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雨に打たれて



 見張り始めからおよそ一時間。気配から察するにアイリスは寝静まっただろう。

 そろそろか、と思いもう一つの気配の主に向かって言った。

「……律儀に待つとは気が効くな」

 夜の闇に紛れ現れた黒装束。体格はさほど大きくはなく中肉中背といったところか。目深にフードを被っているため顔つきや性別はわからない。ぱっと見だとその中にいくつか武器を隠し持っているようだったが敵意は感じられない。

「何者だ。何が目的だ」

「――――」

 俺の問いかけに無言。男とも女とも分からない奴は不気味な雰囲気を漂わせている。

「――」

 無言のまま、すっと封筒を差し出してくる。俺は警戒しつつもそれを受け取り、封を破って中の手紙を読む。その内容に俺は息を呑んだ。

「――っ、おいこれって……」

 問い詰めようと顔を上げるも、既にそこには黒装束の姿はなかった。行き場のないこの感情をどこにぶつけるべきか分からぬまま、俺は手に持っていた手紙をくしゃっと握る。

「……ったく、面倒なこと頼みやがって」

 手紙の内容は端的に言えば依頼。しかも中々に面倒臭い依頼だった。幸い、期限は設けられていないから後回しでも良いのだが、いかんせん依頼者が依頼者だ。そう容易く無碍にはできまい。

「……はぁ、仕方ない。道すがら行くとしよう」

 これから向かうは北の方角。その途中の道でおそらく完遂できるだろうとは思う。というより、それを見越してこのタイミングでこの依頼書を渡してきたんだろう。

 全く、どこまで見越しているんだあの女は。




「……あ、おはようございます銀狼さん」

 解放されている天井から差し込む朝日で目覚めたわたしは眠い目を擦りながらこの簡易岩宿の入り口に座る銀狼さんに声をかけた。

「ああ。おはよう。よく眠れたか?」

「はい、おかげさまでぐっすりです。……銀狼さんは、大丈夫ですか?」

 普通に考えれば昨日から一睡もしていない銀狼さんが心配だ。

「心配ない。早速で悪いが、そろそろ出発するぞ」

「えっ、もうですか?」

「旅の目的地はあらかた決まった。かなり長くなるだろうから、気持ち早めに出ようと思う」

 この言い方だと、夜までは特に決まっていなかったってことなのかな。旅の目的のないゆったりとした冒険も悪くないかなって思ってたんだけど、まあ仕方ないか。

「わかりました。じゃあちょっとだけ待っててください。準備します」

「わかった」

 ささっと毛布などを片付けて、着替えを済ましてスペランツァと共に外に出た。

「お待たせしました銀狼さん」

「よし。じゃあ行くか」

 銀狼さんとの旅二日目が始まった。

 と言っても何か特別なことがあるわけではなく、進む道も平原が主なので基本的に景色は変わらない。

道中、魔物の群れに出くわして戦闘になったりもしたけど、銀狼さんの圧倒的な戦闘力で一瞬で戦いは終わる。わたしが魔法の準備をする間も無く戦いが終わっているから、不完全燃焼どころか燃焼すらしていないため内心少しだけもやもやしていたりもする。せっかく銀狼さんにお供すると決めたんだからどうせならわたしも役に立ちたい。何のために魔法という力があるんだ。

 そんなこんなで道を進み、陽が落ちかけてきた頃。突然の土砂降りに見舞われ、慌てて近くの洞窟に避難した。

「……びしょ濡れです」

 衣服に染み込んだ水を絞りながら悪態をつく。

「今日中に町に寄れればよかったんだが……この雨なら仕方ないな。アイリス、ここに火つけてもらっていいか?」

 スペランツァの左側に積まれている袋から取り出した薪を置いて銀狼さんは言う。わたしは頷き、炎の魔力を置いてある薪に移す。ぼっと火がつき、暖かな光が周囲を照らした。

「助かっ……⁉︎」

 すると突然、銀狼さんは勢いよく顔を逸らした。敵の気配でもあったのかとわたしも魔力探知をするも、近くに魔物の反応はない。

「え、えっと銀狼さんどうかしたんですか……?」

「……壁を作って服を乾かせ。さすがにそれはまずいだろ」

 頭を抱えながら言う銀狼さんにわたしは首を傾げる。

「え?」

 目線を下に火のあかりに照らされた自分の姿をよく見てみると、服が水によってピタッと張り付いていて、流麗でなだらかな曲線がはっきりと目に見えていた。気づいたわたしは慌てて両手で隠すべきところを隠し、顔が熱くなっていくのを感じながら、

