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みなまつり

作者: 八十島そら

 健康を薬で手に入れられる時代に。ステュクス製薬が、丑三つ時をお知らせします。


 夜艶貝(よつやかい)ダンがお届けする、熱帯夜をクールに過ごす十五分間「(かい)・ミントサプリ」。今回は、古都は陣堂(じんどう)府にお住まいのラジオネーム・川床サイコーさんの怪ミンストーリーをどうぞ。


 僕の親戚が体験したことです。彼には、高校の部活でお世話になった先輩がいました。去年の夏、彼は先輩に「みなまつりへ来ないか?」と誘われました。先輩の奥さんのふるさとで行われるお祭りだそうで、たくさんの人に楽しんでほしいということで、声をかけて回っていたようです。


 先輩、先輩の奥さん、彼をはじめとする誘われた人達で、ワゴン車に乗り、二時間ぐらいかけて、いくつも山を越えました。それから長い森の奥を行くと、全水村(またみむら)と書かれたボロボロの看板が立っていました。


「こんなド田舎に祭りなんてやれんのかよ」

「嫁さんの実家、終わってるな」

 長旅で疲れたせいか、毒づく人達が出てきました。先輩がたしなめましたが、やめませんでした。とうとう先輩は怒って、その二人を殴りました。奥さんはというと、全然気にせずニコニコしていました。

「みなまつりは、三つの掟を破らなかったら、何しても自由よ」

 奥さんが指を三本立てて、順に教えてくれました。


 ひとつ、注がれた水は必ず飲み干すこと

 ふたつ、水神様へのお供え物にふれないこと

 みっつ、お祭りの間は、ある言葉を言わないこと


 奥さんがある言葉を言っていたのですが、太鼓の音でよく聞こえなかったそうです。彼は「行儀良くしていれば良いのだろう。余計なこともしゃべらなければ大丈夫だ」と自分に言い聞かせていました。


 みなまつりは「水の祭」を意味していました。そうめん・うどん・そばの入った器には、なみなみと水が注がれていました。かき氷はみぞれのみで、半分溶けていてスプーンですくうよりも、飲む方が食べやすかったそうです。こども向けにフルーツ白玉や杏仁豆腐があったようですが、どちらもシロップが中身より多く入っていたそうです。水神様にお供えしていた物も、水分がたっぷりでした。

 村人はどこにでも打ち水をして、道がぬかるんでいました。車内では静かにしていた人達まで、歩きづらいあまりに愚痴をこぼしていました。


 祭りに誘われた人達は、先輩の奥さんがとってくれた宿に泊まりました。今時にしては珍しく、エアコンがついておらず、扇風機で暑さをしのぐしかありませんでした。蚊の羽音でなかなか寝付けなくて、起きて廊下をうろつく人が多かったそうです。

 先輩から電話がきて、彼は便所に駆け込みました。

「おまえ、三つ目の掟を聞いていたか?」

 こっちが聞きたいですよ、と彼は返しました。妻の故郷なんだから、あらかじめ教えてもらっているはずです。

「結婚したばかりだぞ。祭りのことは全然知らなくて」

 突然、通話が切れました。場所が場所ですから、電波状況が悪かったんだろうと思ったそうです。

 部屋の前まで来た時、隣の部屋にあてられた人が、彼を呼びました。その人の顔色は真っ青で、まるで何かにおびえているようでした。

「連れが姿を消した。いくら連絡してもつながらない」

 最後に見たのはいつだったのか、彼はその人に訊ねました。

「三十分くらい前だった。『喉が渇いた』と言って、下の食堂へ……」

 その人の目と口が、後ろからふさがれました。手……に見えましたが、人間や獣よりも太く長く、紫色で、ところどころにイボやただれた痕がありました。

「コノ村ニ、渇キハ、無イ…………!!」

 彼は我を忘れて宿を出ました。川に落ちてもいいから、村を離れなければ! うろ覚えですが来た道を走り、全水村の看板を通り過ぎました。




 自分だけでも助かりたい。みなまつりと全水村、これらに関わる人々……全てを忘れたい。つながりを断ちたい。逃げろ、逃げろ、これは悪夢なんだ。無かった出来事だったんだ。




 以来、彼は一切「喉が渇いた」と口にしませんでした。忘れたはずの悪夢を、呼び起こすからかもしれません……。


あとがき(めいたもの)

改めまして、八十島そらです。

寝苦しい夜は、怪談に限りますね。

一番怖いところで眠りにつくのです。

夢に出てきたら、冷たい汗をかいて

たまりにたまった疲れを流しましょう。

再び寝る前に、水分補給を忘れずに。

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