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悪意と殺意の連鎖



「あら、案外遅かったですね」

 俺たちを最奥に迎え入れた仮面の魔女リリス。

 その隣には黒いコートを身につけた見慣れない人物が立っていた。

 アイリスの姿は見えない。おそらくあの魔女の力でどこかしらに隠匿されているのだろう。

「少しでも長くお前らにはビビっててもらおうと思ってな。で、隣の奴は何者だ? まあ、どのみち斬ることには変わりないが」

「ふふっ。あなたのよく知る人物じゃないですか?」

「何……?」

 黒いコートがゆっくりと剥がされその姿があらわになる。

「へえ……こりゃ驚いた」

 長身で細身の体。両の手には二振りのナイフが握られている。

「なんだ。兄ちゃん知ってたのか?」

「ああ。……あいつが切り裂き魔だ」

 ライリーが驚愕を表情に浮かべる。

 俺だって驚きだ。あいつは先日の戦いで自爆したはず。どうしてこの場にいて、あの魔女に味方しているのか。

 単純に考えられるのはあの女が術者であったということ。

 あの魔女の魔法の練度からしてあり得なくはないが、それなら幻覚魔法の感じが不可思議に思えてくる。

「……まあいい。どうする? 俺が魔女の方やるか?」

「そうだな。切り裂き魔俺の手でやりたかった。まさかその願いが叶うとはね」

 嬉しそうににぃっと不敵な笑みを浮かべる。

「そろそろ作戦会議はいいですか?」

 両の手に雷の魔力を宿し、三叉の両手槍の形状へと変え、リリスは構える。

「んなもんハナからしてねえよ」

 腰を落とし、切っ先を魔女に向け低く構える。

「行くぞ、ライリー」

「ああ。俺らでぶちのめしてやろうぜ」

 無言で頷き。声に応える。

そして今、戦いの火蓋は切られた。





 開戦からおよそ十分。

 序盤から俺たちが優勢のまま戦いは続いていた。

 離れた場所で拳と刃を交えている二人を横目で見ながら、目の前で膝をつく魔女に向かって口を開く。

「お前があいつを蘇らせたのか?」

 その言葉には切り裂き魔の再臨――街で起こった事件のことも含めている。

 この女が術者ではないにしろ、どのみちその裏にいるであろう黒幕と繋がっている可能性は高い。

 仮面の魔女は俺の問いに答える代わりにふっと吐息を漏らす。

「さあ? どうでしょう……ねっ!」

 風魔法で後ろへ飛びながら雷槍を投げつけてくる。

 苦し紛れか、俺には魔法攻撃は通用しないのはわかっているはず。……否、不可侵突破の術も同時併用することを忘れかけていた。

 俺は咄嗟に剣を振り上げ迫りくる雷槍を斬る。目の前で弾けた雷の魔力……その奥にいる魔女リリスを見据え――未だ右手を構えているのが目に入った。

「――っ⁉︎」

 その直後、闘技場であった時と同じあの衝撃波が胸元で炸裂する。不意に襲いかかる強烈なインパクトにより、かなり距離があったはずの岩壁まで吹き飛ばされた。

 だが、その魔法自体に大した威力はない。あくまで近づかせないことだけが目的の魔法のようだ。

「……ああ思い出した」

 ムルダの町その遺跡の調査に行った時同じような術を使ってきた魔物がいた。

 ということは、この術はその魔物と同じように数百年前に存在していた魔法ということなのか。

「おい大丈夫か!」

 遠くから俺を案ずる声が聞こえる。

「ああ、問題ない」

 覆いかぶさる瓦礫を吹き飛ばしながら答える。

 たしか、あの魔法の効果範囲はそう遠くはなかったはず。遠距離からやれば、殺せる。

「……だが」

 アイリスの姿が見えない以上、俺に奴は殺せない。彼女に身の安全が最優先事項であるため、攫ったあの魔女には洗いざらい吐いてもらわねばならない。それがわかっているから序盤から雷の槍を用いて接近戦を仕掛けてきたんだろう。

「面倒だな」

 刀身に魔力を乗せた遠隔斬撃は使えない。とはいえやりようはいくらでもある。あの時とは違って、ここは広いのだ。

「――」

 体の中心部分にある魔力。普段から常時全身へと満遍なく流しているそれを脚から足の裏へと意識的にさらに強く流し込む。

 魔力による肉体の強化には限度がある。その本人の魔力量や強化の練度、慣れやセンスによってその幅は違いがあるが、平均的な戦士の強化率は元の肉体の二、三倍から五倍。並より一線を画するA級さらにその中でも最上位陣であればおよそ十倍にも及ぶ。

「――……よし」

 さらにその上に君臨するS級冒険者――銀狼ともなれば最大強化率は二十倍をも有に超える。

 俺はさらに強化した脚力で地を蹴る。そのあまりの威力にただ一歩踏み込んだだけとは思えぬほど足元の地面が抉られ、さらには突風が巻きおこっていた。

「……はっ……?」

 ――電光石火――。

 形容ではない、まさにその速度で先ほど吹き飛ばされた分の距離を一気に縮める。リリスから見れば瞬きの間に現れまさしく瞬間移動。本来ならばこの速度に剣を乗せていたのだが、戦士ではない彼女相手には過ぎる行為だろう。目的は討伐ではなく攫われたアイリスの奪還だ。

