一章 近代日本で君と逢う
プロローグ
数々の物の人工知能化が進む日本は、ほとんどの仕事をアンドロイドがするようになった。そのせいで、日本の失業者は増える一方、だが失業手当は莫大で、そのお金で自分の幸せを見つける者も居る。結婚し子供を持つ、それは人間だけの話では無い、アンドロイドと恋をする者も居ると聞く。
「よし…!届いたぞ!家庭用アンドロイド!僕のタイプの女の子だ…!かわいいなー!」
僕の名前は河合陽太、昔からロボットが好きで電子電気工学、機械工学を学べる大学に進学し、二年生へと上がった。訳あって友人や両親の元を離れ、主にパソコンで出来る内職をしながら一人暮らしをしている。
そしてこれ、高校生の時からコツコツ貯めてきた大金をはたいて買った家庭用アンドロイド、それは家事をこなして、持ち主と一緒に暮らす。
このアンドロイドと結婚する人もよく居ると聞いたことがある。
容姿は人それぞれの好みになるため、この少女は平均より少し小柄で、浅葱色の綺麗な瞳に、髪の毛は肩につかないほどの長さ、今にも消えてしまいそうな透明感が溢れる金色をしている。体の周りにまとわりついている柔らかいシリコンは色白な肌を表す。
「よし!このボタンかな?あれ、ちがうこのボタンか??」
「ビー…ビー……」
「うわっ!びっくりした!!」
「あ、このボタンか」
電源ボタンらしき物を押した瞬間、熱を外へと逃がすファンが回り出し、青白い光を放った。
「家庭用アンドロイド、1410番、起動します。」
「おぉ…」
「あなたのお名前を教えてください。」
「えっと…河合陽太、十九歳で趣味は本を読むことです」
「カワイヒナタ様、では、私の名前を決めてください。」
「えっと…じゃあアリス…」
「アリス、承認しました。」
ガクンとアリスの顔が傾く
「えっと、アリス、?」
アリスがゆっくりと顔を上げる。
「オハヨウゴザイマス、ヒナタサマ」
――君の瞳は想い出を。――
アリスと出会ってから数日がたった、そして一緒に生活して分かったことがある、それはアリスが学習をするアンドロイドと言うことだ。
「ヒナタサマ、コノフクハドコニブラサゲマスカ?」
「アリス、それは洗濯物だろ?外に干すんだよ」
「ショウチシマシタ」
と、このように言葉がカタコトだったり、単語が分からなかったりする。だから言葉を覚えさせるためにテレビをつけっぱなしにする事がしょっちゅうある。ペットでも飼ったような感覚だ。
まだ家事を教えてから数日しか経ってないため中々慣れないようだ、この前だって砂糖と塩を間違えたり茹でなければ行けないものを炒めたりしていた。
ガシャァン!
「ワワワ!」
「ど、どうしたアリス?!」
どうやら物干し竿を盛大に倒したようだ。
「ゴ、ゴメンナサイ、ヒナタサマァ…」
アリスがしょんぼりした顔でこちらを見ている、アンドロイドは涙を流すのだろうか。
「ヒナタサマ!タマゴヲキラシテイマシタ!カッテキマス!」
そういうとアリスは玄関へ向かった、靴を履いて外へ出た途端、アリスは足を止めた。
「アリス?どうかしたのかい?」
「エンジンキドウ」
ヴイーンと轟音を立て、アリスの背中が開いた、それは今にも飛び立ちそうなジェットパックが中から飛び出してきた。
「待ってくれアリス!それで行くのかい?」
「ダイジョウブ!スグモドリマス!」
そういうとアリスは火を噴いて飛び去ってしまった、玄関前に置いておいた植物が灰になってしまった。
まぁ、こんな感じで失敗を重ねて行っている、だがそこがまた愛おしいのだ。そんな毎日が「幸せ…」だったりする。
「ン?シアワセッテナンデスカ?」
「ああ出てた?幸せって言うのはそうだなー、うん、これは君が見つけるべきじゃないかな。」
「シアワセ、シアワセ…ソレハキモチデスカ?」
「そうだね、これは人によって違う気持ちなんだ、君の幸せを見つけてみてね。」
「次のニュースです、指定暴力団蜥蜴組の若頭が何者かによって殺害されました。」
僕も昔までは日本に害をなす人間は死んでも構わないと思っていた。でもやっぱりこれはアリスの教育には良くないニュースだ。
僕は机の上に置いてあったリモコンを手に取り、チャンネルを変えた。
「ヒナタサマ、センタクガオワリマシタ」
