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花影は知らず  作者: おにぎりん
出会いと芽吹き
3/5

「短歌ノートと秘密の気持ち」

 第3話は、どうしても少し“心のほう”に重心が傾いてしまいました。御堂華という人物が、まだ自分の感情の輪郭を持ちきれていないぶん、その揺らぎを書くことに自然と時間を割いてしまった気がします。


 皆さんはどうお感じになったでしょうか?

 「もっと展開があってもいい」「こういう静かな回が好き」──さまざまなお声をいただけたら嬉しいです。少しずつ、彼女の中で何かが動き始めています。

 午後のやわらかな日差しが、私の小さな部屋の窓からそっと差し込んでいた。私はいつもの席に腰を下ろし、手にしている短歌ノートをゆっくり開いた。ここには、誰にも見せられない私だけの秘密が詰まっている。


 ページの端が何度もめくられたせいで波打っているのが見える。まるで、私の心が揺れているみたいで、不思議な気持ちになった。


 今日のカフェでの出来事が、何度も頭に浮かんでは消えた。あの静かな男性、楠本柊。


 彼の落ち着いた声や選んだ言葉は、まるで詩の一節のように私の心に響いていた。


 ゆっくりした動作、繊細な指先、時折見せる微かな笑み。全部が遠い世界の光のように輝いて、私の胸を震わせた。


 「彼はどんな言葉を紡いでいるんだろう」


 ふとつぶやいたその気持ちが、胸の中で波紋のように広がっていく。こんな感情は初めてで、まだ戸惑いの方が大きかった。


 ノートのページを指でなぞりながら、これまでに書いた短歌を見返す。初めて恋を意識したあの日の胸の痛みや焦り、期待。全部が鮮やかに蘇った。


 「風の声 聞こえぬふりして 胸騒ぎ」


 ぎこちない文字で綴った一首が、あの頃のすべてを映していた。


 「あなたの影 遠く揺れてる 夕暮れに」


 まだ誰にも言えない思いを、このノートに閉じ込めている。


 ゆっくりペンを握り、今日の気持ちを言葉に落としていく。呼吸を整え、胸の奥に浮かぶ繊細な感情を大切に紡ぐ。


 「小さな灯り 揺れる影の中 誰も知らぬ 心の奥の声」


 ぎこちなくても真っ直ぐなこの一首に、私の揺れる心が映っている気がした。


 昔、短歌を教えてくれた師匠の言葉が頭に浮かぶ。


 「短歌は心の灯りを映す鏡じゃ」


 長い間連絡を絶っていたけど、今ならこの一首を送ってもいいかもしれない。


 スマートフォンを手に取り、震える指でメールを打った。


 「先生、最近短歌を詠むのが少し楽しくなりました。今日の一首を送ります。よければ読んでください」


 送信ボタンを押すと、胸の中に小さな光がともった。返事はすぐに来なくてもいい。自分の言葉が誰かに届いたという満たされた気持ちが広がった。


 窓の外には街灯がぽつぽつと灯り、夜の青さがゆっくり空を染めていく。遠くで子どもたちの笑い声がかすかに響いた。私はノートを閉じて、深呼吸をして立ち上がった。


 「また明日、新しい言葉を探そう」静かに決意を胸に秘めた。部屋の隅から流れる古いラジオのジャズが、今日の終わりを優しく包み込んでいた。


 どんなに不安な日々でも、短歌と共に歩んでいけると私は信じている。


 外の空は夕暮れの穏やかな風が吹き、街路樹の葉がそよそよ揺れている。私は窓の外の景色に視線を向けながら、自分の内側にある小さな感情の波を静かに感じていた。


 カフェでのあの瞬間を思い返す。楠本さんの静かな声、時折漏れる深い言葉の断片は、何かを伝えたがっているようで、私はただ耳を傾けていた。周囲の騒音から切り離されたような二人だけの空間。心がじわじわと近づいていくのを感じる。


 短歌を書くことは、私にとって言葉にならない思いを整理する手段だった。ペンを走らせるたび、胸の中のもやもやが少しずつ晴れていくようだった。師匠の教えが頭に蘇り、まだ不完全でも、心の灯りを照らすことができているのだと自分に言い聞かせた。


 私の手は時折止まり、また動き出す。ゆっくりとした時間の中で、自分の内面と静かに向き合っていた。


 スマートフォンの画面を見つめ、勇気を振り絞って送信ボタンを押した。画面の向こうにいる師匠がその言葉を受け取ってくれることを願ってやまなかった。


 部屋は静かで、壁に掛かった時計の秒針の音がゆっくり時を刻む。ジャズの旋律が柔らかく響き、私の心に寄り添うように広がっていく。


 こうして過ごす夜の時間は、私にとって何よりも大切なひとときだった。未来がどうであれ、この短歌と共に歩む日々は、きっと私を強くしてくれると信じている。


 窓の外に広がる夜空には星が瞬き、風が静かに吹き抜けていく。私は深く息を吸い込み、明日への一歩を胸に刻んだ。

 第3話まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

 この物語は、恋のはじまりの、もっと手前の、ふと足元に落ちた光のような瞬間を拾いながら進めていきたいと思っています。


 華にとって「言葉」とはなにか。

 そして、彼女がどんなふうに誰かに惹かれていくのか。

 これからも、静かな変化を追いながら書いていきます。


 次回は、少し明るさと、会話のテンポを取り戻せたら。

 どうぞ、引き続きお付き合いくださいませ。

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