二章 愛ってなんデスカ?
現場を見てからしばらく経ったが、僕らは何も分からないままだった。
「ひなた様、洗濯が終わりましタワ!」
「ありがとうアリス、だいぶ慣れてきたね」
「ひなた様が一つ一つ丁寧に教えてくれたからでスワ!」
「君が頑張ったんだよ、あそうだ、卵と牛乳が無かったんだ」
「買ってきますワ!」
アリスは外へ出て背中のジェットパックに電源を入れた。
「気をつけてねー」
どうやらアリスは最近見たお嬢様が主人公のアニメに影響されてるらしい、なるべく早く直さなきゃな。
「今日のニュースです、昨夜未明指定暴力団蜥蜴組組員の一人が刃物で刺され亡くなっているのが発見されました。蜥蜴組は過去に出雲家一家殺人事件を……」
ピッ
僕はテレビのスイッチを切る。
「今日も嫌なニュースだな」
数時間後
「ひなた様!大変でス!小鳥が地面に!」
アリスが慌てて玄関の扉を開けた、何かと思えば足を怪我した小鳥がアリスの手の上で必死に命を繋ぎとめていた。
「近くに親鳥は居なかったかい?恐らくだけど、この子は空を飛ぶ練習をしていたんじゃないか?」
「ジェットパックが無いのにどうやって空を飛ぶのですカ?親?練習?」
「とりあえず病院に連れていこう」
僕は動物病院の待合室でジェットパックが無くても空を飛べることを説明していた。
「鳥や人は翼を利用して飛ぶんだ、鳥は腕が翼になっててね?羽ばたかせることによって空気を押し上げて飛んでいるんだ。人は飛行機と言ってね、翼の形を変えてプロペラや君のようなエンジンを使って推進力の力で飛んでいるんだ。」
「人間さんは凄く空に執着していたのデスネ……」
すると受付の人が元気になった小鳥を連れてきた。
「ありがとうございます。じゃあアリス、この子が居たところに戻ろう」
そこは野草がびっしり生えていて、中央には子供たちが遊べる滑り台やブランコなどの、遊具が置いてある小さな公園だった。
「あそこの木の下デス」
アリスが指を指す方向には緑の葉っぱを携えた樹木が堂々と風に吹かれていた。
その木のふもとにカサカサと身動きする影を見つけた、僕がよく目を凝らすと少し大きな鳥があちらこちらと何かを探し回っていた。
「アリス、あの子が親鳥だ、バレないように離して僕らは遠くで見ていよう。」
すると小鳥の元にテクテクとやってきた親鳥は心配したんだと言わんばかりに小鳥に自分の身体を擦り合わせている。
「二羽は何をしているのデスカ?」
「あれが愛だよ。」
「愛ってなんデスカ?」
アリスはまだ愛すら知らないアンドロイドだ。
「愛って言うものはそうだな、おじさんからした僕みたいな特別な人に向ける感情、って言ったらわかるかな」
「ん、んー…難しいデス…」
「ほら、アリスがよく見ているお昼のドラマ、ああ言うので出てこないかい?」
「あ!つまり既婚者の男性と奥さんにバレないように子供を作り……」
「違う違う!そんなドロっとしたものじゃないよ!例えばほら、男の人がこの人と結婚するって決めた時に言う言葉と言うか……」
「つまりこの人とずっと一緒に居たいと思う人に向けて言う言葉と言うことデスカ?」
「何となくそんな感じだよ。」
「だとしたら私はひなた様を愛してイル?」
「それだと少しニュアンスが違う気がするけど、そうだなー、一緒に居たい、それ以上に相手を想う気持ち、それかな?」
「愛…奥が深すぎます……」
「(陽太クン!体調は平気カナ?村田さんはアレルギーでクサメが止まらないヨ!陽太クン僕の鼻かんで〜)」
村田さんから気持ちの悪いメールが届いた。
