四章 冷たい感情と、暖かい君
村田さんには感謝しきれないほどお世話になった、せめて最後くらい、ちゃんとありがとうと伝えたかった。
「ごめんな陽太、村田さん、襲われてすぐ死んじまった。」
「平気だよ。」
僕はぐっと涙を飲んだ
「ごめん…僕がもっと警戒して監視していれば…」
「いや、東雲さんのせいじゃないですよ。」
「ひなた様……」
和尚さんのお経が始まる、涙はこらえられなかった。たった一年半の付き合い、その時間は短くてもかけがえの無いものだった。
「ひなた様……?」
「ありがとうアリス、もう泣かない。」
アリスはそっと僕の手を握ってくれた。
「おや、君は陽太君、かな?」
僕に声をかけてきた男性は、肩幅が広く身長は平均より高いだろう。短髪の頭には白髪が見え、顎に髭を生やした目の大きな四十代くらいの人だった。
「初めまして、僕は村田君の同僚で、君の話をよく聞いたよ、優しい子が居てよく癒されてると。」
それを聞いた時、また僕は涙が溢れそうになった。
「君の話を聞かせてくれないかな」
「おじさんと村田さんが助けてくれなかったら、今の僕は居ないと思います。沢山助けられました、金銭面はもちろん、精神的にも。」
僕は洗いざらい話した、ミステリー小説の考察に付き合ってくれたり、色んな事件の解決方法を教えてくれたり、何より僕の不安を拭ってくれた、村田さんにとっては普通のことなのかもしれないけど、僕からしたら何よりも嬉しかった。
「ありがとう、やっぱり健二郎は愛されていたんだね。」
僕が涙を堪えながら話している中、アリスはずっと僕の手を握ってくれていた。
「ひなた様…?」
「ありがとうアリス、君は涙を流すのかい?」
「一応流すことは出来るのですが、特定の条件が無いと流せないみたいなのデス……」
「そうなのか、それは苦楽、悲喜、哀悼。感情から来るものではなさそうだね。」
「んー…私にも分からないのデス……」
言われてみれば、機械が涙を流すなど聞いたことがない、いや、この言い方はやめよう。虚しくなるのは僕の方だから。
「ひなた様……私」
「ひなたでいいよ、アリス、ひなたでいい。様を付けなくていいよ。あ、今何か言いかけた?」
「あ、えっと、ひな…たを元気づけれるように頑張りマス!えへへ、慣れないデスネ」
アリスは赤面した。僕はそれを見て少しだけ救われた感覚になった。
「でも、呼び捨ては私のしたいときにしまス!」
「そっか、ありがとう」
自宅へと帰ってきた僕たちは、ずっしりとした重たい空気を持ち帰ってきた。
「ひなた様…?」
「じゃあ、お風呂に入って寝ようか」
「あ…はい……」
シャワーを浴びると、暖かいお湯とは反対に冷たい感情が僕を襲う。
風呂を出た僕は吸い込まれるように自室へ逃げ込んだ。
「ひなた様……」
朝は不思議だ。昨日真隣で感じていた負の感情が嘘のように消え去っている。
「まったく、あれだけ散々僕を惑わしたくせに、今になって隣に居ないのか。」
「ひなた…様……?私はいつでも隣に…居ますよ、?」
僕の足元には床で丸まって寝ていたアリスが居た。
「ア、アリス、?何故ここに、てかベッドで寝無かったのか?!」
アリスが今にも閉じそうな目をこする。
「んん…ひなた様が心配で……ふわぁ……」
大きなあくびをする。
「ごめんアリス。僕は君の気を知らないで眠ってしまった……」
「イイエ、昨夜ひなた様の部屋の前を通りかかった時、悪夢にうなされていたようでしたノデ、傍に居ようと……」
「ごめんね、すぐにご飯にしよう」
罪悪感と共に卵とベーコンを焼く。僕は悲観的になると周りが見えなくなる、これは自分しか見えてない証拠だ。