「お、お見苦しいものを見せてすみません……」

 と言い残し、岩の壁を銀狼さんとの間に作った。




「……」

 恥ずかしい……。役に立たないだけじゃ飽き足らず、恥まで晒すだなんてこの先が思いやられる。まだ二日目、されど二日目。このまま役立たずが続き剰え足を引っ張るなんて言うことになったら道端に捨てられてもおかしくない。

「アイリス」

「は、はい! な、何ですか?」

「洞窟の奥を少し見てくる。その間魔法で服乾かして暖まっておけ」

 そうして遠のく足音。

「えっ、あ、ありがとうございます」

 壁の向こうにいる銀髪の剣士に頭を下げる。いなくなったところで壁を崩し、火の元で暖まりながらびしょ濡れの服を脱ぎ始める。

「ちょっとごめんね」

 上下一枚ずつの簡素な下着姿になったわたしはスペランツァの右側の袋に入ってるタオルを取り出す。それで濡れた体を拭いてると、スぺランツァが顔を逸らしてるのが見えた。馬なのにすごい紳士だ。やはり飼い主に似るのだろうか。

それから、壁と同じ容量で岩で物干し竿を生成し、そこに脱いだ服をかけて火と風の魔力を織り交ぜて熱風で服を乾かす。

「……こんなもんかな」

 大体五分くらい当て続けて水気がなくなったのを触って確認し、彼が戻ってくる前にパッと服を着る。そして岩で椅子を作り腰を下ろした。

「……っくしゅ」

 服は熱風によって暖くなったし、火の近くにいるから決して寒くはないのだけどやっぱり雨に打たれすぎたのが大きかったらしく少し、若干風邪気味かもしれない。

「あーあ……これじゃ本当に足手まといになっちゃうじゃん……」

 銀狼さんは旅は長くなるって言っていた。だから今朝は早めに出たのに、このままじゃわたしのせいで進みが遅くなってしまう。ああ、まずい……。師匠から解毒や治癒の魔法教わっておけばよかったな……と今更ながらに悔やむ。

 師匠は『治癒は治癒術師の仕事。私たち魔術師は敵を殲滅できる攻撃魔法を極めればいい。攻撃を食らう前に仕留めればいいのだ』と超脳筋思考でわたしに魔法を教えてくれた。でも、例えば目の前で仲間が傷ついた時、毒で弱った時、わたしが解毒や治癒の力を扱えればその仲間は死なずに済む。きっと、あの時だって……、

「……アイリス、平気か?」

 不意に優しい声音が耳に届く。

 振り返ると、何か鉱石や植物、魔物の死骸の一部を手に持っていた銀狼さんが立っていた。

「あっ、はい……おかげさまで暖まりました。えっとその手に持ってるのは……?」

「素材だよ。ちょっとしたいいものを作ろうと思ってな」

 そうして地面に素材を置いて、紳士気質な白馬の右側の袋から何やら綺麗な装飾が施された鍋のようなものを取り出した。

「銀狼さんそれは?」

「いわゆる錬金釜ってやつだ。この中に特定の素材を入れればそれに沿ったものが瞬時に出来上がる」

「へ、へえ……。とんでもないアイテムですねそれ」

「前にオルロンドって南にある国の王様から貰ったんだ。さ、とりあえず素材を入れて薬を作ろう」

 そう言って銀狼さんは次々と持ってきた素材を入れ始める。

「ちなみに何の薬の素材なんです?」

「体を内側から暖める薬の素材だ。灼鉱石は粉末状にして液体に混ぜれば熱を帯び、この薬草は体から毒素を抜く効果だけじゃなく体力回復を促進させる。それでこのオークの耳は効能の持続時間が伸びる効果がある。錬金釜は諸々の必要手順を中で全部やってくれるから、あとは見てれば……ほら、出来た」

 チンっという気持ちのいい音で銀狼さんは釜の蓋を開けた。

「これがその薬だ」

 わたしもひょこっと中身を覗く。

「こ、これは……」

 中の薬の見た目に思わず言葉を失った。

 黒なのか紫なのか形容し難い色彩にマグマのようにボコボコいっている。もはや毒なんじゃないかとすら思える薬を見て、しかして銀狼さんは満足げな様子だった。

「完璧だな。じゃあアイリス、飲め」

 ………………。

「……………………へ?」

 銀髪の剣士の口から発せられた言葉を理解するのにしばらくの時間を有した。思考が止まったのだ。

 これを、のむ? わたしが、これを、のむ? 

