この敗北は忘れない
オレはこの喧嘩祭りという場において、敗戦したことこそあれど負けたと思ったことは一度もない。
というのも、オレは基本的に運が悪い。B級三位という地位と実力でありながら、格下の剣闘士を相手にした時に、半分くらいの確率でいいところを当てられ試合では負けていたりしている。しかしそれは実力じゃない。ただの運だ。オレは自分の実力に自信がある。そして、相手の力量を測る目も持ち合わせている。たった一目、そいつの姿を見れば大体の実力はわかるのだ。
どうやら、今日のオレは運が良いらしい。
対戦相手である目の前の銀髪の男。
無表情で精気のない蒼い瞳は全く強者の風格を感じさせない。銀狼、という名で参加しているが全くの無名、ど素人だな。
「おい銀髪、てめえチャンプと仲良さそうだったなぁ」
「……」
「おいこら無視してんじゃねえよ。こちとらB級剣闘士三位のオルガ様だぞ? 舐めた態度取ってると痛い目見るからな?」
このオレがわざわざ負ける前の思い出作りをしてやっているというのに、何なんだこの男は。無名のビギナーのくせに態度がなっちゃいねえ。
まあいい。オレを怒らせた罪だ。じわじわと痛ぶってそれから負けを認めさせてやろう。
「……!」
しかし、次の瞬間。
まるで時間が飛んだかのように。コマ送りにしている映像から数コマ抜き取ったかのように。音もなく、瞬きする間に、目の前に銀色の軌跡が飛來した。
そして、訳もわからず顎先に強烈な痛みと衝撃が襲う。何が起きたのか理解することすらできず、意識が飛びかけた。
力とは速さ。電光石火の勢いをそのまま掌に乗せられた一撃で、オレの体勢は大きくよろめく。
「……ってぇなあ!」
倒れかける体を自身の意地で無理やり動かし、追撃を避けるため薙ぎ払うように蹴りを振るう。
牽制をかけつつ、バク転の要領でやつから距離を取る。
「……っぶねぇ。てめえ、なにもんだ? 無名のくせによく動くじゃねえか」
ダラダラ流れる汗を拭いながら、先の一撃で揺れた脳によるダメージを誤魔化す為に言葉を吐く。
「お前こそ、隙だらけの割に案外耐えるんだな」
「ぁあ?」
やつからの返答に確かな苛立ちを覚える。
しかし、この男を舐めきって余裕をかましていたのは疑いようのない事実だ。これは評価を改めざるを得ないだろう。
「はっ、まあてめえを舐めていたのは事実だ。なんせ見るからに弱そうだったからな。……だが、不意打ちとはいえこのオレに一撃入れたんだ。こっからはちゃんとぶっ飛ばしてやるよ」
姿勢を低く両の手の拳を腰元に置き、魔力を解放する。
灼熱のごとき魔力が拳に集約し、強大な破壊力を得る。さらにその魔力を脚にも付与、破壊力と機動力を一時的に増大させた。
「オラァ!」
地を粉砕するほどのパワーで地面を蹴り、速度を乗せた炎拳で銀狼に攻め込む。
この状態になったオレは単純な攻撃力、アジリティが飛躍的に跳ね上がり、チャンピオンにすら届きうる戦闘力を手にする。
その拳は岩をも砕き。その脚は大地を割る。
しかしその莫大な戦闘力と引き換えに、魔力解除後の戦闘力は一時的に大幅に弱まる。
この後の試合、それこそチャンピオンやオレより上位の剣闘士と戦う時のためのとっておきだったのだが、目の前のこの男には出し惜しみしていられない。オレの全力を持って確実に狩る。
「ゥラッ!」
拳撃と蹴りの嵐で銀狼は防戦必死。当たれば一撃必殺の連撃を回避、捌くことに精一杯だった。
「オラオラどうしたぁ⁉︎ 逃げるだけじゃ勝てねえ――」
……いや待て。
この状態のオレの攻撃を避けるだけじゃなく捌く? 限界まで引き上げた攻撃能力を得たこのオレの攻撃を?
「……ッ! っざけんなぁ!」
地面を殴り、突き上げた大地でやつの逃げ場を完全になくす。道はオレとやつとの一直線のみ。オレの全力ならば先の銀狼の高速移動は上回れる。つまり、単純な体術、近接戦闘力ならオレが大きく上回っているはずなのだ。
大気を裂くほどの速度でやつとの距離を詰める。
力とは速さ。それに加えてオレの魔力で強化された打撃でやつを確実に仕留める。逃げ場はない。これで――
「終わりだ!」
紅炎の破壊力を秘めた拳。強化した脚で跳躍し凄まじい速度でさらに攻撃力を上乗せして振り抜く、その一瞬。
オレの超速の打撃よりさらに速く、というのにまるで時間が遅くなったかのようにスローモーションで確かに見えたやつの拳が、速度に乗ったオレの顔面を闘技場の床ごと打ち抜いた。
「たしかにその速さと攻撃力には目を見張るものがある」
途絶えゆく意識のさなか僅かに見えたオレを見下ろす視線。
「だが、それだけだ」
オレはこの『敗北』を生涯忘れることはないだろう。絶対に。
――Aブロック一回戦全試合終了。
第一試合――リリス
第二試合――エリック
第三試合――グレン
第四試合――シュウスイ
第五試合――銀狼
これから三十分ほど休憩を挟み、Bブロックの試合を開始する。