「出来たよアリス、昨日はなんて言うか、ありがとう。」
「いえいえ!お任せ下さい!」
やはりこの笑顔を見ると心の海に落ちた気持ちが救われるような感覚になる。
「お返しと言うか、前に村田さんがくれた物があるんだ。」
僕はそっと遊園地のチケットをアリスに差し出す。
「一緒に行かないかい?」
「これは何でスカ?」
「これはね、遊園地と言ってとっても楽しいところなんだ。」
「行きます!でも、ひなた様とならどんな所でも楽しいでスヨ!」
「ありがとう、そう言って貰えて嬉しい。」
アリスの目が輝いている。
「明日は何を持っていけばいいですか?」
「そうだなーアリスは何でも搭載されているから特に要らないんじゃないかな?」
「分かりました!」
辺りはすっかり暗くなり、時刻は二十時をまわる中、僕らは明日の準備を進めている。
「そろそろお風呂に入ろう、寝不足が一番の敵だよ。」
「分かりました!」
この時間は嫌いだ。冷えきった負の感情がふつふつと湧き上がってくる。
風呂を済ませ、自室に入ろうとする体をアリスの声が止めた。
「ひなた様…今日、同じベッドで寝ていいですか、?」
「どうしたんだい?珍しいね。」
「少し…寂しいのデス。」
驚きの感情とは別の感情が芽を出す。
「じゃあ、おいで」
アリスと同じ布団に入る。アリスは暖かく柔らかい、今にも壊してしまいそうなほどに。
二人だけの温もりを肌で感じながら、僕は眠りについた。
「ひなた様!人々が悲鳴を上げています!乗り物が暴走しているのでしょうか…助けなければ!」
「アリス、あれはジェットコースターと言って、みんな乗りたくて乗ってるんだよ、僕たちも後で乗ろうか。」
「ひなた様は私の背中に乗ればこれ以上の体験が出来ますよ!どうぞ!ひなた様限定でス!」
「いや、それは遠慮しておくよ、それよりほら、手貸して。」
たくさんの人達が一気に集まる場所、それが遊園地だ、僕たちはお互いはぐれないように手を繋ぐ。
「アリス、お化け屋敷、入ってみよっか」
「なんですか?このボロボロな家は」
「入って見たらわかるよ」
チケットをかざして中に入る。
「キャーーーー!ウワーーーー!」
アリスの悲鳴が屋敷中に響き渡る、同時に僕の鼓膜も震える。
「これがお化け屋敷だよアリス、面白いでしょ」
「ひなた様はなんで平気なんですか?!尋常じゃありマセン!」
手を繋ぎ密着しながら道を進む。僕はお化け屋敷よりアリスに集中する。ああ可愛い、ただそれだけだった。
「怖かったデス…でも楽しかった!」
「それならよかったよ」
「次は何に乗りまスカ?」
「そうだね、コーヒーカップでも行ってみようか。」
待ち時間が短いものはスムーズに乗ることが出来る。
「回ります!回りますひなた様!」
「アリス!止めてくれ!目が!目が回るから!」
「ひなた!次はあれ!」
プルル……
叔父さんからの着信だ
「『 楽しんでるか?そのチケット、アトラクション乗り放題らしいじゃないか』」
「ほんとに、ちゃんと村田さんにお礼を言いたかったよ」
「『村田さんな、嫁もいねぇし陽太と陽太の彼女にってことで渡したかったらしいぞ』」
僕はこのチケットを貰った時、この子はアンドロイドだと打ち明けていない、なので村田さんは僕に彼女がいると思っている。
「今度、お墓参り行こうよ」
「『ああ、付き合うぞ』」
プツリと電話を切る
「私も一緒に行ってもいいですか?」
「もちろんだよ、その方が村田さんも嬉しいと思うし。」
あまり故人を思うことは無いのだけれど、村田さんには感謝しかない。そう思えた。