 依然ボコボコ低く唸りを上げている錬金釜の中身を見て、わたしは今までにない速度で首を横に振った。

「む、むむむ無理です!」

「いや、見た目は確かに毒物を二日煮詰めたみたいな感じだが味はそこまで悪くない。それに、少し体調悪くなってるだろ」

「……っ!」

「……まだ出会って二日だがお前はれっきとした旅の仲間だ。倒れられては困るんだよ。だから飲んでくれ。頼む」

 真剣な目で、曇りのない蒼い瞳でそう言われたら。そこまで言われてしまっては飲まないわけにはいかない。

「……味は、悪くないんですよね?」

 釜に口をつけ、傾ける。

「……それは保証する」

「えっ、ちょっと今の間は何……」

 言い終わる前に、見た目通りどろっとした液体がわたしの口に入り、喉、胃と入っていったのを感じた。ドクンッと心臓の鼓動がわたしの内側で轟いた。それとほぼ同時に、ガクンと体勢がよろめき、少しのけぞる。

「……」

「だ、大丈夫か?」

「…………うっ」

「う?」

 わたしが絞り出した声に銀狼さんが復唱。そしてわたしは口元を軽く拭いつつ恥ずかしさで顔を逸らしながら、

「……うまい、です……これ」

「まじか」

「大マジ、です」

 見た目からは想像もつかないほどあっさりとしていて、味は小さい頃に食べたレッドベリーを少し甘くしたようなそんな感じ。鉱石を使っているというのにザラザラとした感触も一切なく、魔物特有の臭みも全く感じられなかった。

 その上、だんだん体の芯からポカポカしてきたような気がする。効能も完璧。味も舌触りも申し分ない。これが錬金釜の力……わたしはこの魔法のアイテムの評価を改めざるを得ないようだ。

「あ、ありがとうございます銀狼さん。それと、疑ってすみませんでした」

「あ、ああ。いやいいんだ。見た目は完全に毒だし警戒するのも仕方ない。……美味しいのは予想外だったが……」

「え」

 最後に何かボソッと聞こえたような気がしたけど、気のせいかな。

「あっ、じゃあその、お礼というのも何ですが」

 銀狼さんの方に服を乾かした時と同じ熱風の魔力を飛ばす。ブオオっとその渦が銀狼さんを包み、瞬く間に着用している服と髪、体を暖め水気を飛ばした。

「ふふんっ、二回目ともなればいい具合にできますね」

 自慢げに胸を張っていると、その渦中にいた銀髪の剣士は少し驚きの混じったような表情をしていた。

「――」

「……銀狼さん?」

「――あ、ああ、すまん。何でもない。ありがとう」

「いえいえ」

 すると、銀狼さんはおもむろに洞窟の入り口に向かい顔を少しだけ出して未だ雨が降り止まない曇天を見上げて、それからこっちに戻ってきた。

「……見た感じ夜明けには雨は上がりそうだ。出るのは明日の朝にするからそれまで休んでていいぞ」

「了解です。……と言ってもそんなに疲れてないんですよね。……あ、そういえば洞窟の奥はどうなってたんですか? 魔物がいたってことはそれなりに続いてるんですよね?」

「あー、まあそうだな。目的の魔物を狩れたから最奥までは見てないが、この洞窟はそれなりに広いと思う」

「でしたら、すこし暇つぶしに探索してきますね。あ、安心してください。わたしは魔力探知で大体の奇襲は避けられますし、最悪魔法で仕留められますので!」

「わかった。……せめてこれくらいは持ってけ」

 ポンっと黒い鞘に収められた短剣が銀狼さんの手から投げられる。わたしはそれをキャッチし、手に収まったそれを見た。

「短剣……ですか?」

「護身用に。切れ味も耐久性も一級品だ。接近戦では魔法よりナイフの方が速い。魔力を流して適当に振れば、鍛錬を積んでいなくとも雑魚なら倒せる」

 刀身を抜き刃を見る。焚き火の灯りに照らされ、銀色の刃が切っ先から伝うように一瞬煌めく。過度な装飾は一切無く、実用性にのみ焦点が当てられた簡素でこれと言った特徴のない短剣。

しかし、知識のないわたしでもわかる。この短剣はかなりいい素材を使ってて、しかもかなりの名工の手によるものだ。少なくとも一般的に売られているようなものではなく、オーダーメイドの一級品……。

「……こんな良いもの、借りても良いんですか?」

「いややるよ。少しでも生存率を上げるために必要なことだ。俺が同行した方が確実ではあるが、冒険したいんだろ?」

「……さすが、よくわかってますね。じゃあありがたく使わせていただきます」

 ぺこりと感謝を込めて頭を下げる。

「危なくなったら全力でこっちに走って来ますので、その時はお願いします」

「ああ。そうならないように気をつけてくれよ」

「ふふっ」

 この応対で軽く笑い、短剣を腰につけて、暗闇が蔓延する洞窟へと足を踏み入れた。



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