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前半

この国と隣国は長年にわたり、領地をめぐり争いを繰り返してきた。

戦況は一進一退で、領地の境界線は日々変わっていた。

こちらが取り返せば、数日後には奪い返される。そんな事も往々にしてあった。

今馬車により進んでいるこの道もそんな激戦地を横断する道だった。

我々がこの道を確保したのも数日前の事。またいつ取り返そうと敵国が攻めてくるともわからない。

馬車の中からでは外がちゃんと確認できないが、馬車の外には兵士が付き従って居るので、そうそう襲われる事もないだろう。

そんないらぬ心配を考えながら、何気なしに外をうかがう。

「奴らがこのままこの道を諦めてくれれば、色々と楽にはなるんですけどね」

「まあ、そうはならんだろうな。この道は要だ。どちらが持っているかで大きく戦況が変わる。

そのうち死に物狂いで攻めてくるだろうさ」

向かいの席に座る上官がにやけながら答える。

上官の頭の中には既にどのように攻めてくるかまで予想が出来ているのだろう。その上で、対処しきれると判断しているのだろう。

上官の戦略家としての才能は一流だった。

人数的にも地形的にも不利であるはずのこちらが状況を拮抗まで押し返せているのも、上官の手腕による部分が大きい。

軍人としては尊敬に値する。

「軍人」としては。

そんな上官が馬車に乗って、最前線を回る。

部下からの報告だけでなく、自分の目でも状況を見て判断をするらしい。

前線基地を回り終わり、宿営地に戻る最中。

既に日は沈み、馬車の灯りで照らされている僅かな範囲以外は闇に閉ざされている。

不意に御者が手綱を引き、馬車が左右に揺れる。

何事かと思い外を見るとどうやら道を歩く人が居た為、避けるためだったようだ。

その人物はすぐに後方に流れていく。その一瞬でもその人物が武装していない、ただの一般人の女性であると確認できた。

私は問題ないと思い、特に気にもかけなかった。

だが上官は違った。

「おい、御者。止まれ」

馬車の中から声をかける。御者は手綱を操り馬の歩みを止める。

「何か気が付いたのですか」

「女だっただろう」

「そうですが、」

「ちょうど女が欲しいと思ってた所だ」

上官は馬車を降りて、先ほど通り過ぎた女性の方に向かう。

私は大きくため息を付いた。

上官は戦争に関しては天賦の才が有るが、人としてはとても弁明が出来るものですら無かった。

言ってしまえばクズだった。

女性を囲うためにこうして見かけた人を武力と権力をもって従わせる。

本人は高笑いをしているが、その横で女性がすすり泣いているのを何度見かけた事か。

今回も哀れにも犠牲になる女性が出てしまった。

この道を少し行けば村がある。その村の女性だろうか。

馬車の外からは上官と女性の口論がわずかに聞こえてくる。

上官に言われて素直に従う女性が居るとは思えないが、とても断れる状況ではないだろう。

口論が止んだと思った次の瞬間、絹を裂くような女性の悲鳴が響く。

慌てて馬車から身を乗り出して様子をうかがうと、女性はその場に崩れ落ち、上官は剣を抜いていた。

こちらが飛び出す前に上官が馬車に戻ってきた。

「まったく、田舎の女は口の利き方すら知らない」

腹立たしそうに吐き捨てると上官は馬車に乗り込んだ。

「御者。とっとと出発しろ」

苛立ちを御者にぶつける。

御者が慌てて手綱を操ったため、馬は急に走り出した。

「・・・ふんっ」

荒い鼻息と共に腕を組む上官の服には返り血が付いていた。

戦場で嫌というほど嗅いだ血の匂い。

だが、この時の匂いはこの上なく私の気分を害した。


当然だが、村は人のように移動は出来ない。

よほどの事でもない限り、村の家々を他所に移すことは難しい。

村が作られた当初は何も問題が無い良い場所だったとしても、時代が移り変わると共に状況は変わる。

村は属する国の国境付近の場所に位置していた。

そして、その国境の場所をめぐりこの国と隣国は戦争を続けていた。

公的には両国に書簡を出し、終戦時に村を領地とした方に無条件で従う事で、村への戦禍を防いでいた。

