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知られざる運命、そして、新たな旅立ち

 ――。

 ――――。

――――――。

『兄さんっ』

 頭の中で反響する妹の声。彼女の優しい声が思い出させる幸せな時間、当たり前の日常が俺の脳裏をかけ巡っていた。


『兄さん!』『兄さん?』『ちょっと! 兄さんってば!』

『もう……兄さんったら』『仕方ないですね、兄さん』

『任せてください兄さん』『やりましたよ兄さん!』『ありがとうございます、兄さん』

『兄さん……どうして』『こんな、こんなはずじゃ……』『ごめんなさい……兄さん』

『また、ね……』『私なら平気ですよ!』『何が「よし」ですか、兄さん』『これでもう……』『覚悟はできています』『さよならです、兄さん』


――――――。

――――。

――。

………………。

「…………夢、か」

 目を覚ました俺は、そう思わず口に出していた。

現実に妹にはもう会えないのだと脳が理解していたから、だと思う。……いや、本当はあの出来事が夢であればいいなと、そういう思いも含まれていた。このままじゃダメだと理解していながらも、現実を受け止めきれない自分の女々しさが気持ち悪くて仕方がない。これじゃあ、エリスに顔向けできないなとつくづく思う。

「はぁ……」

 そう小さくため息を漏らすと、ガチャリと扉が開いた音がした。

「アルくーん、お見舞いに来たよー」

 そう言いながら部屋には言ってくるのは、赤みがかった長い茶髪が特徴の少女。一つ年上で小さい頃から親しくしてくれていたエマ姉だ。

 彼女は髪を後ろに結って、持ってきたバゲットや果物を置き、部屋の換気や片付けなどをしてくれていた。

「ほんと、早く目覚めてほしいな……」

「おはよう」

「きゃあっ⁉︎」

 ぼそっとつぶやく彼女に端的に言葉を返すと、驚いたように悲鳴を上げた。

「病室ではお静かに」

「え? あぁ、うん、ごめん……じゃなくて!」

「?」

「よかったあぁ〜!」

泣きじゃくり、声を上げながら胸元に抱きついてくるエマ。彼女の触れる箇所がピンポイントに傷のあるところで、突然襲いくる痛みに思わず声が出てしまった。

「痛い痛い痛い!」

「あ、ごめんね。でも……嬉しくて」

 俺から離れ、人差し指で涙を拭う彼女は本当に、心の底から安心したような顔をしていた。

「アルくんが全身傷だらけで帰ってきて、しかもその……エリスちゃんが……だから、アルくんももしかしたら、って……そう考えたらもうずっと怖くて……」

「……」

「でも、……よかったよ。アルくんだけでも生きててくれて。……おかえり、アルくん!」

 この人なりに気を遣い、悩みながらも言葉を選んでくれたのだろう。エリスのことを大切に思ってくれていたのは彼女も同じで、だからこそ俺の今の気持ちも理解してくれている。拙く言葉を紡ぐその姿がそう感じさせた。だから俺は――、

「うん……ただいま」

 ぎこちなかったかもしれないけれど、出来うる限りの笑顔でそう答えた。




 ――最愛の娘エリス、ここに眠る


「エリス……」

 墓標に刻まれている文字を見て、俺は無意識的に妹の名を呟いていた。

 成人の儀の試練を終え、俺は丸三日眠っていたらしい。あの日全身傷だらけで、腕にエリスの亡骸を抱えていたまま倒れていたのを、通りがかった人が助けてくれたそう。出血が酷かった上に呼気は薄く、後少しでも遅れていたら命はなかっただろうと、村一番の医師が話してくれた。

「ほら、試練は超えた。……俺たちの勝ちだぞ」

 言いながらそっと、試練を超えた証である戦利品を送る。


 ――フェンリルの魔石。


 通常、魔物は肉体を構成する核として、魔石と呼ばれる魔力の塊が肉体のどこかに存在している。魔物によってその大きさや形は様々。しかし一貫しているのは、強大な魔物であればあるほど、その大きさは比例するように肥大化するということ。

