新たな冒険with銀狼
「あの、わたしは何て呼べばいいですか?」
旅立ちの直前。
フィーネちゃんや他の顔見知りの冒険者のみんなに別れの言葉を済ましてからのこと。
そういえばわたし、この人の名前知らないなぁと思い聞いてみた。
「何とでも。お前、でも。そこの、でも」
「そうじゃなくて、名前を聞いてるんです」
わたしの求めていない返答にムッと言葉を返す。この人は基本無表情で怖い印象だけど、どうしてだか強気に出れる。不思議だ。
「……名前、か」
と、彼はしばらく考える。そして――、
「銀狼、と呼んでくれ」
口重そうにそう言った。
「それって二つ名、ですよね……? 本名は……」
「それは言えない」
食い気味にそう吐き捨てられる。
「すまん。だが、いずれ言う。俺の旅の目的が完遂できたら。その時には必ず」
その言葉に、何か思いが込められていたように感じた。
ただの目的への熱というわけじゃない。執念や妄執といったそんな感じの類のもの。彼の旅の目的……それが何なのかはわからない。聞いても多分それを口にすることはないだろう。でも、彼の真の名を聞ける時。もしくは彼と旅を続けて行く過程できっとそれもわかるはずだ。
「……わかりました」
だから、今はまだ聞かない。
「でも、いつか必ず。約束ですよ」
「ああ。約束だ」
それと、と銀狼さんは付け足す。
「旅の目的は人探しだ」
これだけでも伝えておこう、と彼は言う。
「あっ、普通に言うんですね」
わたしの気遣いは一体何だったんだろう……。どこがダメで何がダメじゃないのかもうわからないや。わたしはそこらへんのことについて考えるのをやめた。
「ここを野営地とします」
銀狼さんについていく旅を始めて初の夜。わたしは見晴らしが良く風の通りが心地いい高台を見つけたので、乗っている白馬スペランツァの上からそう告げた。しかし、銀狼さんからすればそれは良くないことだったのか首を横に振った。
「駄目だ」
「えっ、何でです? ロケーションとしては結構良いと思ったんですけど……」
「そうだな……まず周りに身を守るものがない。ここは見晴らしがいいが、逆に言えば敵からも見えやすいということだ。次に風の向き。風は……大体南からこっちに吹いてきてる。火の手や毒物、有害なものが風に乗ってくれば簡単に命を落とす。だからこの場所は良いとは言えない」
「な、なるほど……」
S級冒険者ともなると、やはり経験値が違いすぎるようでわたしの考えが及ばないところを指摘された。というより、わたしが良いと思ったポイントがダメダメだったらしい。
しかしながら今指摘されたこの二つ、多分だけどなんとかなるような気もする。
「悪いが、もう少し移動するぞ」
「あっ、ち、ちょっと待ってください銀狼さん」
さっさと行こうとする銀狼さんをスペランツァから降りて引き止める。
「ん? まだ何か……」
「えい」
ばっと右手を夜空に掲げ自身の魔力を大地に干渉。ゴゴゴッという唸り声とも聞き取れる音と共に、周囲の地面から岩壁がせり上がった。
「これでどうです? これなら外敵から身を守れるし、火の手も毒素も通しません」
「魔法か……その手は思い至らなかったな。これなら問題ない。よくやった」
褒めてくれるのと同時に頭をポンっと優しく撫でてくれた。褒められて悪い気はしない。むしろ自己肯定感上がりまくってすごく嬉しい。
「えへへ……そ、それほどでもあるかもです……」
「じゃあアイリスは先に寝ていいぞ。俺は万が一のために見張っておく」
「……え、大丈夫ですか? 何時間かしたら代わりますよ……?」
「必要ない。俺は寝なくても問題ないんだ」
「……?」
寝なくても大丈夫なんて、そんなこと本当にあるのだろうか。彼は今日の昼にも戦いを繰り広げている。疲れていないわけがない。いや、それ以前に冒険で寝ないなんて普通なら命を削ることと同義。いくらS級といえど、睡眠を取らないのは無茶だと思う。
「いや、でもさすがに……」
「……長く冒険を続けてれば短い睡眠でも問題なく活動できるようになる。鍛え方が違うんだ。だから気にせずお前は休め。心身ともに疲れてるだろ」
半ば強引とも思える物言いだけど、S級は化け物だって聞いたしこの人がここまで言うなら本当に大丈夫なのかな……。
「……はい、すみませんお言葉に甘えます」
疲れてしまっているのは事実だし、多分わたしが何を言っても動かないだろうからここは引き下がるしかない。
わたしはスペランツァに積まれている荷物から毛布などを広げて、静かに外に出る銀狼さんを見送った。




