冒険とは悲劇がつきもの
ベルファスト山。
強力な魔物が多数巣食う魔の山。B級以上の実力者が大規模なパーティを組んでようやく安全に踏破できる死地。
安定しない足場。体力が奪われる急斜面。何より、舞台は完全に魔物の土俵。その上、わたしたちはたった三人のパーティという、完全に死にに行くようなもの。出来うる限りの万全な準備を施して、わたしたちは依頼である山賊討伐に乗り込んだ。
「しつっっっこい!」
フィーネちゃんは溜まりに溜まった苛立ちを刃に乗せて大剣を横薙ぎに振るい、追いかけてくる魔物を蹴散らす。しかし、相手はベルファスト山の魔物。そう容易くその波状攻撃は収まらない。
そこでわたしはロウくんの指示で一度盤面を崩し体制を立て直すため、魔力を充填し、
「フィーネちゃん、下がって!」
――一斉に解き放つ。
「――〈フリーズ〉!」
急拵え、中途半端な状態で撃った氷結の魔法。魔物、木々、地面を一瞬にして凍てつかせる。……しかし、再び言おう。相手はベルファスト山の魔物、一筋縄では行かない。この程度の凍結では十中八九簡単に破ってくるはずだ。
「二人とも! 今のうちに!」
高い魔法耐性、強靭な体を相手に確実に倒し切るというのは至難の業。まして、ここで消耗しては山賊相手に不利になってしまう。そのため、今回は仕留めに行くのではなくあくまで足止めを狙う。
「……〈イグルー〉!」
地面に手をつき、大地の魔力に干渉して魔物達の周囲を岩の蔵で囲い込む。
本来は空間凍結系の魔法で相手を封じ込めるものであるが、強度などを考慮してこの山の地を利用する。
「ナイス、アイリスちゃん!」
「よくやった! このまま行くぞ!」
「はいっ!」
ロウくん、フィーネちゃんに続くようにわたしも一気に山を駆け上がる。この先は山賊が占領している場所だからか大した魔力反応はない。さっきみたいに大量の魔物を相手することもないだろうから、このまま進んで行っても問題はなさそうだ。
「ここだ」
草むらに身を潜め、山賊が潜伏している洞窟の入り口へ視線をやる。
入り口に監視はいない。攻めいられることを想定していないのかかなり不用心だ。
「……そう言えば気になってたんですけど」
「ん、どしたの?」
「あの、山賊の目的って何でしょうか? 討伐を依頼されてる以上、何か悪事を働いてるんでしょうけど……」
山賊というのは文字通り山に潜む賊のことを指す。人を襲い、金品を奪い、剰え命すら刈り取ることもある。山賊の及ぼす被害は魔物と比べれば大したことないかもしれないけど、決して無視できない存在だ。
普通なら大体そういう被害を踏まえての依頼だと考えるものだけど、今回の依頼はちょっと特殊で、その報酬がとても山賊討伐のものとは思えないほど破格の額なのだ。わたしの疑問はそういうところから来ている。
「……アイリスさんの疑問もわからなくはない。実際俺もちょっと違和感は感じたりもしてる」
「実は私も。まあでも、それを解き明かすためにも山賊を倒せばいいんだよ。そうすればお金ももらえて気分も晴れて全部解決!」
「フィーネの言う通りだな珍しく。とりあえず今は依頼に集中しよう。この山に潜伏している以上、相当の手練れのはずだ。気を引き締めていこう」
「ん? 珍しく?」
「そうですね……気張っていきましょう」
「あれ? おーい、ちょっとー?」
変に考えすぎていても仕方ない。今はただ依頼をこなすことだけ頭に入れておこう。
洞窟の中は思いのほか静かだった。
ぴちゃん、ぴちゃんと雫が落ちる音。涼しい風が外から入り込んでくる音。そして、わたしたちの足音だけが響いている。
「……」
会話はない。神経を研ぎ澄ませ、いつ来るかもわからない敵の存在に意識を向けている。
前線はフィーネちゃん。その後ろにロウくん、わたしと続いている。
今のところ人っ子一人見かけていない。山賊のアジトなんだから、それこそ山のようにいるものだと思っていたけど、もうすでにこの場を去っているのだろうか。
「……二人とも」
考えながら歩いていると、不意にフィーネちゃんの足が止まり、後に続いていたわたしたちの進行も止まる。奥にはどうやら広い空間があるらしく、壁を背に先に見えるその広い部屋を覗き込んだ。
「……もぬけの殻、ですね……」
どういうわけか最奥であろうここにも誰もいない。
部屋の中を見渡し魔力を探ったりもしてみるが、やはり反応はない。
おそらく抜け道などもないため本当に最奥なんだろうけど、やはり既に立ち去っているのか人の代わりに中身のない木箱が複数置かれているだけだ。