 しかして、俺は聖人ではない。このまま押さえつけるだけで済ませるわけもなく。

 高速移動の勢いに乗せて威力が上乗せされた打撃を腹部に見舞う。

「が、はぁ……っ!」

 仮面越しからでもわかるほどの血反吐を吐き、体がくの字に曲がり、そのまま仮面の魔女は洞窟の壁面まで吹き飛ばされた。

 闘技場の時と先の衝撃波の分のお返し……というには少しやりすぎな気もするが、まあ死なない程度には加減はした。それに手応え的に、やつは少なからず肉体を強化しているみたいだった。大抵の魔術師はそこらへんを疎かにしがちだが、リリスはアイリスと同じように珍しいタイプの魔術師のようだ。

「はあっ!」

 すると、もう一方から男の声が響き渡る。

 どうやらあっちもそろそろ終わりそうだ。

 ライリーの高速インファイトから繰り出される重い打撃に思わず距離を取る切り裂き魔。

 リリスの相手をしつつ横目であっちの様子を確認していた時も、終始ライリーの優勢で事は運んでいた。とはいえ切り裂き魔も徐々に慣れてきたのか隙を見て斬撃を与えていた。

「おい、手借すか?」

 俺の問いかけにA級剣闘士は高らかに笑い飛ばす。

「ははっ。いるように見えるかい?」

「いいや。一応聞いただけだ。そのまま続けてくれ」

 このままいけば問題なく切り裂き魔はライリーが倒してくれる。

 ひとまず安心した俺は倒れているリリスに近づき、しゃがみ込む。

「おい起きろ。さっさと吐いてもらわないと困るんだよ」

 剣の腹を当てながら仮面の魔女に声をかける。

 気を失っている……というわけではないようだが、起き上がれないほどのダメージらしい。しかし情けをかける余裕はない。

 ガシッと背中の服を掴み持ち上げる。そして壁にもたれるように投げる。

「で、アイリスはどこへやった? さっさと出してくれれば命までは取りはしないが」

「……」

 返事はない。明らかに意識はあるが、口は閉ざすというのが彼女の答えらしい。

であれば。

「なら仕方ない……」

 そのままの姿勢で剣を引き、狙いを定めゆっくりと押し出す。

「づ……っ⁉︎ あぁぁああぁ!!」

 肩口に切っ先がつき刺さり生々しい肉の感触とそれによって出る赤黒い血と叫び声が痛々しい。ただし、それは客観的に見た感想であって俺自身の主観の話ではない。

「意識はちゃんとあるみたいだな。さあ、さっさと答えろ。アイリスをどこへやった?」

「う……くっ……」

 痛みによってなのかその仮面の内側から小さな雫が流れ落ちかすかな涙声が聞こえる。

 しかしそこまでなって尚話す気はないらしい。

 俺はため息を吐きつつ再度刃を引く。

「……! まっ……待って」

 ビタっと剣の進みが止まる。

「さっさと答えろ」

「……あなた、あの子の何を知っているの?」

 目の前の魔女が話すことは俺が知りたいことではなく、そんな意味不明なことだった。

「お前らこそ何を知ってるんだ」

「……少なくとも、一緒に旅をして一ヶ月程度のあなたよりはたくさんのことを知ってますよ」

 彼女を連れて旅をしてから約一ヶ月。俺の人生で見ればそれこそ刹那とも言える短い時間ではあるものの、それでもアイリスのことはそれなりにわかっているつもりだ。少なくともこんな外道どもよりかは、それは確かだ。

「……いい加減にしろ。そろそろ刺すぞ」

「……っ」

 俺が再度剣を構え直すと、渋々といった様子で仮面の魔女は空間転移魔法のゲートを開く。空間を切り裂く魔力のモヤ。そこからゆっくりと抜かれるようにアイリスが顔を出した。

「アイリス!」

 俺は急いで彼女に駆け寄る。

「ぎん、ろ……さ……」

 薄目でこちらを見る瞳。弱々しい口調でアイリスは口を動かす。

「よけ、て……」

「――!」

 その瞬間。

 魔力のモヤから現れる不意の一撃。持ち前の反射神経と強化された速度、そしてアイリスの言葉のおかげで直撃寸前のところで腕をクロスした防御が間に合う。

 ――重い……!

