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花影は知らず  作者: おにぎりん
出会いと芽吹き
2/5

「恋を知らない花は、風に揺れるだけ」

はじめて小説を書いてみました。

至らぬところも多いと思いますが、やさしい気持ちで読んでいただけたら嬉しいです。

 今朝は珍しく、髪がうまくまとまった。


 前髪の流れも、左のカールの感じも悪くない。化粧ノリもよし。唇にだけ、ちょっと控えめに色を差した。


「……うん」


 鏡に映る自分に、めずらしく合格点をあげて、私はエプロンを手に取った。


 


 昼前の喫茶店は、まだお客さんもまばらで、カウンターの上に差し込む光がまっすぐだ。


 窓際の定位置――そこに、彼が座っていた。


 楠本さん。いつもひとりでやってきて、決まってアイスカフェラテを頼む人。ノートとペンを取り出して、しばらく無言で書いて、それからぼんやりと外を眺める。その間、コースターの上に置かれたグラスの水滴が、ゆっくりと輪を描いていく。


 その姿が、妙に静かで、好きだった。


 いや、ちがう。別に「好き」だなんて、そこまでじゃない。……たぶん。


 


 私がテーブルを拭いてまわっていたとき、楠本さんのグラスを下げようと手を伸ばした。指先がふちに触れた、その瞬間。


「……あ」


 微熱みたいなものが、手の先から全身にひろがった。


 触れたのは、ほんのすこしの水滴。なのに、そこに、彼の体温があるような気がして。まさか、と思いながらも、私は急いで手を引っ込めた。


 カップに触れただけで、なに。


 おかしい。私、何を意識してるの。そんなの――そんなの、ただの容器じゃん。お冷と一緒じゃん。なのに。


 


 カウンターに戻った私は、手を洗いながら、自分の指先を睨んだ。


「……恋とか、じゃない。断じて」


 そう呟いて、さらにもう一回、石けんをつけてこすった。柑橘系の香りが鼻先をかすめる。うん、さっぱりした。気のせいだった。完全に。


 でも――


 そのあともしばらく、私は他のお客さんのグラスを下げるたび、あの冷たい輪郭を思い出してしまって、手元がおぼつかなかった。


 


 夕方、楠本さんが帰ったあと、私はひとつ息をついた。


「……ふう……」


 はたから見たら、ただのお客さん。特別でもなんでもない。常連、っていうだけ。


 たぶん。きっと。いや、ぜったい。


「華ちゃん、そんな顔してると、おでこに“初恋”って書かれるわよ?」


 カウンター越しに声をかけてきたのは、うちの副店長にして、私の同居人であり、オネエのミナトさん。


 背は私よりずっと高くて、前髪は完璧に整ってて、唇には薄いピンクのグロス。しかも今日、白のシャツが眩しいくらい似合ってる。


「そ、そんな顔してません!」


「してるわよぉ~。“カップが熱かった”とか言ってたけど、あれ完全に“カレが熱かった”でしょ?」


「なにそれ恥ずかしいっ!」


「恥ずかしがるってことは、やっぱりそういうことなのねぇ」


 ミナトさんは、ふふふ、とまるで推理小説の犯人を当てた探偵のように笑った。


「でもね、華ちゃん。恋っていうのは、窓みたいなものなの」


「窓?」


「そう。今まで気づかなかった世界に、風がふっと入ってくるのよ。……で、髪がちょっと乱れて、頬が赤くなるの」


「……うわ、それ、今の私?」


「正解!」


 からかわれてるんだろうけど、ミナトさんの言葉は、ちょっとだけ心に沁みた。


 そうか。


 これは、風なんだ。突然、部屋に入り込んできた見知らぬ空気。


 でも――


 だからといって、私はまだ、窓の鍵を開ける準備なんてしてない。


 


 夜。アパートに戻って、私は短歌ノートをひらいた。


 あの人に触れた カップを洗って

 なぜか右手を 何度も洗う


 書きながら、私は自分の掌をもう一度見つめた。


 たった数秒の出来事で、心がこうもざわつくなんて。こんなの、私じゃない。

 けれど、こんな自分を――ほんのすこしだけ、面白いと思ってしまっているのだった。

ささやかな恋の予感が、まだ言葉にならないまま揺れています。

読んでくださってありがとうございました、次回もよろしくお願いします。

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