「えー、これじゃ依頼達成できないじゃん! どうしよどうしよ!」
「落ち着け。今考えてるから」
そう言ってロウくんは顎に手をつき思考を巡らせる。
わたしも何か役に立てないかと周囲の壁に触れながらじっくり見る。
「……?」
何か、違和感を感じる……。何の変哲もない岩壁だし気のせいと言われれば気のせいだと思う。でも何だかおかしいような、変な感じが――、
「っ……!」
ほんの一瞬僅かな痛みが壁に触れる指先に起こり反射で離れてしまう。
「どしたの? アイリスちゃん」
「なんかちくっとして……――あれ……?」
視界がぐわんぐわんと揺れている。
視点が定まらない。
足元がおぼつかない。
思考がまとまらない。
気づけば視界は横転していて。
「ロウ! ……ス……が!」
フィーネちゃんの声が遠くに聞こえる。
これは……毒? 催眠? とにかく魔法で治癒しない、と…………
瞼が重い。視界が暗転する。意識が消えゆく寸前、最後に見えたのはロウくんとフィーネちゃんがその場に倒れる姿だった。
「……ぅ」
意識か覚醒した。最初に感じたのは頬にある僅かな痛みと、手首にある謎の圧迫感。しかしその正体はすぐにわかった。わたしは、拘束されていた。
「な、なんで……⁉︎」
ガチャガチャと無造作に動かそうとするも、金属で作られた手枷はあまりにも硬くどうすることもできない。それに、それ以外にもなんだか変な感じが……。
「ヨォ、魔法使い」
「……っ⁉︎」
聞き馴染みのない悪意の混じった野太い声が耳に届く。
声の主の方に目を向ければ、おそらく山賊であろう人間がおよそ六人ほどいた。
敵がいる。油断している。なればこそ、仕留めるなら今だ。
「……――〈ファイア・ボルト〉」
自身の魔力を炎に変え、無数の矢にして敵を貫くイメージをする。何度もやってきた魔法行使の手順。
「……!」
しかし、どういうわけかわたしの魔力が世界に具現化することはなかった。
「あぁ、無駄無駄。魔封石で作った手枷だ、そいつがついてる以上魔法は使えねえよ」
……なるほど。さっき感じた違和感はそれか。多分、この部屋の壁全体が魔封石だ。だからあの時治癒の魔法も発動できなかったんだと思う。
「……」
魔力自体が練り上げられない以上、わたしに抗う術はない……詰みだ。
「……二人は、どこに……?」
わたしが問うと、山賊は仲間に指示を出し、
「っ……⁉︎」
「――――」
「……ぁ……す……」
隠されていた奥の部屋からボロボロの二人が連れてこられた。装備は剥ぎ取られ、ロウくんは血まみれで意識がない。フィーネちゃんに至ってもかろうじて息がある程度。目に生気はなく、小刻みに身体が震えている。どんなことをされたのか想像に難くない。
「……げ、て……」
「っ……!」
奥歯を深く噛み締める。
失敗した。どこかで今回もいけるだろうと思ってた。これまで成功続きで調子に乗っていた。少し考えればもう少し結果は変わっていたかもしれない。もっと策を講じておけば、こんなことにはならなかったかもしれない。
「……ぅう、くっ……」
彼ら彼女らに対する申し訳なさ、情けなさに思わず涙が零れる。
「はぁっは! おい! この女泣きやがったぜ!」
そんなわたしの姿を前に、山賊たちは嬉々として声を上げる。
一人の山賊がつかつかと近づき、ニヤリと気味の悪い笑みを浮かべながらナイフを取り出して、こちらに突きつける。
「俺らはよ、てめえみてえに泣いて喚いて命乞いをする女を殺すのが大好きなんだよ。もちろん、殺す前に死にたいと思うほどのことを味わわせるけどなあ」
フィーネちゃんに視線を移しながら言う。
「どうせならてめえもやっときたかったが、魔術師相手は何が起きるかわかったもんじゃねえ。面倒なことになる前に始末させて貰うぜぇ」
――凶刃、振りかぶる。
わたしは自身の最期という現実から逃避するように目を瞑る。
「……?」
しかし、いくら待とうとも山賊のナイフが振り下ろされることはなかった。代わりに、何かが滴る音、金属の甲高い音、男の野太いかすかな声が耳に届く。恐る恐る目を開けると――、
「ぁ、ああ……」
命を刈り取る山賊の刃は空を切り――否、文字通り宙を舞っていた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ! 痛えぇぇえぇえええ!」
無くなった自身の手首を抑え、その場に倒れて身悶えする山賊。そして、その目の前には。
「……」
たった一人の銀色の剣士が立っていた。