「あ!そこのお二人!宜しければ観覧車をバックにお写真お撮りしますよ!」
スタッフの人に声をかけられる。
「ひなた!記念に撮ろ!」
アリスの高揚が手に取って分かる。
「いいね、せっかくだしお願いしよっか」
僕らは身を寄せる。
「行きますよー!笑ってー!」
カシャっとシャッターの切れる音が響いた。
「ではこちらのお写真、彼氏さんのスマホにお送りいたしますね!」
そこに映る僕らは正真正銘カップルだった、ドキドキする心臓をグッと抑え、そっと待受にした。
「只今キャンペーン中でして、こちらのペンダントをご購入頂ければ今撮ったお写真をこの中にお入れいたします!いかがですか?」
アリスの目がキラキラと輝き出した。
「じゃあ、お願いします。」
「わーい!嬉しいです!大切にします!」
「良かったね似合うじゃん!」
それは懐中時計のような見た目をしていて、蓋が開くようになっている。中には僕とアリスの満面の笑みが刻まれていた。
「これは思い出がちゃんと形になって嬉しいです。」
アリスはペンダントを握る。
「ほら、行こうよアリス!」
「はい!」
アリスの手を引く、自然と小走りになる。その一歩一歩は思い出として頭の中に刻まれる、高揚する気持ち、ほろほろとこぼれ落ちる笑顔、そこにあるもの全てが大切な思い出になって僕の頭の中に濃く残った。
「楽しかったー!たくさん遊びマシタ!」
紅い空が雲を燃やして橙色に輝いている。
「じゃあそろそろ、あれに乗ろうか。」
僕は観覧車を指さす
「ゆっくり飛んでいます!」
「空からこの街を見下ろそうよ」
時計の針のように観覧車はゆっくり回転する、高くなるにつれ見える景色が広くなる。するとアリスが神妙な顔で口を開いた。
「ひなた、私、工場で作られて、この街に運ばれて、貴方に出逢って。不安なことが沢山あった、沢山失敗して沢山の人に迷惑をかけたかもしれない。だけど貴方は励ましてくれて、そばに居てくれて。私、今とっても幸せです!」
「アリス、幸せの意味を……」
「今なら胸を張って言えます!私は幸せです。あの日ひなた様が言った、幸せを見つけてみな。その答えを私は見つけましたよ、ここに。」
アリスは僕を指さした。
「アリス…僕も君と同じ気持ちだ。幸せだよ。」
僕たちは相手が照れている事をお互いに知って恥ずかしくなる。でもそれは心地が良くて、ずっとこうしていたいと思う程に心を揺さぶってくる。気がつけば観覧車は頂上に到着し、真っ赤に燃えている太陽が街を照らす、数々に並ぶ民家の一つ一つはまるで宝石のようにキラキラと輝いている。
ふと前を見れば、アリスの顔が陽に照らされ、今にも消えてしまいそうな光を放つ髪の毛に、一段と輝く綺麗な瞳に目を奪われる。この子はなんて「綺麗…」なんだ。
「ん?なんですか?ひなた様」
「ああいや、綺麗だなって……」
「ほんと、こんな綺麗な夕日をふたりじめだなんて、贅沢ですね!」
「いや、僕が言ったのは、君が綺麗だなと…」
「え?!私?!えっと、あ、ありがとう…ございます…え、えへへ!て、照れますねこれ…嬉しいです。」
アリスは天使のような微笑みを僕に返してくれた。ちゃんと面と向かって綺麗だよと伝えられる日は、いつか来るのだろうか。
「ひなた、私ずっと一緒に居たいです。貴方と、一緒に。だから愛……いや、ちょっと違う…とにかく!一緒に居たいのです!」
「僕も同じ気持ちだよ、君と居たい。」
いつか君に大好きだよと、いつか君に愛してるよと、伝えられる日が来ることを、空を燃やす大きな宝石に願う。君の事を想いながら。