 試練で手に入れたフェンリルの魔石も同様に、あの強さに見合うような大きさと存在感を放っている。

 これを手にしているということは、俺があの黒狼を撃破したということだ。しかし、どういうわけかその時の記憶が全くと言っていいほどない。どう奴の攻撃を掻い潜り、どうその命を狩ったのか。その記憶も感覚も全くないのだ。とはいえ、重要なのは俺が……俺たちが成人の儀を越えたという事実。

「……それじゃ、俺は村長にお呼ばれしてるからそろそろ行くわ。多分成人の儀を越えた報酬とか旅に役立つ色々とか貰えると思うからさ、そっちで俺の勇姿を見守ってくれよな」

 冗談めかして、先にあの世へと旅立った妹に言う。きっとエリスが今ここにいたなら「ふざけたこと言ってないでさっさと行ってください」とかお叱りの言葉を俺に言ってくるんだろうな。

 彼女がいないのを改めて実感し、目から水が溢れるのを堪えながら、俺は次なる目的地へと歩き出した。




「村長ー、来ましたよー……っと」

 村長の家の中に入り軽く声をかけてみるも、その姿は見えない。外出してるのか? と一瞬思ったが、そもそも呼んだのはあっちだし、それで席を外しているという事はないだろう。であれば――、

「おお、来たか」

「やっぱり」

 予想通り、奥の部屋から村長は現れた。俺が軽く会釈すると村長は片手で応じ、色の抜けた長い白髭を撫でながら椅子に座った。

「主も座れ。話はそれからじゃ」

「ではでは……」

 促されたのでとりあえず俺も席に着く。

「……まず、成人の儀を終えたこと。おめでとう」

「どうも」

「エーテル山に巣食う彼の魔狼を討伐してくれたことについても、感謝しておる」

「そうですか」

「……しかし、主の妹エリスが死んでしまったこと……」

「……あぁ」

 村のみんな含め、この人は特に俺たち兄妹によくしてくれていた。それこそ小さい頃から面倒を見てもらっていたし、エリスは昔から凄く懐いていた。かくいう俺も、村長は母さんの次に頼れるほどの信頼を置いていた。それほどの深い関係性のある間柄で、この話が出ないわけがない。

「別に、仕方ないですよ。エリスも言ってました。冒険者になると決めた時から死ぬ覚悟はできてるって。まあ、ちょっと早すぎたって文句言ってましたけどね」

 軽く笑みを漏らしながら冗談交じりに話す。あの時、あの瞬間のことは正直思い出したくないほど辛かった。でも次に進むには、もう過去のことだと割り切るしかない。こうやって無理にでも笑ってすませるようになるしかないのだ。

 しかし、その嘘に塗れた強がりも村長には全て見透かされていたようで――、

「無理するでない。今一番辛いのは、アルトリウス、他でもないお主であろう? 今くらいは強がらなくても良い」

「……!」

「何もここで泣けとまでは言わん。ただ、わしにまで嘘はつかんでよい。どうせ直ぐ見抜かれることじゃ」

 そう言って最後に軽く笑う村長。

 流石、としか言いようがないほどに俺の真意が見透かされていた。

「……ありがとう、村長。あと、嘘ついちゃってごめん」

「ほっほ、よいよい。お主の心境を考えれば心配させんとつよがろうとするのもわかるからな」

「村長……」

 やっぱりこの人には頭が上がらないな……。もう足を向けて眠れねえよ。

「……して、ここからが本題じゃ」

「はい」

 俺が返事をすると、村長は何やら封筒のようなものを取り出し、こちらに差し出す。

「これは?」

「お主の父からの手紙じゃ」

「――⁉︎」

 俺の父? いや、そんなはずはない。だって、父さんは十年前にもう……。

「これを受け取ったのは十年ほど前。ちょうど主らの前から姿を消した時期じゃ」

「え、待って待って。姿を消したって……そんなの絶対ありえない。俺は確かに見たよ。俺の目の前で魔物に殺された父さんの姿を」

 今でも鮮明に覚えてる。俺とエリスを庇って魔物の攻撃で腹を貫かれていた父さんの姿。その後、静かに息を引き取ったのだって。忘れもしない、間違えようのない事実であったはずだ。

