終章 貴方の隣で、君と共に。
「よし、ここだ。」
深夜、僕はアリスを連れてやってきた場所は、監視ロボットの事務所だった。前に叔父さんたちと来た時に道を覚えておいてよかった。
僕は高まる心臓の音を抑え込む。震えそうな手で通行書を入口にあるパネルにかざす。すると目の前の扉が静かに開かれる。
「よし、行こうアリス。」
中は時間もあり暗闇に包まれている、唯一の明かりである非常灯を頼りに奥へ奥へと進む。心臓の音がうるさい。
「大丈夫ですか?ひなた様」
「うん、大丈夫、ありがとう。」
本能が思うままに進む、次第に非常灯の明かりも無くなっていく。不安に飲み込まれそうなとき、目の前に一段と大きな自動扉が待ち構えていた。僕が前に進もうとした時、初めてアリスに止められた。
「何か、悪いものがいる気がします…」
その時の僕は驚きや恐怖心よりも好奇心が上回っていた。
「大丈夫だよ、僕が着いてる。」
一歩前に歩みだす、扉が勢いよく開かれる。
中には謎に包まれた大きなコンピュータが威風堂々と鎮座している。
「これはなんだ…?」
アリスが重い口を開く。
「これは、この街のアンドロイドを記憶し、データを集めている機械です。」
「そんなものがどうしてこんな所に…?もっと市役所とか国会とかさ……」
「うあっ…!あああ!」
次の瞬間、アリスが頭を抱えて倒れ込む。その顔には悲痛が浮かんでいる。
「アリス!どうしたんだ!」
「ああああ!……」
しばらく頭を抱えたあと、アリスは何事も無かったかのように起き上がる。
「アリス…?」
「……」
その目には何も映らない、光が消えたのだ。いつも見入ってしまうほどの綺麗な瞳が無くなってしまった。
「まさか…やっぱり今までの犯人はアリスなのかい…?」
「……」
嫌な予感、頭のどこかではアリスを疑っていた、でも僕はそんな現実を受け入れられない、だから目を瞑っていた、見たくなかったんだ。
「おい!答えてくれよ!」
僕がどれだけ声を荒らげても、アリスに呼びかけても肩をゆすっても何一つ反応を示さない。
「もしかして…本当に君がやったのか…?」
「……」
「じゃあ、今まで何のために捜査を……ふざけないでくれよ!この…!」
僕は拳を振り上げる。たが力を込めた拳は上がりきったところで止まる。
「……君を殴るなんて…出来ないよ……」
僕は絶望の海に沈んだ、その時、後ろの扉が開いた。
「さぁ、悪い子はどこかな?隣の子に、最愛の子に、殺されちゃうのかな?待っていたよこの時を、君を殺して、時期に君の叔父さんにトドメを刺そうかな」
聞いたことのある声が部屋中に響いた。
「東雲さん…?どうして…?」
「察しが悪いね君、アリスくんをそうしたのも、蜥蜴組のヤツらを殺したのも全部ボクだ。」
全身から大量の汗が吹き出てくる。
「ボクはそいつらに両親を殺されたんだ、出雲家一家殺人事件、知らないのかい?」
身体中を寒気が駆け抜ける
「名前が違うから分からなかったのかい?そうでもしないと狙われちゃうからね、やつらに、だってボクは子供の頃、アイツらの組長を殺しているんだ、そこから変わった新しい組長が組織ごと足を洗ったらしいけど、もう無理だよね!」
僕はただ黙ることしか出来ない。
「殺すと逮捕されちゃうんだよ?だからボクは行方不明ってことにして名前も変えた。それに奴らを全滅させるっていう目的を果たす前に逮捕されるのはまずい、だからボクを怪しんでいた君たちを手にかけた。」
がんじがらめになっていた謎が一つ一つ解けて行った。
「あんたが犯人だったなんて…!でもどうやって……」
「認識阻害。見に来た時、かけたでしょ」
背筋が凍りつく、冷や汗が止まらない。
「あれは監視ロボット同士を見えなくさせるためのもの、君たちは何も考えることなく使ったよね、そりゃ何も映らないさ」
「つまり……」
その瞬間扉の奥から無数の監視ロボットが侵入してくる。
「ボクはこいつらを使って奴らを殺していたんだよ。」
ロボットの手には見たことがない歪な形をした、人を殺めるには容易そうな刃物が握られている。
「逃げようアリス!」
何を話さない、微動だにしないアリスの手を引いて、一目散に外へと続く扉に向かって逃げ出した。
「ここは…?」
逃げ出した僕らを待ち構えていたのは廃棄となったロボットや、本体を輸入のために使われたであろうコンテナが散乱している。
「君たちに逃げ場は無いよ。」
「東雲さん…騙していたんですか!僕たちのことを!」
「騙す?それは本来、味方が味方がを裏切ったときに使う言葉だ、はなから君たちを味方だなんて思っていないよ。」
絶望で塗られていた僕の心が怒りで満たされていく。
「ふざけるな!おじさんたちがどんな思いで!」
「ふざけてなどいないさ!君たちこそ邪魔しないでもらえるかなぁ!」
互いに声を張り上げる、東雲は真っ直ぐ僕らを見つめてくる。その目には勝ちを確信した優越感や、底知れない憎悪や悪意で満ち溢れている。