しかし、いつどちらの国から難癖を付けられて、滅ぼされるともわからない。

村は常に危機にさらされていた。

直接村に攻め込まれなくても、悲劇は村に訪れる。

「大変だ、早く一緒に来てくれ」

慌てる友人に連れられて、村の入り口まで急ぐ。

そこには地面に横たわり布を掛けられた人の姿。

布からわずかにはみ出した裾の柄に見覚えが有る。

「・・・まさか、」

駆け寄り布をはぐ。

昨日用事が有ると言って、遅い時間に家を出た娘。

遅い時間だったから用事が有った先の家で、一晩の宿を借りたのだろうと思い込んでいたのに。

悪い予感が杞憂で済むように、なるべく深く考えないように、自分に甘い考えを吹き込んでいたのに。

それら全てを打ち壊す現実が、目の前に突き付けられる。

「ああ、なんて事だ。ああ、ソフィアよ。目を開けてくれ」

私の嘆きに娘が応じる事は無かった。

粛々と娘の葬儀が執り行われた。

まさか親である私が娘を送り出す事になろうとは。

涙の枯れ果てた私に、村の友人たちが哀悼の言葉を掛けてくれる。

その一言一言が温かく、枯れ果てたと思っていた涙をまた流させる。

そんな友人たちに混ざり一人の男が参列してくれた。

村人たちのくたびれた服とは違い、彼は余計なしわ一つない軍服に身を包んでいた。

「ソフィアさんの事、本当に残念に思います」

「ああ、君も来てくれたのか」

「話を聞いて驚きました。居ても立っても居られず、職務を放り出してきてしまいました。

しかし、本当に残念です。こんな不幸がソフィアさんを襲うなんて」

娘は一刀のもとに切り伏せられていた。その痛々しい傷跡は今でも脳裏に焼き付いている。

「このような悲劇を起こさせないために、我々軍人が居るのに。不甲斐ない思いでいっぱいです」

「・・・戦争さえ無ければ、娘はこんな目に合わなかったのだろうか」

誰に宛てたでもない、私の独り言。彼は申し訳なさそうに目を伏せた。

彼は一つ深呼吸をすると顔を上げた。

「・・・この話をあなたにするかどうか、ずっと迷っていました。

ですが、あなたには知る権利が有る。

あなたの娘さん、ソフィアさんを殺害したのは敵国の司令官です」

「・・・」

「軍の情報ですから確証はあります。敵国の馬車が通り過ぎた後にソフィアさんは倒れていたそうです。

私ごときが言うのもあれですが、必ずや敵国を打ち負かし、敵国の司令官を仇討ちして見せます」

彼は真っ直ぐな瞳で宣言した。

彼の言うことを信じたい。きっと彼ならやり遂げるだろう。

だが、私の中の黒い感情はそれで良しとはしたがらなかった。

「確かに君なら仇討ちを果たしてくれるだろう。

だが、私の心がそれでは納得しない。この自分の手で、その敵国の司令官とやらに剣を突き刺さねば、私の憎しみの心は晴れない」

「・・・ですが、あなたの歳では、自らの最期を早めるだけです」

「分かってる、分かってはいる。だが、」

彼の言う事が正しいのだろう。だが、私の心がそれ受け入れられない。

うつむく私を見て、彼はしばらく考え込んだ後で言葉を発した。

「・・・分かりました。兵士の訓練所に話を付けておきます。

想いも必要ですが、それを実行するための技術も大切です」

彼は冷静の中にも諦めが混じった目で私にそう告げた。


兵士志願する者のほとんどがその高い賃金が目当てで有り、私のような目的の者はほとんど居ない。

ただ日々の訓練をとりあえずこなし賃金をせびる者と、明確な目標を持って技能を求める者とでは明確に差が出た。

すぐに一通りの技術を身に付けた私は、早々に戦場に出ることになった。

戦場は一言で言えば混乱そのものであった

私は襲いかかる敵をなぎ倒し続けた。

腕が痺れ足が震え始めた頃になって、敵の数が明らかに減った。

気がつけば戦は終わっていた。

先ほどまで戦場だった、ただの平原の端っこで呆けていた私は不意に声をかけられた。

「こちらでしたか。無事でよかったです」

「・・・ああ」

視線をあげると彼が居た。彼は着込んだ軍服に負傷の形跡こそ無かったが、土埃を被りシワだらけになっている事から、彼もまたその任務を懸命にこなしていたのであろう事が予想できる。