「その謎はそれを読めばわかる」

「そっ、か……そうだよね」

 焦りと動揺でうまく頭が回っていなかった。俺は軽く深呼吸をして落ち着きを取り戻す。

「じゃあ、読むね」

 俺の言葉に村長はこくりと頷く。

 俺は緊張しながらも、ゆっくりと封筒を開き中身の紙を抜き取る。そして――、

「……」


 ――村長。俺は重大な秘密を知ってしまった。アルトリウスとエリス……俺の子供達についてだ。特にエリス、あの子は成人を迎えたその日に命を落とす。その運命はどうやら変えようのないものらしい。悔しいが、俺はもうすぐこの村を去ることになる。どうにかして、死んだことになるが村長には俺が生きていることは黙っていてほしい。あんただけは信用できる。頼んでばかりで申し訳ないが俺の子供達をよろしく頼む。


「……なんだよ、これ」

 エリスが死ぬのは決まっていて、しかもそれは変えられなかった? 重大な秘密を知った? 父さんはどこかで生きていた?

先ほど取り戻した落ち着きなど何処へやら。あまりの情報量と知らない事実、俺が知っているものが偽りのものであったということに驚きを隠せなかった。

「じゃ、じゃあ俺が見た父さんの死は……⁉︎ どう説明が……」

 そこまで言って俺は気づく。俺が持たず、選ばれたものだけが与えられる神の恩恵の存在。

「魔法、であろうな。奴の魔力はそれほど強くはなかったが、子供のお主らに幻覚を見せる程度のことは造作もなかったはずじゃ」

「っ……、ならなんのために父さんはあんな……。そうだ、村長は父さんの居場所は知らない…………よな」

「……うむ、なにぶんこれを受け取ったのは昔のことじゃからな」

 そうだよな、と当たり前のことに納得する。

「わしは奴の居場所は知らぬ。だが、主なら探せるだろう?」

「え?」

「主は、主らは成人の儀を終え、晴れて立派な大人へとなった。後は自分の思い描いていた道に進める……違うか?」

「……!」

 村長に言われて俺はハッとする。そうだ、そうだった。俺はあの試練を乗り越えて、ようやくスタートラインに立てたんだ。

 父さんの居場所を知りたいなら探ればいい。その場所へ行きたいのなら行けばいい。俺は冒険者の道を歩むと決めたのだ。冒険者なら冒険者らしく、冒険して父さんの元へ行けばいい。そして、その秘密やらなんやらを洗いざらいぶちまけさせてやればいいのだ。

「村長、俺」

「旅に必要なものはあらかた揃えておる。いつでも出発できるようにな」

「……本当にありがとう。じゃあ善は急げっていうしすぐ行くよ」

「村の者ども……特にエマやお主の母に挨拶せんでいいのか?」

「……ああ。多分、会っちゃうと覚悟が鈍るかもだしさ。村長から伝えといてよ」

「……分かった。達者でな、アルトリウス」

「うん……本当に助かったよ。ありがとう、村長」

 


 山々に囲われたこの村に力強い風が吹き通っていく。木々を揺らし、ざわめきが広がり、まるで俺の旅立ちを後押ししてくれているように感じた。

村長が用意してくれていたものは全部で三つ。

まず一つ目は路銀。おそらく一ヶ月程度は保つ程度は入れておいてくれたようだ。

二つ目は装備品。旅の道中魔物と戦うことも少なくないだろうし、賊に襲われることも考慮して村でできる最大限の装備を用意してくれたそう。軽く丈夫な軽鎧や俺好みに調整してくれている片手直剣などなど。

そして最後――。

「よし、じゃ行くか」

 ――スペランツァ。俺が今跨っている白馬の名だ。これからの俺の相棒にして、一蓮托生、命を共有する存在。長旅になるだろうし、スペランツァには大変お世話になることだろう。頑張ろうぜスペちゃん。