「ありがとうアリス、じゃあ今日はオムライスの作り方を教えるね」
「ハイ!ガンバリマス!」
少しアリスの話し方が気にはなるが、それも愛嬌って事にしておこう、でもアリスは家事を一回教えればその通りに、完璧にやってくれる、優秀な子だ。教えるのが楽しい。
「まずは卵を割って――」
「ア!タマゴガクダケチリマシタ!」
横には見るも無惨な姿と化した卵が憎むようにこちらを見ていた。
「あええっと、優しく握るところからやろうか」
「次のニュースです。昨夜未明、二人組の男性の遺体が発見されました。町の人は(あの二人は有名なチンピラでね、よくカツアゲされてる人を見かけたものです、当然の報いと言えばそうなのかもしれないですけどけ)と述べています。なお、監視ロボットには何も写っていなかったそうです。彼らは指定暴力団蜥蜴組の組員で、蜥蜴組は過去に出雲家一家殺人事件に……」
僕はプツリとテレビを消す。
アリスにこんな物騒な言葉を覚えさせる訳には行かない。
「ヒナタ様、チンピラッテナンデスカ?」
「チンピラ…チンピラ……なんて言うか、大きな声出して脅して、んー、悪い人だよ!」
「ワルイヒト…」
改めてチンピラを説明しろと言われても難しいものだ、概念を説明すればいいのか代表例を話せばいいのか。
「ジャア、ハンニンハ チンピラデスノ?」
「んーそれはちょっと違うかな」
少しづつ言葉を覚えていくアリスに愛おしさを感じる、でも少しカタコトすぎるな。
「アリス、話す時強弱を意識してみて」
「キョウジャク、?」
「そう、波に乗るように話すんだ」
「わぁかぁりぃましぃたぁあなみにのるよぉに」
「えっと 、うん、ごめん、僕が悪かった」
僕のアドバイスが悪いせいでどこかの自動音声みたいになってしまった。
「どぉしてひぃなぁたぁさまがぁあやぁまるのですのぉお?」
「えと……うん、ごめん」
「昨夜未明、首の骨を折られて死亡している男性の遺体が発見されました。」
「ヒナタ様、何故コンナにヒトがシボウシテイルノデスか?ヒトをホウムッテイルヒトは何がモクテキナノデスノ?」
ここ数週間訃報が続いている、と言うか急に増え始めた。僕も少しは考えてみたのだ、通り魔説に殺し屋説、集団自殺説も考えていたが、刃物は見つかっていないという所から、後者の可能性は著しく低くなるし、百メートル圏内に監視ロボットが設置してあるのにも関わらず証拠が一切掴めていない。
――監視ロボット、それはこの国日本が、治安維持のためにプライバシーや自由を犠牲にして得た安全対策のロボットだ――
「アリス、犯人の目的はなんだと思う?」
「ハンニン、?」
陽太とアリスは好奇心に支配されていた。
「私、ハンニンが誰ナノカ気にナリマス!!」
「そんな事言われてもなー、影すら見せてくれない犯人だし」
「私タチで見ツケマショウ!」
「いいかい?アリス、犯人を見つけるのはとても大変な事なんだ。」
「ハンニン、見ツケラレナイのデスノ、?」
この子の悲しい表情は凄く胸が痛くなるんだ。その顔は反則だ。
「分かった!分かったからアリス!その顔をやめてくれ胸が痛む!」
「アリス頑張リマス!一緒に探シテクダサイ!」
「やれることはやってみるけどさー、期待しないでくれよ?」
「ありがとうゴザイマス!ヒナタ様!」
アリスは太陽のような笑顔で僕を見てくる、今にも焼かれそうだよ。
僕は最近起きた事件の記事やニュースを見返した、そして何個か共通点を見つけたんだ。
・犯人は夜が深い頃に犯行に及ぶ
・被害者は指定暴力団蜥蜴組組員
・急所を突かれて亡くなっている
・監視ロボットに全く映らない
だが犯人の尻尾を掴むようなヒントは見つからなかった。とても巧妙な手口で影すら見せない。だが、よほど手慣れた人物で無いとこんなは出来ないはずだ。
「アリス、この事件はよほど腕っ扱きの殺し屋か、手慣れた警官が犯行に関わってると思う。」
「ナルホド、日々訓練をシテイル人ジャナイと出来ないトイウコトデスね。」
そして今回の被害者は皆反社会的勢力だ。警察が治安を守るために少々手荒な手段に出たと考えられないだろうか。
「アリス、少しだけ現場を覗きに行こう」
「ワタシタチ、名探偵ミタイですネ!」
変わることの無い景色の住宅街を、アリスと並んで歩く。
「ヒナタ様、アリス、手を繋イデみたイでス」
