辺境伯令嬢は、公爵家の縁談を破談にしたい
全5章。約7万字前後の作品になる予定。
中編の飯コメディとして楽しんでいただければ幸いです。
「フェルティナ嬢。私と結婚してくれないか」
ここはとある辺境にある領主の屋敷。
その応接の間で、身め麗しい男女が紅茶を手に語らっている中、男の方が改まった顔で告白した。
その男と対面していた美しい銀の髪を持つ女性、フェルティナはティーカップを優しく皿の上に置き、男に向かって微笑んだ。
「私の容姿が目に留まり、声をかけていただいたことが、こうして茶会や食事をするきっかけでしたね」
「ああ。初めは君の容姿に見とれたのがきっかけだった。初めてあなたを目にしたときは驚いた。こんなにも美しい方が存在するものかと」
フェルティナはセルヴァラントという周辺諸国という辺境を治める領主の娘、いわば辺境伯令嬢である。
腰まで伸びた緩くウェーブがかかった静かに輝きを放つ銀色の髪。愛嬌を残しながらも知性をも感じさせる深い琥珀色の瞳。
スッと細い印象の体だが、決して柔ではない。
肉付きはしなやかで絹糸のようにたおやかな腕が目を惹くが、鍛え抜かれた体の輪郭がドレスの上からも伺える。
鍛錬によって形づくられた均整のとれた美しい体は、気品と同時に騎士の威厳のようなものも感じさせてしまう。
文武両道かつ才色兼備。
姿を目にすれば皆2度は振り返るという美貌の持ち主である彼女は、天が地に落とした奇跡と国中で語り草になっていた。
彼女は目の前の男からの求愛に、優しく首を振った。
「私は容姿以外何も持たない女でございます。位も低く、教養もない私のようなものの血を、ヴァレンシュタイン公爵家の中に入れるわけにはいきません。……今、城の方では公爵家同士の階級争いが激化していると耳にしております。私のことは忘れ、貴方に相応しい方を見つけてください」
「く……」
その美貌や教養の高さ、性格の良さゆえに、多くの領主や公爵家などの人間から縁談話を持ち掛けられるのだが、それをその度に断ってきた。
目の前の男も、国の政を任される有力貴族——ヴァレンシュタイン家のその嫡男。
フェルティナとは対照的に、煌びやかな輝きを感じさせる金の髪。
幼さは残るものの鼻筋の整った美しい顔立ち。
彼もまた人目を惹く美貌の持ち主である。
美貌ゆえに高嶺の花扱いされることも少なくないフェルティナだが、そんな彼女に唯一釣り合うと語り草になるのがヴァレンシュタイン公爵だ。
彼は茶会に度々訪れ、時折このようにフェルティナに縁談話を持ち掛けるのだが、その度に断られている状況だった。
残念そうに小さく息を吐いた後、傍に控えていた使用人と思わしき男がヴァレンシュタイン公爵に耳打ちをする。
「もうそんな時間か」
ヴァレンシュタイン公爵は襟を整えながら立ちあがった。
「……爵位の違いはあれども、僕の愛は本物だ。今の権力争いが落ち着いたときに、もう一度答えを聞かせてくれるかい」
彼もまた忙しい人間。
本来であればフェルティナよりも位が高いヴァレンシュタイン公爵が、政の間に時間をわざわざ作ってまで、王都から遠く離れた辺境の地に足を運び、求婚するというのは異例ともいえる対応であった。
「ごきげんよう。ヴァレンシュタイン公爵」
表まで付き添い、馬車で去り行く姿を優しく手を取って見送った。
見送りを終え、広い自室に戻ったフェルティナは、「お茶を淹れてくださるかしら」と侍女頭に告げてから、部屋のベッドに疲れたように倒れこんだ。
そして、
あ“ぁ~~~~~~…………、ようやく帰ってくれましたわ。ヴァレンシュタイン公爵。
1時間半に及ぶ茶会。その役目を終えたフェルティナは表情を崩し、大きく疲れた息を吐いた。
フェルティナにとって、ヴァレンシュタイン公爵との茶会は最も嫌いなイベントとなっている。
頻度で言うと1月に一度あるか無いかなのだが、その対応を終える度に一生分のストレスがフェルティナを襲って来るのだった。
誤解がないように言っておくが、フェルティナはヴァレンシュタイン公爵のことが嫌いというわけではない。人間性だけで見るならむしろ好きだ。
公爵家という立場にありながら、その位の高さをひけらかすような真似はせず、あくまで一人の男性として、フェルティナと接してくれている。
本来は誘われれば自分から赴かなければならない茶会も、「フェルティナ嬢が遠出で疲れてしまわないように」とわざわざ時間を設けてヴァレンシュタイン公爵側から会いに来てくれる。
上の位でありながらも、他者への配慮を怠らず、礼儀正しく丁寧に人と接する彼の人柄をフェルティナは高く評価しており、一人の人間として尊敬していた。
なので縁談はフェルティナ側にとっても決して悪くない話ではあるのだが、それを破談にし続けるのには深刻な理由がある。
「今日持ってこられたお菓子も、全然味がしませんでしたわ……」
理由は一つにして単純明快。
フェルティナとヴァレンシュタイン公爵は、絶望的なまでに食事の嗜好が合わないのだった。




