始まったケンカ祭り
時刻は昼。
眩しくて暖かな日の光を照らし出す太陽が頂点へと昇る時間帯。
まるで太陽の位置に比例するかのように、客席から発せられる熱気も最高潮に高まっていた。その理由はあの男――A級剣闘士ライリーによるものだった。
「へぇ、今年の魔物はこいつか……」
喧嘩祭り恒例のオープニングセレモニー。
その詳細は、剣闘士と強大な魔物の一対一。
去年はたしかブラックパンサーだった。個体差はあるが二メートル強はある漆黒の巨躯と目にも止まらぬ速さを合わせ持ち、速度の乗った強靭な爪で敵を穿つ。飛び道具は使ってこない分やりやすくはあるが、シンプルにして相当厄介な魔物だ。
そして今年は――、
「ほらほら、どーしたよゴリラ!」
ライリーが対峙するのはシルバーバック。白銀の毛並み、全体的に膨れ上がった筋肉と野獣特有の凶暴性を秘めており、掴まれれば強靭な握力で握りつぶされ、噛みつかれれば容易に骨すら砕かれる。
――近づけば死。
魔物と常日頃から相対する冒険者の中では常識だ。それ故に、今ライリーがやっていることが普通あり得ないことで俺含め皆度肝を抜かれている。
「オラァ!」
ライリーによる強烈な打撃でシルバーバックは大きくのけぞる。
通常、冒険者は鍛え上げた肉体に魔力による強化を施して魔物と戦う。その上で、シルバーバックは人間の約五倍のパワーを持つのだ。つまり、単純な力比べで勝つことは至難の業。A級冒険者の中でも少数、俺のようにS級でようやくといった具合だ。というのに、あのA級剣闘士は軽々しく当然のように殴り合いを制している。
「トドメだ!」
右拳から放たれる一撃が、地に背をついていたシルバーバックを容赦なく屠る。白猿越しに伝わった威力と衝撃が、殴りつけたところを中心に周辺の地面をも崩壊させた。
遅れて魔物の消失反応が闘技場に発生する。
そして、
「うおー! さすがライリーだぜ!」
「最高だったぞライリー! 試合も楽しませてくれよ!」
「ライリー愛してるー!」
などなど、闘技場の中心で片腕を高々と上げている剣闘士に賞賛の言葉と拍手喝采が送られている。
かくして試合前のオープニングセレモニーは終了。戦っていた時間はものの十分程度、その短い時間で会場の熱気が最高潮に高まったのだった。
舞台から控え室に戻ってきたライリーがふーっと息を吐く。
「いやぁ疲れた疲れた」
「お疲れさん。それにしても、シルバーバック相手に殴り勝つなんて凄いな」
戻ってきたA級剣闘士に労いの言葉を送る。
「兄ちゃんにそう言ってもらえるとありがたいね。とはいえ、祭りはここからが本番だぜ? たしか去年は参加してなかったんだよな?」
「ああ。依頼ですぐに旅立ったからな」
実際はオープニングセレモニーだけは見てすぐに旅立った。というのも、例の黒豹を生捕りにしたのが俺で一応見ておきたかったからだ。
「ふっ、ならその『凄い』って感想はまだとって置いた方がいいぜ」
「?」
どういう意味かと頭を捻っていると、
「よぉチャンピオン、相変わらずバケモンみてえな強さだな」
「おお、ヘクター」
ライリーと比べて細身ではあるものの、しっかりとした筋肉質な肢体と坊主頭が特徴の男。それに加えて歴戦の猛者だと感じさせる気配。間違いなく強者に分類される男だ。
「ん、チャンピオン、こいつは?」
「ああ、この人は……」
そう言いかけたライリーのことを片手で制し、俺から名を名乗る。
「俺は冒険者の銀狼だ。今回が喧嘩祭り初参加でな。当たったらお手柔らかに頼む」
「ほー、初参加か。俺はヘクター。B級剣闘士だ。ビギナーだからって手は抜かないぜ?」
「ああ。俺も冒険者の力を見せてやるよ」
ガシッと力強く握手を交わす。
その後、試合開始時間までは適当にぶらついてくるとヘクターはどこかへ行ってしまった。
「さて、じゃどうするよ。俺は時間までちょっとお呼ばれしてるから一緒に入れないんだが……」
