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花影は知らず  作者: おにぎりん
出会いと芽吹き
1/5

「そのひとは、光のかたちをしていた」

はじめまして、こんにちは。

恋を知らない傾国の美女(中身はウブ)が、喫茶店でちょっと困った作家さんに出会ってしまうお話です。

恋愛、ギャグ、そしてほんの少しの秘密を添えて。

気軽に読んでいただけたら嬉しいです!

 この喫茶店には、窓が二つある。

 一つは東の壁に、もう一つは、私の心に。


 ——などという詩的なことを思ってしまうのは、きっと、あの人のせいだ。


 


 「華ちゃん、スプーン入れすぎ。テーブルの上、銀食器の祭壇みたいだよ」


 店長のからかい声に、私は我に返った。

 右手には、何本もスプーン。左手には、ちょっと震えてるトレー。


 「す、すみませんっ……! なんとなく……三本くらいあったほうが、華やかかなって……」


 「一人分のカフェラテに? お客さん、どれ使うか迷うよ」


 「えっ、それは……あの……三本の中から、運命の一本を選んでいただける感じに……」


 「合コンか」


 


 私は御堂華、二十四歳。恋は、未経験。男友達も、いない。

 でも、傾国の美女だと言われる。……主に、祖母とご近所さんから。


 いま働いている喫茶店「橙灯」は、東京の片隅にあるちいさな店。

 年季の入ったソファ、色あせたランプシェード。

 そして、窓から差しこむ光だけは、なぜか毎日きれいだ。


 きれいな場所には、きれいな人が現れるものらしい。

 あの人が、来るようになったのも、春の光が店内に広がりはじめた頃だった。


 


 「お待たせしました。カフェラテ……で、ございます……」

 「ありがとう。スプーン三本、……やっぱり今日も迷うね」


 「えっ、えっ……あのっ……一番、右のが、おすすめです」


 「……そう。じゃあ、それにしようか。君の選んだやつを」


 そのときの笑顔。

 やわらかいのに、どこか影がある。

 まるで夕陽みたいに、まぶしいのに切ない。


 あのひとは、光のかたちをしていた。


 


 毎週、火・木・土の午前十一時にやってくる。

 ノートパソコンと文庫本を二冊、いつも左手に。

 服装はシンプルだけど、無精髭も、寝癖さえも、整って見えるのが不思議だった。


 「——あの、もし、あの、気を悪くされたら、すみません……!」

 「え?」


 「パソコン……いつも、開いてるだけで、打ってないなって……あの……ずっと、カフェラテ見てる気がして……」


 「……それ、見てたの?」


 (ち、ちがう! そういう意味じゃ……!)


 「ちがっ……あのっ……お客さまのことを、見てたわけでは……あっいや見てました、けど! ちがくて……」


 「……ははっ」


 笑った。

 その声を聞いた瞬間、心臓がひとつ、飛んだ。


 


 私は、自分がこんなに「恋の初心者」だったとは思っていなかった。

 だって、小説も詩もたくさん読んできた。

 「恋とはこういうもの」って、知っているつもりだった。


 けれど——


 目が合うだけで息が止まりそうになって、

 声をかけられただけで汗が止まらなくなって、

 スプーンの数を間違える。


 こんなの、知らない。知らなかった。


 


 「ねえ、華ちゃん」

 店長が、気配を殺してカウンター越しに囁いてくる。

 「わかってるよね。あの人、たぶん普通の人じゃない」


 「……はい」


 「先月来たとき、スマホに“週刊真潮社”って着信入ってた」

 「しんちょうしゃ……出版社?」


 「文芸誌出してる大手だよ。あの人、作家か編集者か……どっちかだと思う」


 「……え、作家……っ?」


 「華ちゃん、気をつけなよ。ああいう物書きは、モテるよ。恋愛も、トラブルも、だいたい書き尽くしてるから」


 


 その言葉が胸に刺さった。

 まるで、私の“最初の恋”なんて、とっくに見透かされてるみたいで。


 でも。


 ——それでも、惹かれてしまう。


 あの人がカフェラテをすする音。

 カップを置く指先の静けさ。

 読みかけの本を、いつも最後まで読まないくせ。


 ぜんぶ、知ってしまったら、もう目をそらせなかった。


 


 私は知らなかった。

 恋が、こんなにくすぐったくて、こんなに不安なものだなんて。


 私はまだ、なにも知らなかった。

 この気持ちが、なにを連れてくるのかも。


 


 ただひとつ。

 心の奥で、確かに聞こえた。


 あの人の笑い声が、

 私の「これまで」を、静かに、終わらせた気がした。


——

最後までお読みくださり、ありがとうございました!

主人公・華はとてもウブで反応が大げさですが、これは本気なんです。たぶん。

次回は、少しずつふたりの距離が近づく……かもしれません。

よろしければ次話もお付き合いくださいませ!

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