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現れた悪意の仮面



 早々に幕を閉じてしまったチャンピオンとA級二位の戦いでコロッセオの熱気は冷め……ることはなく、むしろ無名の銀狼や仮面の魔女の活躍でさらに高まり、そのままの勢いで試合は順調に進んでいった。

 そして決勝戦のバトルロイヤル開始のゴングが鳴り響き、今まさに戦いの渦中にいた。

 決勝に残ったのは俺とライリー、仮面の魔女リリス。残り二人の冒険者と剣闘士は開始早々魔女の放った広範囲魔法攻撃によって退場した。

「……ッ」

 そして今も、魔女による波状攻撃が展開されていた。

 俺はまだ魔力による不可侵で無効化することができる。しかしライリーはどうだろう。魔力を用いた攻撃は魔力によってしか打ち消すことができない。この灼熱と氷結が混じり合う暴嵐と雷撃の地獄のごとき戦場で果たして立っていることができるだろうか。

「……いや、違うな」

 裏を返せば、こうまでしないと俺たちを倒しきれないと判断した上での魔法攻撃だろう。一回戦でレックスという剣闘士が見せた攻撃する隙を与えないほどの密度の猛攻。魔術師故に近接には自信がないといっているようなものではあるものの自らは安全な位置でひたすらに魔法を打ち込み続ける確実な戦法だ。

 このまま待っていればいつかはライリーが倒れるか、燃料切れであの魔女が倒れるだろう。しかし、俺はそんなつまらない決着は望んじゃいない。

「ふ――」

 魔法攻撃の嵐を突っ切り、氷の魔法で作り上げられた高台に向かって走り出す。ライリーに手を貸すわけではない。だが、この祭りに参加したのはあの男と全力でやり合いたいが為。あの魔女には悪いが速攻で終わらせてもらう。

 しかし、次の瞬間。

「――⁉︎」

 魔力の渦を切り裂くように飛来した剛腕鉄拳が俺を襲う。ギリギリ防御が間に合い、十数メートル飛ばされる程度で済んだ。

「……なんだ、心配して損したよ」

 奇襲の主の姿を前に俺はつぶやく。

 無数に展開された魔法攻撃の中、抗う術がないはずの剣闘士最強の男は多少の火傷痕や凍傷が見える程度でほとんど大したダメージはなさそうに見えた。

「思ったより威力はないもんだったから奇襲に利用させてもらったよ。まさか防がれるとは思わなかったがな」

「はっ、よく言うよ。やろうと思えばもっと速く打てただろ」

「思ったより威力がないって言っても存外鬱陶しいものさ。……にしてもお前さんのそれいいな。魔法弾きまくってるじゃないか」

「便利なもんだよ」

 話は終わりだというように互いに後方に大きく跳ぶ。直後、巨大な氷塊が上空から飛来した。今度は威力重視でまとめてやる気だったのだろう。しかし、まだ粗さが目立つ。俺は着地と同時に氷塊を踏み台にして氷結の高台まで一気に飛ぶ。

「よぉ魔女さん。悪いが、あんたから先にやらせてもらうよ」

 この祭りは昨日中断された俺とライリーの決着の舞台なのだ。誰であろうと邪魔することは許されない。

 距離を詰めるため一歩踏み出す直前、後方に足場を作りながらバックステップを踏み氷結の壁を無数に作り上げていた。

 俺やライリーの速さに対応するには一手も二手も早く動かなければならない。身体能力や近接格闘で劣る者としては全くもって正しい判断だ。

 しかし――、

「――」

 まるでガラスを砕くように容易く氷結の壁を拳で砕き突き進む。

 氷壁を作るより速く、もはや彼女の魔法は妨害の意味を成していない。全身に纏っている莫大な魔力による不可侵、それによって魔力攻撃のみならず、あらゆる魔法防御その生涯すら崩壊させることができる。

 氷結の壁も足場も尽き、魔女の眼の前まで到達した。

「終わりだ」

 気絶で済む程度に手加減した力で拳を握り、振りかぶる。しかしその直前――

「……いいのかしら?」

 たった一言。意味のわからないその一言で俺の拳はビタっと止まる。

「いい子ですね」

「――ッ」

 虚をつかれ真正面から不可視の衝撃波が俺を襲う。防御姿勢が間に合わず凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。

「……なんだいまの」

 俺の魔力は発動している……つまり、あれは魔力による攻撃ではないはずだ。しかし、であればライリーのように魔力の全くないただの打撃……? いや、彼女にそんな膂力はないはず。

「油断してるんじゃねえか銀狼さんよ!」

 思考を回す俺に間髪入れずライリーが襲いかかる。

 俺はサッと立ち上がり迎え迎撃の構えを取る。が、

「そこまで!」

 遥か上空。

 俺とライリーの頭上から仮面の魔女の声が響く。

「なんだよリリスさんよ。今いいとこなんだ邪魔しないでくれよ」

「……いや、待て。あいつ何かする気だ」

 あの女から感じる異質な魔力、間違いなく何かの魔法が発動する前兆だ。しかし攻撃的なものとは違う感覚。俺は黙って、その行動を見届けてしまった。やつの狙いがなんなのか一手遅れてでも問題なく対処できるだろうという自信があったから。しかしそれは驕りでしかないと、気付かされた。

「――――」

 魔女の手元その空間を割くように現れた魔力の黒い霧。そしてその中から魔女の手によって出てきたのは――、

「銀狼。あなたの判断は失敗のようでしたね」

 魔女の魔力で空に浮かぶ少女――アイリスだ。

「おいおい、あれお前さんとこの」

「……ッ、おいリリス。お前、なんの真似だ」

 怒りの混じった俺の言葉に、魔女は仮面の奥底で不敵に笑う。

「あの方からの言わば試練ですよ。この子を助けたくば、この街の南西にあるハイドラの洞窟に来なさい。人数は何人でも構いませんよ。ただ、足手まといを増やして死人が増えるのはごめんでしょう?」

 あの方……つまり、十中八九あの男の仕業だろう。くそ、姿を現さないくせにちょっかいばかりかけてきて鬱陶しいことこの上ない。

「では、私は先にハイドラの洞窟でお待ちしていますね」

「逃すと思ってんのか」

「逃すしかないんですよ」

 リリスを追うため飛ぼうとしたタイミングで、仮面の魔女の魔法が観客に向かって放たれる。巨大な火球――不意に訪れた死に観客たちは叫び逃げ惑うことしかできなかった。

「……ッ」

 火球から観客たちを庇い、俺はその威力で観客席まで飛ばされた。しかし、今は倒れてる暇なんてない。

「く……待て!」

 跳躍して彼女に手を伸ばす。しかし、その手が掴むのはアイリスの手ではなく、リリスの力で作られた魔力の霧で。

 リリスとアイリス、二人の魔女は虚空の中に消えていった。

 握りしめた俺の手に残ったのは、無念と後悔と怒りその感情の渦だけだった。



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