「手、手を?!急にどうしたんだ…」
「先日見たテレビで手を繋イでる男女ガとても幸セソウでシた!」
なるほど、先週再放送していた恋愛ドラマを見て影響されたのか。
「いいよ、手、繋ごうか」
「ヤッター!ありがとうございます!」
僕はそっとアリスの手を取った。不思議にもアリスの手は暖かく柔らかい、本物の女の子の手のような。
「ヒナタ様の手…大きいデス…!何ダかドキドキシマす!!」
そんなことを言われると、こっちまで意識してしまう。そうだ、アリスは僕の理想の女の子だ。華奢な体で、短い金色の髪がなびく。お淑やかで好奇心旺盛な…
そんなことを考えていると、アリスと目が合った。
「ン?何デスかヒナタ様?アリスの顔に何か付イテイマすか?」
「ううん、何でもないよ」
「??」
キョトンとした顔もたまらなく好きだ。僕の顔をのぞき込むアリス、それに合わせて目をそらす。
「モウ!ヒナタ様っタラ!!」
「はは!かわいいねアリスは」
アリスは夕日のように顔を赤くした
「モウ…!ヒナタ様ったら……!」
しばらく歩くと、いつもと雰囲気の違う場所があった、僕らはずっしりとした重々しい空気に飲み込まれながら、現場へと到着した。そこには黒と黄色のストライプ柄のテープが張り巡らせてあり、それはまるで現実と非現実を隔てる壁のようだった。
「いかにもって感じだな…」
僕がテープをまたごうとした時、一体のアンドロイドが立ち塞がった。
「ココは立ち入り禁止です、別の道をご利用ください。」
望み薄かと思ったとき、聞き馴染みのある声が聞こえてきた。
「おお陽太じゃねぇか」
焦げ茶色のコートを羽織り、白髪がチラチラと顔をのぞかせている頭、そして幼い頃から聞いているこの声の主は市川総司、僕の叔父にあたる人だった。
「おじさん今日も捜査?」
「ここ最近の事件を調査しているんだけどな?証拠が何一つ見つからなくて困ってたんだよ。」
「僕にも手伝わせてよ、ミステリー小説よく読むの知ってるでしょ!」
「お前本物を舐めるなフィクションじゃないんだぞ」
僕が不満気な顔をしているとアリスが口を開く。
「私もキニナルのです、ゲーム感覚でヤッテミタイのです!」
「女の子が言うなら従うしかないカナ!」
そうだった。叔父さんは生粋の女好きで、遊びが酷く、三年前奥さんに家を出ていかれた。今までに何回ハニートラップに引っかかったことやら。
「でもな、教えたいところは山々なんだが上から情報が全く降りてこないんだ。今わかっているのがメディアに報道されたもののみだ、悪いな。」
「現場を見ることは出来ない?」
「誰にも言うなよ、他の奴らには俺から言っておく。」
そう言うと叔父さんは黒と黄色のテープを捲り上げる、少しだけ奥に進むと何かが腐ったような酸っぱい臭いが鼻腔をつく。
「うわ……」
「ヒナタ様、大丈夫デスか?」
そこには腐敗が進み体は淡い青色に変色し、血溜まりを作り、涙が出るほどの異臭を漂わせた遺体が目の前に横たわっていた。
「無理しなくていいぞ、始めて見るなら尚更キツイだろう。」
「いや……大丈夫……」
嘘だ。今にも逃げ出して風呂にでも入りたい気分だ。
「ヒナタ様、大丈夫デスか?無理しなくてイイですよ?」
「ありがとうアリス、君は気遣いの出来るアンドロイドなんだね。」
結局その日は何も証拠が見つからなかった。
プルル……着信の音で目を覚ました、叔父さんからだ。
「『陽太、俺の上司が玄関前の監視ロボットの点検をしてもらいたいらしいんだが、頼めるか?』」
「いいよ……」
叔父さんの上司、村田健二郎さんは警視を勤めていて、一人暮らしを始めてから、よく叔父さんの家に行くと村田さんも居て話を聞かせてもらっていた。
村田さんには世話になってるし事件のことを聞けるかもしれないので、助けることにした。
「いやー悪いねひなたくん!助かったよ!」
「いえいえ!お易い御用です。」
結局なにも聞けないまま修理が終わってしまった。
監視ロボットは赤い光の線を放ち、ずっしりと佇んでいる。
「このままありがとうさようならで返すのは申し分ない、景品で当たったんだが、いるか?遊園地のチケットだ、彼女でも連れて行ってこい!」
人あたりがよく、出会って数ヶ月の僕にお菓子やお皿など恵んでくれた。
アリス、誘ってみるか。