「(冗談はさておき、最近の若者で君みたいに警察に協力してくれる人は居なくてね、監視ロボットの事務所に来てみないかい?と言っても普通に警察署なんだけどね。一度に沢山の映像を見る必要があるのだけど、監視ロボットは間違えるはずがない!ってお堅い人が多くて、手伝って貰えないんだ、助太刀して貰えると嬉しいんだけど、君の叔父さんも同行だよ。)」
「(行きます。)」
村田さんの切り替えの寒暖差で風邪をひきそうだ、これさえ無ければいい人なのに……
「アリス少し出かけようか」
「背中に乗りまスカ?」
「いや大丈夫まだ生きたい」
見慣れた住宅街を抜けると、数々のビルが立ち並ぶ忙しい雰囲気を漂わせる場所に出た。
「アリス、ここが都会だよ」
「たくさんの人たちが小走りで!でもぶつかってないデス!」
「日本人の回避能力を舐めちゃいけないよ」
右へ左へ、うねる道をひたすら進んだ先に僕の叔父さんと村田さんが腕を組みながら談笑している。
「おお陽太、やっと来たか」
「ごめん、アリスが興奮しちゃって道に迷ってたんだ」
「私は動物じゃありまセン!」
「ははは!ほら、三人とも入るよ!」
中へ入るとずっしりとした空気感に僕は少し緊張を覚える。辺りには監視ロボットの部品となる車輪やカメラが無造作に置かれている。
「東雲は居るかー?」
村田さんが大きな声で呼び込んだ。
「困りますよ村田さん…大声出されちゃ、!受付の人を経由してください!!」
「いいじゃないか、来たんだから」
奥から走り気味に向かってきた男性は、平均より少し高い背と横に広い肩幅、顔からは暖かい笑みが溢れ、歳はいくつか若いように見える。
優しいゴーレムみたいな人だな……
「えっと、東雲です、東雲哲郎です、よろしくお願いします。」
「あ、河合陽太です」
「話は聞いているよ、映像を見るんだったよね、まず監視ロボットの目に接続してテレビに映像を出す。認識阻害を付けると障害物やロボット同士が見えなくなるから便利だよ。あ、あとプライバシーに関わることはやめてくれよ?」
手際の良さにこれが大人かと力量の差を少し感じたが大したことは無い、僕はこれからだ。成長していけばいつかこんな風に仕事をできるようになる。
「ここですが、村田さんに市川さん、本気でやるんですか?ものすごい量ですよ?」
「今回の事件、容疑者の影すら掴めない以上これに頼るしかないからね。」
「陽太、無理しないでいいからな」
叔父さんは常に僕を気遣ってくれる。
「アリスも居るし範囲を絞れば何とかなると思うよ。」
と意気込んでいたが、数時間後の僕はこの時の僕を心底呪ってやると思うのだった。
「ほんっっとうに多いなこれ…僕のふたつの目とひとつの脳じゃ処理しきれないよ……」
村田さんの言う通りだ、人間の限界をひしひしと感じてしまう。
「村田さん、あんた警視だろ?しっかりしてくれ…」
「そんなこと言われたって…このロボットたちただでさえ動くからひとつのカメラで見える範囲が広すぎるよ…僕だって人間だよ?限界があるよォ……」
「ひなた様、第三地区の映像の確認が終わりまシタ!次は第四地区を見まス!」
「アリス、君がいてよかった。」
血眼になり事件現場以外の地域も含め全ての監視映像を確認したが、それらしき証拠は何も集まらなかった。
「ごめんなひなたくん、今度ご飯でもご馳走するよ」
「いえいえ、村田さんは何も悪くないですよ。」
「はぁー、人の頭の中でも覗ければいいのに。そしたらその人の思い出とか記憶を読めるだろ?」
「村田さん、そんな事出来てたら最初から困ってないさ。」
どんよりとした空気が僕たちを包んでいた。唯一残っていたのは被害者が歩いているのを視認したと思えば、次の瞬間には苦しみ出し血が吹き出し、息絶える瞬間だけだった。
「唯一の証拠が謎に包まれていたらな……」
「でもあの亡くなる瞬間は貴重な証拠映像です、俺は戦いますよ、見えない犯人でも、裏に裏に隠された事実にも。」