「気にするな。どうせ控室から出る気もなかった」
「そうかい。んじゃ、また後でな」
控室から出たライリーを見送った俺は、久しぶりの一人の時間を享受しつつ、時間までゆっくりすることにした。
予選は完全ランダムのトーナメント制。
試合前にくじ引きで決まった順で戦っていく。
出場人数は二十名。AブロックとBブロックで別れる。
『銀狼』はAブロックの最終試合。ライリーはBの最終試合となった。
喧嘩祭り開催から事は順調に進み、現在行われているのは一回戦第一試合。
対戦カードは先のB級剣闘士ヘクター、仮面の少女リリス。
「くっ、オラァッ!」
鍛え上げられたアジリティと修練によって磨かれた拳撃の嵐で距離を詰めようと試みるヘクター。対するリリスという少女は、その動きに合わせて魔法で迎撃、回避を繰り返していた。
「ふん!」
少女の放つ風の魔法が剣闘士の身体を捉える。人一人を吹き飛ばすのには十分すぎる威力の暴風でヘクターは大きく吹き飛ばされ、地面に伏せられてしまった。
「ちっ」
とはいえ彼も歴戦の剣闘士。瞬時に起き上がって体勢を立て直し、フェイントを交えつつ距離を詰めるため再度走りだした。
ヘクターを知る他の戦士や観客は皆こう思っている。
――ヘクターの戦闘スタイルと少女の操る風の魔法では相性が悪すぎる、と。
インファイトのヘクターと中長距離のリリス。おそらく魔術師であろうリリスに近づければ十分勝機はあるのだろうが、そうさせてくれないのが少女の魔法の技量だ。
距離を詰めれば風の魔法で押し返され、遠くに飛ばされれば氷結の刃、火球が飛來する。
決して埋まらない手数と戦力差。しかしながらヘクターが何度も挑むのはその中でも確かな勝機を見出しているからだろう。果たして彼にどんな策があるのか、そこがこの試合の見どころである。
「はぁ、はぁっ……」
「何度来ても無駄ですよ。そろそろ降参するのをお勧めします」
何度も繰り返してきた攻防によって疲れが見え始めたへクター。構えを取りつつも肩で呼吸をする剣闘士に、仮面の魔術師はそう提案した。
「はぁッ…………ふぅ、舐めてもらっちゃ困るぜお嬢ちゃん。見たところ、お嬢ちゃんには俺を仕留め切れるほどの火力は出せねえ。その上接近戦は得意じゃねえから極力近づかせたくない、そうだろ?」
「……」
「へッ、図星か? まあいい。こんな早く使うとは思わなかったが、お嬢ちゃんを倒すにはこれしかねえからな。こっからは本気でやらせてもらうぜ」
力を抜き楽な姿勢で腕を下げる。
タンッタンッと軽くステップを踏み、瞬間――風が吹き抜けた。
一瞬、一直線、一撃、それらの要素でようやく成り立つ彼の持つ魔力。その力だろう。決して埋める事のできなかった果てしなくも短い距離を瞬く間に詰め、ようやく自身の得意分野に持ち込むことができたヘクター。
突如として目の目に現れた剣闘士に反応が遅れ、魔法行使が間に合わなかった仮面の少女。
電光石火の彼の奥の手。磨かれた技、鍛え上げられた肉体、それらを持ってしてようやく。
「――〈アイス・ゲイザー〉」
少女の本領が発揮された。
唱えられた呪文――〈アイス・ゲイザー〉。
超速で接近してくる剣闘士に対し、仮面の少女が静かに繰り出した氷の魔力が間欠泉のように吹き出して勢いに乗っていた彼の身体の自由を奪った。
冷気漂う氷の戦場で、仮面の少女リリスはとことこと、氷漬けになっているヘクターのそばに近づいた。
「降参、しますか?」
「……ああ、降参だ。こうなっちゃ何もできねえよ。だから早くこれ解いてくれ、寒い」
圧倒的な魔法の前になすすべなく降参を告げたヘクター。
こうして、喧嘩祭り一回戦戦第一試合は終幕。同時に、喧嘩祭り異例の魔術師、さらには強力な魔法の使い手でありながら一回戦ではそれをこの場にいる全員の目を欺き隠しおおせていた程の実力者の参戦で、大会参加メンバー全員の間に確かな緊張が走った。