気の抜けた私の返事を聞いて何かを勘違いしたらしく彼は一つの提案をしてきた。

「今回はたまたま生き残れましたが次回もそうとは限りません。ここら辺で引くことをお勧めいたします。

あなたに戦場で倒れられるような事が有ったら、ソフィアさんに合わせる顔がありません」

彼の言う通り戦場で倒れる恐怖は確かにあった。しかしそれ以上に私の感情は別のことに動かされていた。

「・・・戦場とはこうも広いものなのだな」

「・・・」

「撤退していく敵軍の司令官の姿をはるか遠目にちらりとだけ見た。

・・・この距離は私の命がいくつあったら届くのであろう」

広い戦場のはるか先に敷かれた敵陣。その最奥に居た人物。遠すぎて顔すらわからない。

そこにたどり着いて、剣を突き刺す事がどれ程の事なのか。その事実が私にため息をつかせた。

「軍人として、あなた達の上官としては鼓舞すべきなのでしょうが。

本音を言えば、あなた自身が剣を突き立てる。それは絵空事に近いと思います」

お互いにため息を付く。

現実的な打開策が見つからないから、口から出るのは空想ばかりだった。

「・・・何とか近くまで行ければな」

「そうですね。気づかれずにか、もしくは警戒されずにか」

「警戒されずに、か」

一つの案を思いつく。彼もまた同時に思いついたらしく、口をはさむ。

「そんな成功のしようがない事をしようとしないでください。

そもそも、そんな事を行おうとするのであれば軍人として全力で止めなければなりません。

目の前で利敵行為をされて見過ごすわけには行きませんから」

「そりゃ、そうだな。なに、思いついただけさ」

「・・・」

会話はそれで終わった。

その日の夜更け。私は宿営地を抜け出した。心の中で彼に謝りながら。


戦争が長引いている以上、どちらかだけが兵士不足に困っているという事は起こりえない。

どちらの国も人手不足は深刻だった。

有り金のほとんどを使い、最低限の自前の防具をそろえる。

後は一振りの剣だけを携え、敵国の陣営を正面から訪ねた。

「私を兵として雇ってほしい」

それだけを門番の兵士に伝えた。

門番はあからさまに不信感を抱きながら、私を上から下まで見定めた。

「・・・試験は受けさせてやる。ただ、受かるとは思うなよ。役に立たない年寄りを雇う余裕なんか無いからな」

「公平に審査していただければ、それだけで結構です」

私の態度が気に入らなかったのか、門番は不機嫌になりつつ中に伝えた。

後日、数名と共に試験を受けた。

既にもと居た国で訓練を受けていた私は、何とか及第点を取り正式に採用された。

私のような老人の新兵は珍しい。

私の存在は瞬く間に軍の中で話題となった。そして、その噂は司令官の元にも届いた。

ある日の訓練の後、私は司令官に呼び出された。

ついにこの時が来た。

緊張で鼓動が早くなる。

娘の仇の顔をついに拝める。

「失礼します」

ノックをして司令官室に入る。

中には1人の男が机に向かい事務仕事に追われていた。

男は軍人らしく全身に筋肉をつけてはいたが、自分と同世代の老いる将校だった。

「すまないな、呼び出してしまって」

気さくとも思える軽い口ぶりで男は話出した。

「君の噂を聞いて、少し話をしたくなってね」

「私で良ければ」

「単刀直入聞くが、君は何のために志願したんだ。その年でわざわざ新兵になるなんて、よほどの理由だろう」

お前の胸に剣を突き立てるためだ、と飛び掛かりたい所を抑える。

男とはまだ机一つ分距離が有る。失敗するわけにはいかない。

私は何とか言葉を紡いだ。

「私には娘が居ました。正に目に入れても痛くないほど溺愛していた娘。

年頃という事もあり婚約もしていました。この戦が終わったら盛大に挙式を挙げてやるつもりでした。

それが、ある日突然全てを壊されました。

娘は無残に切り殺されていました。犯人はわかっています」

「・・・」

「敵国の司令官です。あいつが通りすぎた後に娘が倒れているのを見つけた者が居ました」

最後だけ嘘を付く。だが、それ以外は本当だ。目の前の男に剣を突き立てたい衝動は先ほどから必死に抑えている。

男は自らの悪行を思い出すこともなく、ただ憐みの瞳をこちらに向けてきた。

「それは、何とも、気の毒な事だ。

敵国の司令官、あの男ならやりかねないな。

君の気持ちは良くわかる。俺にも娘が居る。君の所よりはもっと若いちび助だがな。

いや、辛いことを聞き出すことになってしまってすまない」

「いえ。娘の復讐こそが私の生きがいですから」

「なるほど。ではこうしよう。君を私の傍に置こう。

この先、敵軍を攻め落とし敵の司令官の命を頂くときは、君に頼もう」

「・・・提案はありがたいですが、こんな得体のしれない奴を傍に置いて大丈夫ですか」

「君が金だけで動く傭兵だったら、そんな事はしない。あいつらは積まれた金の高さにしか平伏しない。

愛国心で付いてきてくれる兵たちも、その愛国心が戦場で摩耗する。いざとなったら自分の身が一番だ。

そこでいくと、君を突き動かすのは復讐心だけだ。

金を積まれようと、その身が危険にさらされても、君はきっとやり抜こうとするだろう。

裏切る心配が無い。それだけで自分の近くに置く価値がある」

そこまで言ったところで男は笑みをこぼす。

「と、言うのはただの建前さ。

俺は飲み仲間が欲しいんだ。同年代のな。

この宿営地に居るのは皆息子ほどの若い奴らばかりでな。俺みたいな老人には若い奴らの勢いがたまに付いていけなくなるんでな」

「私はそんなに強くないですよ」

「構わんさ。話し相手が欲しいだけだからな。

これからよろしく頼むよ」

男は椅子から立ち上がり、握手を求めてきた。

断る理由もないので握手を交わした。

司令官室を出て一人考えに耽った。

あの男にも娘が居ると言っていた。

だったら娘を突然奪われる苦しみの一かけらでも、私の娘を切り付ける時に思わなかったのだろうか。

それとも戦というのはそこまで人の心を摩耗させるのか。

その一方で一つ確信したのは、あの男は私の娘を切り伏せた事など全く覚えていないという事。

万が一にもそのことを悔いているのであればとも考えたが、そんな事は無さそうだ。

私が成し遂げるその時に、あの男に言い聞かせてやるのだ。

「私の娘を殺したのは、おまえだ」と。

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