「もういいかな?ここまで話したんだ、君には僕に殺される権利を与えよう。」
東雲がロボットから刃物を奪う。
「さあこれで死んでもらおうか!」
僕は目を瞑ってしまう、ここで死ぬのか、そう思っていたが刃物が僕に刺さることは無かった。
「な…!どうして!」
僕の目の前にはアリスが立っていた。彼女の腹部へと刺さるはずだった刃物はぐにゃりと形を変えている。
「お前!どうやってハッキングを解いたんだ!」
「…………愛の…力です!」
「精神コントロールが感情に押し負けるなんて…!もっと強いシステムを……!」
東雲が目を逸らした瞬間、隙を見たアリスが彼を押し飛ばした。
「うわ!」
押された衝撃で不運にも自分で持っていた、変形した刃物が足に突き刺さる。
「ああああ!」
それは蛇のようにくねくねとしているが故に、皮膚を貫き肉を割き大量の血を吹き出させた。
東雲の顔が苦痛で歪む。
「許さないぞ…!さっさと行け!」
監視ロボットがジリジリと僕らに向かって動き出した。
「ひなた様…………ます。」
アリスが僕の名前を呼んだ、そのとき、ものすごい勢いで後ろへ引かれた。
僕はコンテナの中に引きずり込まれた。
「アリス!何をして!」
ブチブチと電線の引きちぎれる鈍い音が響き渡る。アリスの嗚咽が混じる。
バチバチと痛々しい音を立てながらエンジンの起動する音が鳴る。
「アリス!ダメだ!中に入るんだ!」
「ダメですひなた様、私のジェットパックは、一度私から離れたら外からしか起動できません。」
「そんな!待ってくれアリス!」
「ひなた様…」
「ダメだ!君がいないと!俺はどうなったっていい!君が死を選ぶのなら……」
「ひなた!」
アリスが声を荒らげる。
「ひなた、私に、言葉を教えてくれてありがとう、幸せを教えてくれてありがとう、愛を…教えてくれて、ありがとう」
アリスの目には大粒の涙が、それはまるで一輪の花が散るような。
「大好きです、ひなた様。今まで、ありがとう、ずっと、ずっと、愛してます!」
僕が返答をする前にコンテナの扉が激しく閉められる。東雲の叫び声がかすかに聞こえた、暗闇の中、壁や床が激しく鼓動する。
ぐわんとコンテナが浮かび上がる、息をする間もなく空へと飛び上がった。僕は何も出来ない、激しく揺れる箱の中では立つことすら許されない。壁もどこか分からないほどの深い闇、自分を責めることしか許されない。
時期にコンテナが降下を始める、下がりに下がった後、ものすごい衝撃が僕に襲いかかった。痛みが全身に走る、僕は気を失った。
目を覚ませば微かな光が刺していた、それを頼りに這い上がる。扉の隙間から体を引き抜いた僕は痛みを忘れ、颯爽とアリスの元へと急いだ。
「神様どうか…!僕はまだはアリスに愛してると伝えていない…!」
青がかった灰色の空の中、僕は無我夢中に走った。頬に滴る鮮血すら置いていく、アリスに会いたい、その一心で、肺が破れそうだ足も砕けそうだ、だが走ることをやめなかった。
必死の思いでアリスの元へ戻った僕の願いは虚しく、辺りは一面粉々になったロボットの残骸で溢れていた。絶望の海は僕を嬉々として引きずり込む。
そのとき、僕はキラリと光る小さな何かを見つける、それはアリスが大切に身につけていたペンダントだった。最後まで握っていた後が強く残っていた。
「アリス…アリス……」
僕はペンダントを握りしめる、痛々しいほどに、自分の無力を知った。中の写真を見ようと、僕は蓋を開ける、すると中には写真とは別に、コンタクトレンズのようなものが入っていた。
「これは、アリスの目の部品…?」
ペンダントには遊園地での思い出が刻まれている。
「…刻む…瞳?もしかしたら……」
――二年後――
卒業式を終えた僕は、寂しい気持ちを桜の花びらに乗せて大学を後にする。
カタカタカタと部屋中にパソコンを叩く音が響く。アリスが僕に託したコンタクトレンズは、データを記憶する物だった。
「よし、これで…やっと……」
僕はアリスのコンタクトレンズをアンドロイドにはめ込んだ。
この少女は平均より少し小柄で、浅葱色の綺麗な瞳に、髪の毛は肩につかないほどの長さ、今にも消えてしまいそうな透明感が溢れる金色をしている。
電源ボタンを押した瞬間、熱を外へと逃がすファンが回り出し、青白い光を放った。
「家庭用アンドロイド、1410番、起動します。」
「アリス…!久しぶり!」
窓から差し込む斜陽に、綺麗な髪の毛が反射する、それは一段と輝きを放っている。目を開いたアリスが僕に笑顔を向ける、見た事のある笑顔、引き寄せられる笑顔、僕が心を奪われたこの笑顔。
「ただいまです、ひなた様!何か言うことは?」
「愛しているよ、アリス!」
「えへへ!私も!」
僕らは笑い合う。ずっと君に言いたかったこの言葉、今ようやく君に伝えられた。これからたくさんのことが思い出になって行く、それを一つ一つこの目に刻んで行こう、データの容量が無くなるまで。
君の瞳が、想い出でいっぱいになるように。
――君の瞳は想い出を。――




