よくいる新米冒険者の話
――浅く繰り返される呼吸の音が、私の耳に届く。
鼻腔をつん裂く激臭が暗闇の世界に充満している。本来ならば鼻を塞ぎなくなるほどの、感じたくもないようなひどい匂い。
しかし、今の私にはそんなものは感じなかった。感じるほどの余裕がなかった。
恐怖が、わたしの心を染め上げていた。死をこんなにも間近に感じたのは初めてだった。
この日、わたしたちは失敗した。実績と実力を過信して、無様に命を散らしていった。
――凶刃が、わたしに向かって振り下ろされる。
この日、わたしは銀狼に出会った。
人と人、さまざまな種族がが入り混じる夜を知らない街――トワイライトシティ。
情報、物資、人、金。
ないものはないと言えるほどありとあらゆるものが揃っている、この国で最も大きな都市。
そんな大都会で、大魔道士の弟子・わたしことアイリスは、ついに冒険者になった。
「こちら、冒険者であることを証明する身分証明書――冒険者手帳です。こちらは階級バッジになります」
「あ、ありがとうございます」
受付のお姉さんから手帳とバッジを受け取り、腰のポーチに素早くしまう。
「冒険者には階級というものが存在します。初めは一番下のランク、C。大抵の方はパーティを組んで魔物の群れを討伐したり、賊討伐の依頼をこなしたり。はたまたソロで地道に経験を積んでいったりと、そういったことの積み重ねで階級は上がっていきます」
「は、はい」
これは冒険者になるためのテストの時にも聞いた話だ。おさらいも兼ねてということだろう。一から順に丁寧に説明してくれてる。
「中でも、最高ランクのS級はこの国での最高戦力の一角と認められた人にのみ与えられる階級で、単独での竜狩りや悪魔退治、国家転覆すら可能と言われる、文字通りの怪物たちです」
「か、かいぶつ……」
受付のお姉さんがそんな言葉を使うとは思わず、つい復唱してしまった。
「はい。と言っても、S級は異例中の異例ですので、実質的な最高ランクはA級ですね」
「な、なるほど」
「そして……」
と、言いながらお姉さんはガサゴソと何かを手探りし、本のようなものを取り出してこちらに見せてきた。
「階級を判別するには先ほどお渡しした階級バッジの色が重要です。新米冒険者の方々は白。B級冒険者は銀。A級冒険者は金。そして、この黒いバッジがS級冒険者のバッジとなっています」
「なるほど」
「バッジには特殊な魔力が込められており、階級更新の時に色も変化します。なのでご自身で色を塗り替えるという行為はなさらないように」
「や、やった人がいるんですか……」
「ええ。過去に何人かの冒険者が女性に見栄を貼りたいがためにそういったことを……その方々は冒険者資格剥奪ということになりましたので、お気をつけて」
「は、はい……」
そんなことわたしはやらない。というか色を塗るなんて発想すらなかった。
「……と、まあこんなところですかね。これで説明は以上です。何か質問はございますか?」
「あっ、い、いえ。ないです」
「そうですか。では改めて、おめでとうございます。あなたに神の祝福がありますようお祈りいたします」
「あ、ありがとうございました!」
わたしはお姉さんに深々と頭を下げて、早速依頼掲示板の方に足を運ぶ。
国内最大の都市だけあって以来の数も無数にある。というか人が多い。たくさんあるのはわかるけど、他の冒険者の人たちが邪魔すぎてその内容まで全然見えない。
「あっ、あうぅぅ」
とは言ってもわたしはコミュ力弱者。というか弱者。この人混みで何ができるということもなく、ただうめくことしかできない。これが社会という巨大な壁。その洗礼か……と、現実の厳しさに頭を抱える。
「ねえねえ」
「ぇ……?」
くぅぅ……と引き続き呻き声を出してると、不意に肩をトントンと優しくつつかれた。声のした方に振り返ると、大きな赤い瞳がすぐ目の前にあった。
「あなた新人の冒険者だよね? もしよかったらわたしたちと一緒に来ない?」
肩くらいで短く切られた金色の髪と赤い瞳、よく見なくてもわかるすごく可愛い女の子だ。突然の出来事に思考がまとまらなかった。
「わたし、たち……?」
彼女の後ろを見ると、短い茶髪の男の子一人、腰に剣があるから多分剣士だ。隣には剣士によく似た、長い茶髪とメガネが特徴の長杖を持った女の子がもう一人いた。
「うん。これから魔物の巣を潰しに行くんだけど人手がほしくて……それに、安全は保証します! いざとなったらあそこの男の子を肉壁にしてくれていいから!」
「おい」
金髪の子の言葉にすかさずツッコミを入れる剣士の男の子。金髪の子はそれを笑って誤魔化そうとする。
「あはは……と、それで、どうかな⁉︎」
顔と顔の距離が近い。あ、まつ毛長い。しかもすごいいい匂い……じゃなくて、
「あ、その…………足引っ張っちゃうかもですけど、いいんですか?」
冒険者歴0日な訳で、実戦経験なんてちょっとしかない。しかもそのちょっとは小さい頃に師匠の助けもあってやっていただけだから実質的には経験なしだ。
しかし、目の前の金髪の子は笑顔で、
「大丈夫! 任せなさいな!」
と、何の根拠もなくそう言ってくれた。いや、この人の中では自信しかないんだと思う。それに、こうまで言われたら断れない。というか最初から断る選択肢すら取れるわけもなかったのだが。
「じゃ、じゃあ、お世話になります……」
「ありがとう! あ、わたしフィーネ!」
「あっ、アイリスです」
「アイリスちゃん! よろしくね! で、こっちが……」
「ロウです。見ての通り剣士やってます。こいつは妹の」
「ティナ、です。よろしくお願いします……」
「あっ、はい。お願いします」
ティナちゃん、わたしと同じ匂いがする。
「それじゃ自己紹介も済んだことだし、早速依頼をこなしにレッツゴー!」
ティナちゃんとは違って、フィーネちゃんは快活な感じだな。光のオーラが凄すぎて眩しい。後光が差してるようにすら見える。もはやこれ神様では。