 しかし体勢の悪さとその攻撃自体の重さで強烈なインパクトを防ぎきれず、数メートルほど後方に吹き飛ばされた。

「……っ」

 内部まで響く強力な一撃。ジンジンと痛みがあるもののダメージ自体はすぐに癒されるから問題はない。問題は、俺に攻撃が通ったことだ。

 

 通常、魔法攻撃はもちろん魔力によって強化された打撃や斬撃は基本的に俺に届く前に弾かれる。それは微弱ながらも身体の外側や武器の外側に魔力が走っているからだ。

俺に打撃が通るのは魔力を用いない素の攻撃か、内側だけに魔力を留めて強化した打撃のみ。しかし前者はライリーのようなゴリラじゃなければ話にならないレベルだし、後者に至ってはそう簡単にできるほどの技術ではないのだ。それこそ、何十何百という長い年月の鍛錬が必要となるほどに。

つまり、俺に打撃を通した時点で、ゲートの向こう側にいる敵はS級相当の強者ということになる。

俺はじっとその魔力のモヤを見据えながら、新たな敵を確認しようと意識を集中させる。

「ありゃ? 結構手応えあったと思ったんだけど、さすが腐ってもS級ってとこかな」

 その声。

「――――」

はるか昔に聞いたことのあるかつて俺が終わらせた男の声が、モヤの向こう側から聞こえる。まさかと思った。ありえないとそう思った。

しかし、ズッとゲートからあらわれた黄金鎧の老騎士の姿に、俺のその思いが否定されたのだと悟った。

「ナイスタイミングだったよリリスちゃん。おかげで力も取れたしいい働きだった。さて……やあ、アルトリウス。久しぶり」

 片手を上げ飄々とした様子で俺に声をかける髭の騎士。年相応に色の抜け落ちた銀髪、しかして正反対とも言える立ち居振る舞い。

 そして俺が捨てた名を知る数少ない人物。

 俺が記憶しているままの男の姿がそこにあった。

「なんで、お前が……」

「ははっ。その姿全然昔と変わっとらんねえ。さすが神の魔力だ」

「……っ、どうして……なぜお前が生きている!」

 突然のことに動揺を隠しきれないまま、冷静さを欠いていると自覚しつつも俺は目の前の男に荒げた声で問いただす。

「……ふうむ。別に答えてもいいんだけど、それは今じゃない。時と場合、タイミングが大事ってもんだよ」

「ふざけるな!」

 怒声を撒き散らし、地面を踏み締める。

「おおっといいのか? 今人質はこっちの手の中だぜ?」

「くっ……」

 アイリスの首元に刃が当てられ、どうすることもできず俺はその場に踏みとどまる。

 さっきと同じ、人質があちらの手にありこちらからは手が出せない現状。

「……だが、お前のお仲間の魔女ももはや使い物にならないだろ? そう簡単に転移はできない。もう一度、ここでお前を終わらせてやる」

 先の転移ゲートもかろうじて出せたというレベル。現に今その門は消え去っている。逃げ場のない現状、人質がいるとはいえライリーもいるこっちの方が戦力的には有利だ。それに、抱えている人質に手をかければ自身を守る盾がなくなる。つまり後手に回るしかないのが奴らの立場だ。

 ――ここで、確実に殺す。

 しかし、老騎士は顎に手を置きしばらく考えた後、不意に笑みをこぼし始める。

「ははっ、お仲間が使い物にならないのはそっちも同じだろう」

「何……?」

 先ほどまで戦っていた剣闘士の方へと目を向ける。

「――!」

 混乱していたとはいえ、なぜ気づかなかったのか。

拳と短剣。それらがぶつかり合っても剣戟ほどの音は出ない。しかし、ライリーと切り裂き魔ほどの使い手同士ともなれば戦いは激しく激闘の音が必ず聞こえてくる。

思えばいつからだったか、その音が聞こえてこなくなっていた。

 ――ライリーが、負けていた。

「ライリー!」

 倒れているA級剣闘士のすぐそばでナイフをクルクル回している切り裂き魔。そのナイフの刀身が洞窟の光源である水晶の光に照らされ鈍く光る。それは通常の光方と違って、よく見れば遠目からでもその正体がわかった。

「毒か……っ!」

 銀色の短剣その色に同化するように塗りたくられたそれはおそらく灰牙草の毒。傷口に入れば神経に作用したちまち身体の自由が奪われる。そしてその毒の量によっては血管を通り心臓すら止めうる強力な毒。

 ライリーの体に刻まれている数々の傷。間違いなく命に関わるほどのものだ。

「あーあ。わざわざ連れてこなければこんなことにはならなかったのに。お仲間の剣闘士もあのざまで人質はこっち。ここからどう逆転するつもりか気になるところだ」

「――――」

 奴の言う通り、俺がライリーを連れてきてしまったせいでこんなことになってしまった。俺と魔力なしで張り合える強者がいれば心強いと思ってどこか隙を見せていた。油断していた。これは、完全に俺の失態だ。

「まっ、この娘は用済みだしもういいや」

「きゃっ……」

ガレスの手から無造作にアイリスの体が投げ出される。

宙を舞う少女。俺は慌てて落下地点に跳び――、


瞬間。大気が熱に侵され、急速な熱波を生み出し、爆ぜる。

不可侵で俺には大したことはない魔法攻撃。だが、俺以外はそうじゃない。瞳に映るその爆発の中心にいたのは、投げ出され、無防備な状態のアイリスだった。


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