよう。
そう思いなおし、エリが目の前の女性に問い直す。
「ボリュームのあるお肉料理、ですね。いろいろと種類がありますが、どのようなものをご希望ですか?」
「そうですね。その……これは、あくまで、人から聞いた話ですけど」
少し考え込む素振りをして、フードの女性は顔をそらしながら答えた。
「……アカデミーに通う倭国の女性が、おにぎり、の具材に持ってくるような、そんなお肉料理があると聞きまして」
やっぱこの人フェルティナ様だああああああああああああああああ?!
エリが心の中で叫び声をあげる。
今日おむすびをじっと見つめていたのは、中身を食べたかったから?!
んで、やっぱり『食の女神』=フェルティナ様で、この令嬢様は夜な夜な500gのソーセージとか、にんにくの効いた極厚ステーキとかを夜中に食べまわっているってこと?!
あれだけ街中に『食の女神』に出会ったという噂があるのに、その姿が曖昧にしか出回らないのは、皆フェルティナ様のこと知ってて黙っているってこと?!
ていうかあの厳格そうなメイドさんも知ってて野放しにしているの?! この背徳飯生活を?!
こんな生活しておきながら、その完璧な肌とプロポーションは何がどうなったら維持できるの?!
無限に突っ込みと疑問が湧いてくる。
顔をひきつらせながら固まるエリに、フードの奥から上目遣いでフェルティナが尋ねた。
「……ある、かしら?」
「——ありまぁす‼」
若干涙声で尋ねるのは反則だろう。
理性もろとも吹っ飛んだエリが、反射的に頷いた。
注文票を厨房の父に届け、そこで我に返ったエリが、冷たい汗をかき始める。
(これ、出していいやつだよね……?)
今から出すのは、父が研究を重ねて作ったとある肉料理。
フェルティナの要望には叶っているだろうが、夜に食べさせて良いものかは疑問だ。
これを夜に食うのは犯罪だよなー。とか、試作した料理を口にし、父と笑いあったことを思い出す。
——これ出したら、捕まらないよね? 私とお父さん。
最悪の未来がよぎるも、フェルティナの注文だ。
希望通りのものを出して失礼をするか、その命に背いてフェルティナの期待を裏切るか。
上下に揺れる天秤を傾かせたのは、今日の出来事だった。
「——お待たせしました」
フェルティナの期待は裏切れない。
打ち首覚悟で、持ってきた料理をフェルティナの前に差し出した。
目の前に出された料理を目に、フェルティナはフードの奥で、少女のように目を輝かせるのだった。




