おにぎりの中身はなんですの
アカデミーの食堂で適当な席に座る。
出来る限り目立たない席を選んだのだが、それでも視線が集まってくるのはフェルティナの存在感によるせいだろう。
「すいません。私、自前のものがあるんです」
エリが申し訳なさそうに鞄の中から水筒と、何かを笹の葉に包んで持ってきたものを取り出した。
大きさと形状を確認したカノンが、すぐさま近いサイズのサンドイッチと茶を用意しフェルティナの前に置く。
購買には総菜系のサンドイッチも売っていたはずだが、ここでもしっかりとサラダサンドを用意してくるあたり、配慮と管理のバランスは意識しているようだ。
「……初めて見るお料理ですわね。なんというお料理ですか?」
「おにぎりって言います。私の祖国の料理です」
「これはライスですわよね。エリさんは倭国の出身でして?」
「ええ。セルヴァラントには両親と商売に来ております。倭国で扱う品物の販路拡大をできればと思って……」
ライスはチキンライスなどの料理に使うため、まったくなじみがないわけではないが、このように白い状態で握っただけの料理は初めて見た。
このようにライスを食べる島国があったと思い出し、訪ねると、その予感は的中していたようだ。
倭国、とは海を越えた先にある島国だ。
陸続きの自国とは違い、独自の文化を形成していることもあり、最近文化交流を目的に船が往来するようになった。
今更だが、エリの黒い髪色はこの辺りでは珍しく、腰のあたりまで伸びた黒い艶やかな髪は、このアカデミーでも良く映える。
地味な顔立ちだが、人のよさそうな穏やかな顔つきで、見る者に柔らかな印象を与えさせる。
フェルティナとは別の気品を兼ね備えた女性であった。
外交で何度か倭国の外交官と会ったことはあるものの、公共の場以外で、それも平民の者と言葉を交わすのは初めてだ。
「販路拡大、ということは、アカデミーでは経済学を?」
「はい。それと文化を知るために歴史などのカリキュラムも。相手を知り、その文化を敬うことが、商売において大切ですから」
控えめな性格ながらも、人としての品格があり、学ぶことに対する熱意がある。
こういう者の為にアカデミーは存在するのだと、フェルティナは感心しながら頷いた。
「ですけど、肝心の商売の方は中々苦戦している状態でして……」
「商いは何をされているのですか?」
「倭国の食材の流通です。あとは、食文化を広めるために食堂の経営を」
「食堂では、倭国のメニューを?」
「はい」
「なるほど……」
食堂の経営、と聞いて、フェルティナは苦戦している理由に納得した。
以前外交で倭国の料理を食べたことがあるが、素材の味を生かした優しい味付けの料理がメインだった。
それはそれで美味しかったし、新しい味を体験できる感動があった。
が、『なぜだか知らないが』このセルヴァラント領では現在、味が濃くて旨味の強い、ボリュームの多い料理が流行っている。
噂によれば、夜な夜な『食の女神』と評される人物が、美味しそうにそのような料理を食べることにより、店の評判が広まって繁盛する。
そしてその後に続かんとばかりに、客も店もそのような味の料理を追い求め、日夜探索と研究に勤しんでいるといった具合だ。
そんな中、優しい味付けの倭国料理は流行りに背いてしまっている。
素晴らしい食文化ではあるのだが、この街の事情とは相性が悪い。
「どうも味の好みが違うみたいですね。この国の食材と合わせてみたり、濃い味付けの料理もいくつかメニューに加えてみたのですが、中々認知されずに苦戦しています」
自虐気味に笑ってはいるが、原因は向こうも把握しているらしい。
それを聞いたフェルティナは、感心しつつも、力になることはできなさそうだと考え込んだ。
濃い味付けの料理、といっても、摂取カロリーを考えれば、倭国の料理はこちらの料理よりもヘルシーなものになるだろう。
今は一分一秒でも早く太らなければならない状況。エリの店を夜間の食事に使うのは難しそうだ。
そもそも自分一人がお忍びで行ったところで、何の助けにもならないだろう。
「『食の女神』様が、訪れてくれるといいですわね」
「ははは。そうですね。そうなれば本当に助かるのですが……」
自虐を交えた、どこか投げやりな笑みに心が痛んだ。
神妙になったフェルティナの表情に気まずくなったのか、エリが逃げるようにおにぎりをほお張った。
それに気が付いて、フェルティナも表情を整えてからサンドイッチを口に付けた。
——のだが。
「……フェルティナ様?」
サンドイッチを口にくわえたまま、目を丸く見開いて、フェルティナは動きを止めてしまった。
視線の先にあるのはおにぎり、……の中身の具。
細切れにした牛肉に、肉の色が溶け込んだ茶色の出汁がライスになじんでいる。
ほのかに漂う優しくも蠱惑的な香り。
牛肉の間から顔を出す、鮮やかな桃色の刻みジンジャー。
なんですの。なんなんですのそれは。
「あ、す、すいません。試作した料理のあまりものの具材なんです。こんな質素な食事で恥ずかしい……」
「あの、一口だけ——」
「お嬢様。あちらはエリ様のお食事です」
サンドイッチを半分切って交換しようとするフェルティナを、カノンがさりげなく手で押さえて制した。
エリもおむすびに口をつけてしまっているので、交換の申し出は丁重に断ってきた。
肉の。新たなお肉の香りがしましてよ。
コホン、と平静を整え直し、フェルティナがエリに尋ねる。
「……ちなみに、お店はどこに構えていられるのかしら?」
「え?」
そんなものを見せられては、確かめる他ないじゃありませんか。
沸き立つ衝動をぐっとこらえながら、フェルティナは今晩訪れる店の所在地をエリに確認するのだった。