「さあ行け! ……って、あれ」

 手綱を引いて進めと合図をするものの、スペランツァはその場から一歩も動いてくれない。それどころか俺に待てと言っているようで、まるで言うことを聞いてくれない。

「おーい、スペちゃん?」

 このままじゃ旅立ちに遅れが出てしまう。知ってる顔に会う前に立ち去りたかったのだが、どうしたものかと頭を捻る。すると――、

「アル」

 背後から聞こえるよく知る声。暖かく、安心できる気配を感じた。振り向かずともそれが誰なのかすぐに分かる。だから、俺は振り向かずに、

「……母さん」

 呼ぶと、ざっと一歩踏み出す足音が聞こえた。

「村長から聞いたわよ。旅に、出るのよね……?」

 ……村長め。俺が行ってから伝えて欲しいと言ったのに。

「なんで教えてくれなかったの……? せめて一言言ってくれれば」

「ごめん」

 母さんの言葉を遮るように、被せるように俺は謝罪の言葉を吐き出す。

「できるだけ早く行きたかったからさ。それに、別に今生の別れってわけじゃないんだし」

 言いながら、自身の心の弱さを感じ、嫌気が差す。言葉の中にわずかに混じる声の震え。言っていることと、心の内にある気持ちの齟齬があるのだ。今振り向けていない、母さんの顔が見れていないのがまさにその証明となっている。

「会おうと思えばいつだって会える。だから別に――」

「――アルトリウス」

 母さんの、芯の通ったまっすぐな声で俺の背筋がピンと伸びる。

「私は、あなたの旅立ちを止めるつもりはありません」

「――――」

「止めたところで意味はないだろうし、黙って行こうとしたのだってきっと何か考えがあるのでしょう。でも――」

 母さんは一度呼吸を置き、

「私の家族は、もうあなた一人なのよ……?」

 先の力強い声とは打って変わり。俺よりも、さらに震えた声で言った。

「……!」

母さんの声の震え、それは、俺のように感情と行動の違いから生まれた戸惑いや迷いなどではない。ただ一つ――親愛による感情の震えだ。

「お父さんはもうずっと前に死んで、エリスも……」

 俺は何も言えず、ただ俯くことしかできない。

「アルトリウスまでここでいなくなって、何も言えずに永遠の別れになってしまったら、私はもう耐えられない。こんな世界にいたくない。いる意味がなくなってしまう……だから、お願い……せめて、顔くらい合わせて……? ちゃんと帰ってくるって約束して……?」

「……」

 だから、旅立ちの前に会いたくなかった。絶対に心に迷いが生まれるから。ここから離れたくない、母さんを一人にしたくない。その思いが、俺を惑わせるから。

 ……しかし、それは全部杞憂だった。

 気づけば、俺はスペランツァの背から飛び降りていた。

「かあさん」

 頬を伝う感情の雫。別れを惜しむ涙じゃない。悲しみとか、そういう感情じゃない。ただ、母親という唯一の存在に対する感謝とかそういう思いの籠ったもの。俺はそれを拭き取らず、母さんの目をしっかりと見て――、

「行ってきます!」

 と、精一杯の大声で母さんに伝える。

 母さんは目尻に溜まっていた涙を人差し指でそっと拭き取り、

「行ってらっしゃい!」

 と、力一杯のエールを俺にくれた。

 今日。この日。この時から、俺の旅が始まる。

 ……悔しいけど、村長には感謝だ。たった一言、されど大切な一言を母さんに言えた。伝えられた。

「行こう、スペランツァ」

きっとこの先、たくさんの障害が行く道を阻むことだろう。越えなければいけない壁も出てくると思う。でも、きっと大丈夫。

 俺には帰る場所がある。帰りを待ってくれる人がいる。

 生きなければいけない。生きて、生きて、生き抜いて、真実を知る。夢を叶える。やらなければいけないことがたくさんあるのだ。

 近い未来。遠い未来。数々の可能性に思いを馳せ、俺はついに旅の一歩を踏み出した。












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